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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第三章】隊結成
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第三十五話 空絶結界

「あれっ? なんか三人ともビショビショじゃんっ★ 川遊びでもしてたのかなっ★」


「そうなのぉ? いいなぁ。ぼくたちもまぜてよぉ」


「―――いいぜ、そこ降りろよ……オレたちと同じ目に遭わせてやっからッ!」


 ズブ濡れの仲間を見下ろして楽しそうに笑うミライとエルザに、対するレンは下から怒りの咆哮。


 ガルルッ、と牙を鳴らすレンに、アオイは慌てた様子で止めにかかる。


「レンさん、怒っている場合ではありませんよ! また、ここから降りて逃げなければ……!」


「―――不可能」


 代わりに返答したサクラの呟きに、アオイはそちらへ振り向いてしまう。


「不可能とは……どういうことですか?」


「裏路地、下あった。でも―――河川敷、下ない」


「―――!」


 サクラの言ったことは真実だろう。


 そう理解しているのに、アオイは反射的に河川敷の最奥の断面へ走り出していた。


 下を覗き込むと、


「―――奈落の、底……」


 そう呼ぶに相応しい、巨大な穴があった。


 そんな穴へ飛び降りれば、当然人間の体が耐えられるわけがない。


 ―――あるのは、『死』のみ。


 ここから下へ降りて逃げ延びるという選択肢は、完全に潰えた。


「―――そういうこった、朽葉くちは


 背後からのレンの声に、放心していたアオイの意識が引き戻される。


 振り返れば、レンとサクラが『魔晶器ましょうき』を構え、≪魔装≫を発動していた。


 ―――ボア・シャドウを、ここで倒すために。


 散々今まで逃げ回ってきたが、逃げ場を失い、この土壇場で二人は腹を括った。


魔晶術ましょうじゅつ≫が使えなかろうが、コントロールできなかろうが関係ない。


 やってみなければ、わからない。


 己を持てる全ての力を使って、全力で抗い、全力で戦って倒してみせる。


 ―――正真正銘、命懸けで。


 それしか、頭になかった。


「ここで、仕留めるしかねぇ!」


「ズブ濡れにした、許さない……!」


 直後、レンとサクラは駆け出した。


 ボア・シャドウを目前に跳躍し、レンはその物々しい牙をぶった斬ろうと黒剣を振り下ろす。


「―――ッ!?」


かてぇ……!)


 全力の一撃を放つも、ボア・シャドウの牙にヒビを入れるどころか、傷一つつけられなかった。


 その現実に驚愕していると、黒剣が牙から離れた。


 それはボア・シャドウが頭を横振りして、


「ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 咆哮と共に、レンをその巨大な頭部で攻撃したからだ。


 脇腹に入ったその重たい一撃に意識が飛びそうになり、レンは軽々と吹っ飛んだ。


「―――今、チャンス」


 攻撃を終えたボア・シャドウの一瞬の隙を突き、サクラはずっと構えていた黒矢を五回放つ。


 五本の矢が迫ると、ボア・シャドウは野生の勘というべきモノでその存在に気づき、あっさりと牙で弾いた。


「嘘……」


 サクラが唖然と呟いた瞬間、ボア・シャドウは前脚で川の水を掻く。


 と―――サクラへ向かって、突進した。


 ボア・シャドウが真っ直ぐ突っ込んでくると予感し、サクラは横へ回避しようとするがやめた。


 間に合わないと思ったからだ。


 だったら、正面から受け止めた方がリスクが低いと判断し、黒弓を前に持ってきて防御態勢に入る。


「うっ……!」


 ボア・シャドウと衝突した瞬間、小さな呻き声を漏らして、サクラの矮躯が吹っ飛ぶ。


 サクラは奈落の底へ落とされる。


 かと思われたが、運良く木の幹に背中をぶつけたことで止まり、奈落の底に落ちることはなかった。


 意志に反して、倒れ伏すレン。


 意志に反して、木の幹にもたれかかるサクラ。


 だからこそ、


「ぐ、ぅ……っ」


「う、ぐ……っ」


 二人は根性とも言うべき不屈の気力で立ち上がり、再びボア・シャドウと対峙した。


 ボア・シャドウの脅威をその身で思い知らされたにもかかわらず、レンとサクラの戦意は失われていない。


 紅光を放ち続ける『魔晶器ましょうき』を構え、≪魔装≫を解いていなかったから。


 なおも戦い続けようとする仲間の意志を感じ取って、


「どうして、まだ戦おうとするんですか……っ」


 立ち向かわず、ただ怯えて、傍観者のように見ていたアオイから、掠れた小さな声が漏れる。


 そして自分を守るようにボア・シャドウと対峙する、レンとサクラの背中へ向かって叫んだ。


「≪魔晶術ましょうじゅつ≫の使えないレンさんでは、≪魔晶術ましょうじゅつ≫のコントロールができないサクラさんでは、敵いっこないのに、どうして立ち向かうんですか!? 同じなのに……」


(―――≪魔晶術ましょうじゅつ≫が使えない、ワタシと……っ)


 両拳を強く握り、俯くアオイは悔しさに歯噛みした。


 けれどそこには、自分に対する腹立たしさもある。


 立ち向かわない自分に、意気地なしな自分に、勇気のない自分に。


 ―――≪魔晶術ましょうじゅつ≫さえ会得できない、無力な自分に。


 心底、腹が立っていた。


 自分だって≪魔晶術ましょうじゅつ≫が使えないクセに、その上、立ち向かっているレンとサクラに対して侮辱するなんて、どの口が言っているのだろうとさえ思った。


 そのことに後悔して傷ついて、自分の弱さをより自覚して傷を抉って。


 勝手に傷つき、勝手に心を痛めて、勝手に自信を失う。


 ……そんな負のループを繰り返す自分に、うんざりした。


「あぁ、朽葉くちはの言う通りだ……。≪魔晶術ましょうじゅつ≫の使えないオレじゃ、肝心の≪魔晶術ましょうじゅつ≫のコントロールができないポンコツ氷咲ひさきじゃ、アイツには勝てないかもしんねぇ」


「ポンコツ、また言った」


「―――でも、んなもん関係ねぇよ」


 バッ、とアオイは顔を上げる。


 レンの真剣な声音によって。


ミライ(アホ)空宮バカは、仲間が黙って殺されるとこを平気で見てられるようだけど……オレは違う。仲間が死ぬとこなんて見たくねぇッ! もう誰かが死ぬとこなんて二度と見たくねぇッ! ……だから、オレは抗う。勝ち目がなくても、どんなに絶望的でも、最後まで抗い続けてやる! 立ち向かわないまま死んで後悔するより、立ち向かって死んだ方がマシだ!! それに―――」


 首だけを振り向かせ、



「―――やってみなきゃ、わかんねぇだろ?」



 笑顔で、レンはアオイに告げた。


 アオイは漆黒の双眸を大きく見開く。


 そのクシャッとした屈託のない笑顔が、この死地に相応しくないくらい……輝いていたから。


 もう一度、レンはボア・シャドウを見据え、サクラに語りかける。


「オレたちの逆転劇、朽葉くちはに見せてやろうぜ―――氷咲ひさき!」


「当然。ボア・シャドウ、強くなる通過点……!」


 ボア・シャドウを見据えるレンとサクラ。


 ―――絶対にぶっ倒してやる。


 二人の眼光が、そう語っていた。


 その意志を感じ取ったのか、ボア・シャドウは前脚で地面を引っ掻く。


 突進の前兆。


 今回の助走の距離は、サクラの時よりも長い。


 つまり、先刻よりも強力な突進が来ようとしていた。


「―――ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 咆哮を上げ、ついにボア・シャドウが立ち塞がる二人の人間に向かって全力の突進をする。


 サクラの時であれだけの威力があり、今回の突進はそれを遥かに上回る威力。


 けれど、覚悟が決まった二人では、そんなので怯みなどしない。


 だから、


「―――かかってこいよ、バカ野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 レンとサクラも、駆け出した。


 この突進攻撃が、自分たちが受けたモノとは別物だと知りながらも、真っ直ぐ走ったのだ。


 逃げも、隠れも、避けもしない。


 完全なる捨て身攻撃。


 それは全て、ここで決着をつけるために。


 死んでも構わない、命懸けでボア・シャドウを倒す。


 そのレンとサクラの気持ちを知りながらも、


「―――ミライくん、たすけてください!!」


 アオイは、希望に救いを求めた。


 レンとサクラがどんな想いで立ち向かっているのか知っているが、それでも……あのバケモノには勝てない。


 感情の強さが、強さに直結することも、強さに変わることはないことをアオイは知っている。


 だから、レンとサクラは間違いなく―――ボア・シャドウに敗北し、殺される。


 その惨劇を回避するために、アオイはそうしたのだ。


 ……たとえ、二人の覚悟と決意を踏みにじることになったとしても。


 レンとサクラが、死んでほしくないから。


 レンとサクラに、生きていてほしいから。


「このままでは、レンさんとサクラさんが……死んでしまいます! あの日のように、ワタシを救ってくれたみたいに、お二人を……! お願いします、ミライくん……ワタシたちをたすけてくださいっ!!」


 瞳を濡らし、希望に縋るアオイの決死な願い。


 それは、



「―――がんばってぇ」



 ……叶うことはなかった。


 ミライはボア・シャドウの上から笑顔を浮かべて、アオイに手をヒラヒラと振っていた。


 そのミライの応援によって……アオイの中で、ナニカが崩れる音がした。


 アオイの救世主は、アオイを救わない。


 そうなるのは……今ある、この現実だけで十分だった。


(―――そん、な……だって、ミライくんは……)


    どんな時も、優しくて―――。


(―――ミライくんは……)


    どんな時も、温かくて―――。


(―――ミライくんは……)


    人に、希望を与える―――。


(―――ミライくんは……)


    太陽、みたいな人なんです―――。


(―――そんなミライくんが……)


    ワタシを、たすけてくれないなんて―――。



「―――何を言っているんですか、ワタシは」



 自分をも見捨てたミライに絶望しそうになったその時、アオイは自らの言葉で踏み留まる。


「ワタシは、ミライくんに縋りたくてここにいるんですか? いいえ、違います。ミライくんの隣に立つためです……。背中を追うだけではない、ミライくんの隣に相応しい女性になりたいんです―――!」


 願望を口にした瞬間、アオイはハッと思い出す。


 ―――ミライが、術のやり方を説明した時のことだ。


『それにバンってやるとバぁンってなるじゃん。それでバンしたヤツをもっとバぁンってするんだよぉ』


(バンとすると、バぁンとなる……。それでそのバンとしたものを、さらにバぁンとさせると―――)


「―――そういうことですか、ミライくん!」


 ミライ語を完全に解読したアオイは、満面の笑みを浮かべる。


 ミライに近づけたような気がしたから。


 そして―――確信も得たから。


 目を瞑って、アオイは腕を前に伸ばして黒槍を真横に持つ。


 それから≪魔装≫を発動すると、さらに神経を研ぎ澄ませて集中し、自分の持てる力全てを黒槍へ集約させた。


(あの時、ミライくんがお伝えしたかったことは、こういうことですよね―――!)


 紅光を放つ黒槍の槍先を天へ向け、



「―――≪空絶結界くうぜつけっかい≫ッ!!」



 ついに、アオイは≪魔晶術ましょうじゅつ≫を発動した。


 レンとサクラを守るように目の前に現れたのは、15メートルあるボア・シャドウよりも高い、透明な壁―――結界が顕現する。


 アオイの結界を見て、


「これは……結界? まさか―――!」


「≪魔晶術ましょうじゅつ≫、成功した……!」


 足を止めたレンとサクラが、この結界がアオイの≪魔晶術ましょうじゅつ≫だと気づき、


「わぁ。エルザちゃんのいったとおりだぁ」


「うんっ★ 計画通り、上手くいったねっ★」


 ミライは空色の双眸を大きく見開き、エルザはご満悦な様子で頷いた。


 直後、その結界にボア・シャドウが衝突。


「ブオッ!?」


 結界を突き破れず驚愕するボア・シャドウ。


 アオイはトドメを刺すべく、黒槍を構えた。


 ―――先ほどまでの恐怖、困惑、絶望を感じさせないほど、凛とした戦乙女の姿だ。


「今までの、お返しですッ!」


 その場で、アオイは黒槍で眼前の虚空を突く。


 瞬間、結界が独りでに進み出し、ボア・シャドウはその結界に押されていき、地面に線を引きながら後退していく。


 が、いよいよその力に耐えられなくなって、急速に後ろへ下がっていった。


「これじゃ、エルちゃんたちも巻き込まれるねっ★ 降りよっ★」


「だねぇ」


 背後を確認したエルザがそう言うと、ミライも同感だと頷く。


 そうして二人がボア・シャドウから飛び降りると、そのボア・シャドウは川を通過し―――一番奥の断層へと到達した。


 ボア・シャドウは結界に抗う術がないが、倒すほどの決定打がなく、ただ結界と断層に挟まれるだけだった。


 だから、


「―――ハアアアアアアアアッ!!」


 アオイは黒槍へ大量の魔力を注ぎ、トドメを刺す―――!


 アオイの魔力によって強化された結界。


 その結界の押し出す圧力によって、ボア・シャドウの巨大な体が断層にめり込み、断末魔を上げる。


 赤黒い飛沫を纏った結界を解くと、押し潰されたボア・シャドウが力無く倒れ―――黒い塵と化して絶命した。


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