第三十四話 対峙
ボア・シャドウから必死の形相になって逃げる、レン、アオイ。
そして、この状況でも相変わらず無表情のサクラ。
スパイダー・シャドウとの一件から、自分にはまだ進化系シャドウと正面から戦う力はないと思い知らされた。
そして―――≪魔晶術≫が使えれば、その強敵たちを倒せることも知っている。
だが、今のレンは≪魔晶術≫を使えない。
だから、戦略的撤退をするしか……否、尻尾を巻いて逃げることしか選択肢は残されていなかった。
しかし、人間の脚力では到底敵うわけがなく、徐々にボア・シャドウに追い詰められていたのだ。
「ボア・シャドウ、とんでもない速さです……! あんなに離れていたというのに、もうこんな近くまで……!?」
「あの二人、合流しそう」
首だけを振り向かせて走る、アオイとサクラがそう告げる。
合流しそうな二人とは、ミライとエルザではなく、泣き叫びながら逃走する少年二人のことだ。
チッ、とレンは舌打ちをする。
(仕方ねぇ、言うだけ言ってみるか……)
「このままだと、オレたち本気で轢き殺されちまう! いい加減なんとかしろよ!? バカミライ!! バカ宮!!」
首だけを振り向かせ、ボア・シャドウに乗るミライとエルザに向かって怒号を飛ばすレン。
ミライとエルザは目を丸くするが、レンの声が届いたのか、顔を見合わせて頷いた。
そして、
「あははぁ」
「ニャハッ★」
……満面の笑みで、レンに向かってピースした。
ミライとエルザは、レンの声は届いていたが、何を伝えているのかまでは聞こえていなかった。
「―――なんでピースしてんだよ、テメェらあああああああああああああああああ!!」
だとしても、内容が不明でも助けを求めているのは、この窮地を考えれば明白。
それが通じないバカ二人に、レンは嘆きに叫んだ。
「ああっ、一体どうすれば……!?」
「―――あそこ、曲がれる」
打つ手がなくなってアオイがパニックになると、不意にサクラがあるところを見つけて指差した。
逃げ走るこの大通りから脱出できる、裏路地だ。
サクラの指差した先を目で追ったレンは、即断して指示を出す。
「あそこへ逃げるぞ!」
急カーブするように、三人は裏路地へ逃げた。
そして振り返ると、少年二人が泣き叫びながら全力疾走し、それを笑うミライとエルザを乗せたボア・シャドウが追いかけて通り過ぎる場面が見えた。
―――裏路地脱出作戦は、成功した。
そう実感して、レン、アオイ、サクラはホッと胸を撫で下ろした。
「アイツらには悪ぃけど……なんとか逃げられたな」
「ですが、ワタシたちではアレの対処はできません……草壁教官をお呼びしましょう」
「だな。でも、さすがに……」
「休憩、したい……」
疲れの滲んだサクラの呟きに、
「同感……!」
「同感です……!」
ドッと疲労感が押し寄せてきて、同感したレンとアオイは肩を落とした。
「しばらくは追って来ねぇはずだから、その間にたっぷり休んどこうぜ」
「『猪突猛進』というぐらいです、ここへ引き返すわけがありません」
「今頃、地平線の果て」
そうして、≪魔装≫を解除して『魔晶器』を地面に置き、三人は狭い裏路地に寝転がった。
アオイはお腹の上で、レンは頭の後ろで手を組んで仰向けに寝て、その間に寝るサクラはアオイの方を向いて背中を丸めて寝ていた。
この光景は、まるで川の字。
「……ん?」
ふと背中に違和感を覚えて、レンは片目を開けた。
「なんか……揺れてねぇか?」
「そうですか? 特に何も感じませんが……」
「………(こくり)」
「そうか……オレの気のせいか」
アオイとサクラの返答を聞いて、レンは再び眠りに入る。
その表情には、満足そうな笑みが浮かんでいた。
しかし、
「………………………いや、絶対気のせいじゃねぇんだけど!?」
叫び、レンは飛び起きる。
アオイとサクラもそれに続き、キョロキョロと辺りを見回した。
「い、一体、なんですか!? この揺れは……!?」
「地震?」
三人が飛び起きたのは、地面から強い衝撃を感じたからだ。
それをサクラは地震と推測すると、レンが「いや、違ぇ」と否定した。
「これは地震なんかじゃねぇ……オレの勘がそう言ってる」
「では、一体なんですか……?」
「そんなの決まってんだろ―――」
瞬間、安息の地であったこの裏路地に、
「ブオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ドリフトして突進しようとするボア・シャドウと、
「いたぁ」
「いたっ★」
ソレに乗って満面の笑みでこちらを指差す、二人の悪魔の姿が三人の視界に映った。
アオイとサクラの顔が青褪め、
「―――ボア・シャドウとあのバカどもだああああああああああああああああ!!」
叫ぶと同時に『魔晶器』を回収し、レンは振り返って全力疾走した。
アオイは涙目で悲鳴を上げ、サクラは一心不乱な様子で、自分の武器を回収してレンの後に続いて逃げた。
ボア・シャドウがドリフトして、逃げ惑う三人の少年少女を追いかけていく。
狭いこの裏路地に、そんな巨体が突っ込めば、当然入り切らず廃墟を破壊した。
廃墟が崩落する音、悪魔たちの笑い声を背後に聞きながら、三人は必死に逃げ続けた。
が、突然、三人は逃げなければならないのに急停止したのだ。
「―――嘘だろ……道がねぇ!」
裏路地を抜けると、続いているはずの道がなかった。
いや、三人は下を覗き込むと、河川敷の一部のような場所を見つけた。
『世界終末』の影響で、あらゆる場所が陥没し、地形が変化した。
眼下の場所もその影響を受けたのだろう、と三人は直感するが、
「下に降りれば、河川敷らしきものがありますが、いくらなんでもこの高さは……。一度引き返して、別の逃げ道を探す方が―――」
「無理。崩壊、巻き込まれてる。逃げ道、潰れてる」
サクラの発言は正しく、ボア・シャドウの突進によって廃墟がドミノ倒しのように崩壊していき、すでに逃げ道は瓦礫に埋め尽くされていた。
振り返ったアオイは、その事実に辿り着いて悔しげに顔を歪める。
「では、どうすれば……!」
「―――あんだろ? 一つだけ逃げ道がよ」
ハッ、とアオイは顔を上げて目を見開いた。
「レンさん、まさか……!」
ふっ、とレンは楽しげに口角をつり上げると、
「―――あの川飛び越えてやらぁ! 風邪防止に、濡れねぇようになぁ!!」
河川敷へと飛び降りた。
落下するレンを見て、アオイは口をポカンと開けてキレイな顔が間抜けに。
「れ、レンさん!?」
「―――サクも」
アオイが信じられない光景に理解が追いつくと、今度はサクラも飛び降りた。
「サクラさんも!? ……だ、だったらワタシだって―――!」
えいっ! と、覚悟を決めてアオイも飛び降りる。
その時、アオイはギュッと目を瞑った。
高所からの飛び降りなんて、恐怖でそうなるのは当然だ。
しかし、
(……あれ? 目を瞑るのは危険では? 着地に失敗して大ケガに―――いえ、打ち所が悪ければ、最悪死んでしまう可能性も……。こ、怖いですが、目を開けなければ……!)
勇気を振り絞って、アオイはゆっくりと目を開けた。
瞬間、河川敷に自分の体が叩きつけられるイメージが頭に浮かんで、アオイは悲鳴を上げそうになるも耐える。
死ぬよりはマシだと、そう自分に言い聞かせて。
そして、落下地点である河川敷を見据えて覚悟した。
(両足の大ケガは避けられませんが、それでも最小限に抑えなければ……!)
「―――って、結局大ケガするじゃないですか~~~~~~~~~~~~っ!?」
だが、河川敷への落下が目前に迫り、アオイの覚悟は早々にポッキリと折れた。
最低でも脚への大ケガが確定しているのだから当然である。
全身で風を浴び、ヒューという風切り音と自身の悲鳴が耳の中で鳴り、アオイは半ベソをかきながらも、ついに河川敷に着地した。
「…………え?」
涙目のアオイの口から、そんな声が漏れる。
アオイは生きていた。
想像していた両足への衝撃はなく、それによる激痛もなく、ボキッと骨が折れる音もなく。
アオイは着地に成功し、両の足で河川敷の上に立っていた。
その現実を認識しつつあるアオイに、レンが声をかける。
「お、朽葉も川飛び越えたんだな」
「川……」
呟き、アオイは振り返る。
そこには川があって、視線を落とせば足元に芝生があった。
どうやらアオイは、着地に成功するだけではなく、川を飛び越えていたようだ。
そのことを理解して、アオイはレンに向き直る。
「はい……そうみたいです」
レンに微笑みかけると、アオイは先に着地していたサクラを見てあることに気づく。
「サクラさん、靴が濡れていますが……」
「うっ」
サクラの黒ブーツが濡れていることをアオイが指摘すると、サクラの小さな肩がピクリと跳ねる。
しかしそれだけで、サクラは自分から何も説明しなかった。
なので、その理由を知っているレンが代わりに説明を始める。
バカにしたように笑いながら。
「あははっ! そうなんだよ。氷咲のヤツ、身軽なクセに川飛び越えられなかったんだよ。一番軽々とできそうなのに失敗するとか、面白ぇよな?」
「むっ」
バカにされて、サクラはムスっとした顔でレンに詰め寄る。
サクラのような小さな美少女が怒っても別段怖くないため、レンは笑い続けるだけだった。
しかし、
(それはおそらく、サクラさんの暴力的なお胸のせいだと思いますが……)
二人を遠目に見るアオイだけは、サクラが川を飛び越えられなかった真相に辿り着いていた。
「むむっ、うるさい。サクのこと笑う、許さない」
「だったら、もうちっとデカくなんねぇとな?」
ジト目で頬を膨らませて両腕を回し、ぐるぐるパンチを放つサクラ。
その強烈極まりないパンチを、レンは余裕綽々とサクラの頭を掴んで直撃を免れていた。
その様子を見て、アオイは「ふふっ」と微笑んでしまう。
(なんだが、兄妹ゲンカしているみたいでホッコリします……)
「滝、打たれて。ズブ濡れ、なれ」
「滝? へっ、んなもん来るわけね―――」
瞬間、三人の頭上に、ザブーンと滝が流れ落ちてきた。
大量の水を浴びたショックで、アオイは乾いた笑みを零す。
「あは、あはは……。本当に、ズブ濡れになってしまいました……」
「ズブ濡れ、ざまぁ」
「ズブ濡れ二回目のヤツに言われたくねぇよ!」
ズブ濡れ状態でピースする無表情のサクラに、全然『ざまぁ』になっていないとレンがツッコむ。
それから犬のように体をブルブルと震わせて、レンは水気を取って対峙した。
―――川に飛び降りたボア・シャドウと、ソレに乗る二人の悪魔と。




