第三十二話 紳士
「全然日が高いっ★ まだまだ訓練できそーだねっ★」
真っ青な空を見上げて、エルザがそう言った。
いつも訓練は夜まで行われている。
正午から二時間が経過した今なら、あと六時間ほど訓練ができる時間が残っていた。
エルザは振り返って、四人に尋ねる。
「みんな、何かしたいことあるかなっ?」
「―――≪魔晶術≫の訓練がしてぇ!」
「―――ワタシもですっ!」
間髪入れず、手を挙げたレンとアオイが勢いよく前に出てきた。
鬼気迫るほど目は血走っていて、明らかに様子はおかしかったが。
この必死さは予想通りだと、エルザは八重歯を覗かせて笑った。
「そーいうと思ったよっ★ だってレンっちとアオイっちだけ、≪魔晶術≫まだ使えないもんねっ? みんなに置いてけぼりにされて、焦燥に駆られるは当然だよっ★」
「……っ! あぁ、そうだよ。メチャクチャ焦ってんだよ、オレたちは……!」
「≪魔晶術≫が使えないワタシたちは、明らかに戦力不足です……。このまま皆さんにこれ以上、後れを取るわけにはいけません……! なんとしても≪魔晶術≫はできなくては……! でも、どうすれば……」
「「―――だったら、俺たちが教えるよ! 朽葉さん!」」
突然、後ろから陽気な男の声がした。
エルザ隊はそちらを見る。
そこにいたのは二人の候補生の少年。
レンをバカにして、アオイに優しく教えると言っていた、あの二人だった。
「テメェら、どうしてここにいんだよ……!」
「サボり、なんだけど……」
「なんかスゴい爆発音みたいなの聞こえてきたから、こっちに来てみたらお前たちがいたんだよ」
ミライ以外の四人が、ミライの≪陣鬼・連衝≫の破壊音によって引き寄せられたのだと瞬時に理解した。
それに気づき、レンとアオイは遠い目をする。
「それで、なんか悩んでるような声が聞こえて、俺たちが参上したってわけ」
「そういうこと。それじゃ朽葉さん、今から俺たちが優ーしく教えてあげるからね?」
爽やかスマイルで、二人の少年はアオイにそう言った。
しかし、その心の中は、
(この小隊はなぜか、美少女四天王―――空宮さん、氷咲さん、朽葉さん、星無さんが勢揃いしてるが、同時に曲者揃いだ……! しかし、その中でも唯一朽葉さんだけはマトモ……! 朽葉さんしか、選択肢は残されていない……!)
(だが、星無さんは論外として、空宮さんと氷咲さんと比べて、朽葉さんはお胸と才能が残念だ……。しかーし、そんなことなど、どうでもいい! 男ならどんな女の胸だって受け入れる、才能なんてモノも求めん!)
((俺は―――黒髪ロングの清楚系美少女が大好きだから! コイツを出し抜いて、朽葉さんを俺の彼女にしてやる!))
そんな思春期ボーイの、邪だけれど純粋な気持ちでいっぱいだった。
アオイは困惑して目を泳がせると、
「―――み、ミライくんに教えていただくので、結構ですっ!」
ミライを引っ張り出して、二人の少年に言い放った。
アオイとミライが並び立った瞬間、二人の少年は―――悟りを開き、極地へ至
る。
アオイとミライが、光り輝いて見えていた。
そして、少年たちの汚い心が浄化され、踵を返してエルザ隊から離れようとする。
「黒と白の聖なる領域に……」
「俺たちは立ち入ってはならない……」
「「―――『百合』は、誰にも穢されてはならないのだから……!」」
そう言い残して、二人の紳士は去っていった。
「か、帰っていったようですが……あれはどういう意味なんでしょう?」
「ねぇ」
「アイツら、アホか。ミライを女だと勘違いしてやがる……」
「ま、しょーがないよねっ★ あの見た目だもんっ★」
アオイとミライは紳士の言葉を理解できなかったが、レンとエルザは理解していた。
ミライは中性的な美少年だが、見る人によっては美少女にも見えてしまう。
たとえ、男物の隊服を着ていたとしても。
知り合ってまだ時間が少ないから、さっきのようにそう勘違いしても仕方がなかった。
一方、サクラはどうでもよさそうに、無関心のままボーッと一部始終を見ていた。
「アオイちゃん」
「はい?」
「ぼくに≪マショウジュツ≫のやりかたぁ。おしえてもらいたいんだよねぇ。いいよぉ? いっしょにやろぉ」
「本当ですか!? では、早速お願いします!」
背中から黒槍を手に取って、アオイはやる気満々。
ミライは頷いて、身振り手振りを大きく使って解説を始める。
「それにバンってやるとバぁンってなるじゃん。それでバンしたヤツをもっとバぁンってするんだよぉ」
「―――ミライくんっ、その説明では全然わかりませ~~~んっ!!」
アオイは半ベソをかいた。
ミライが解説したことを簡単に説明すると、≪魔装≫を発動して『魔晶器』に送った魔力を外に放出するようなイメージ、ということだ。
つまり、どっちにしろ解説の役割を果たしていない。
傍から見ていたレンは、アオイを憐れんでいた。
「朽葉……ミライにそういうのはゼッテェ無理だって」
「ミライっちは、どー考えても感覚タイプだからねっ★ 説明できっこないよっ★」
そーいえばっ、とエルザはレンに一つ尋ねる。
「レンっちが≪魔晶術≫できないのおかしんだよねっ★」
「……? どういうこった?」
「だってレンっち、一回、悪魔に取り憑かれてた時、フツーに≪魔晶術≫やってたじゃんっ★」
「あ……」
エルザに言われて、思い出した。
レンはウツロに取り憑かれていた時、黒剣の剣身に闇のオーラのようなモノが纏っていた。
それこそが―――≪魔晶術≫だ。
レンは一度、自分の意志ではないが、己の肉体は確かにその発動を経験している。
その感覚があるのに、未だ≪魔晶術≫ができない……。
それは明らかにおかしい、とレンは強い違和感を抱く。
不意に、自分の手の平へ視線を落とした。
「そうだよ……オレ、あん時≪魔晶術≫やってたじゃねぇか。なのに、どうしてオレは……」
「悪魔にきーてみればっ? 何かヒントぐらいは教えてくれると思うよっ★」
レンは頷くと、エルザの言う通りにウツロとの会話を試みる。
集中するために、目を瞑って頭の中で話しかけた。
(ウツロ。お前一度、オレの体で≪魔晶術≫やってたよな? どうやったんだ、教えてくれ……!)
『うん、いーよ。教えてあげるよ』
脳内会話を始めると、ウツロがすんなりと受け入れた。
レンは喜びの吐息を漏らすが、あの意地悪悪魔のことだと、すぐに疑いの気持ちへ切り替える。
(お前のことだ……『対価を寄越せー』とかなんとかで、タダで教える気はねぇんだろ? どうせ)
『うん、そーだよ。短い期間で僕のことよくわかってるじゃん。教えてほしかったら―――その体、僕にちょーだい?』
「―――やるわけねぇだろ!」
レンはバチッと目を開けて、実際に怒鳴り声を上げると、
『チェ、レンのケチ」
ウツロのかわいらしい愚痴が、頭の中で聞こえた。
脳内会話終了。
「ダメだったみたいだねっ★」
「クソ……アイツ、ヒントをやらないどころか、また取り憑かせろとか言ってきやがった……。どんだけ、現実に飢えてんだよ……それか恨んでんのか?」
「……両方じゃないかな」
誰にも聞こえないような声量で、エルザは静かに答えた。
「………?」
すると、サクラの耳がある音を捉える。
エルザの声ではない、別の音だ。
音のする方を見て、その理由を把握する。
サクラはその報告をするため、エルザの背中をつつく。
こんな喋り方なので、実際に見てもらった方が早いと思ってのことだった。
「んっ? サクラっち、どしたのっ?」
「………」
無言で、サクラは音が聞こえた方を指差す。
エルザがそちらへ顔を向けると、
「「―――助けてくれ~~~~~~~~~~~っ!!」」
一体の真っ黒な巨大猪に追われて、二人の少年が泣き叫びながら全力疾走して逃げていた。
その少年たちとは―――思春期ボーイから紳士へ進化し、『百合』を見守ることを誓ったあの二人だった。




