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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第三章】隊結成
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第三十話 自己紹介

 シコリのようなものが残った、心地のよくない号令が終わって今日もまた訓練が始まる。


 これまで訓練は皆で固まって一緒に行っていたが、今日から候補生は、教官のイッキが決めた小隊で訓練することになった。


 そのため今は、各小隊ごとに集まって別々で行動していた。


 相変わらずイッキは、遠く離れた高所の上で腕組みしながら候補生を監視していた。


 所々隆起した大通りで、エルザをリーダーとする小隊―――エルザ隊は円を作って立っていた。


 が、レンは難しい顔で考え込んでいた。


 ―――教官である、イッキについてだ。


(草壁教官のあの眼……アレは尋常じゃなかった……。一体、何があったんだ……?)


「―――っち、レンっちっ★」


「―――!」


 自分を呼ぶ声が意識に届き、レンは思考の海から現実へ引き戻されてハッとする。


 一番最初に見えたのは、憎たらしいくらいにキレイなエルザの顔。


 次いで、エルザと同様に自分を見つめる、ミライ、アオイの顔だ。


「あ、やっと気づいてくれたっ★ もー、イッキっちに睨まれてチビったことなんか気にしてないでっ★ エルちゃんの話、ちゃんと聞かなきゃダメだぞっ★」


「何捏造してんだ!? 睨まれたぐらいでチビるわけねぇだろ!」


 メッと人差し指を立ててウィンクするエルザに、レンは怒号と共に言い返す。


 そんな中、ミライは純粋な疑問を隣のアオイに問うた。


「アオイちゃん。『チビる』ってなぁに?」


「―――え!?」


 気になったことは、なんでも質問するミライ。


 だが、それはあまりに唐突で、突拍子もないもので、アオイは裏返った声でビックリしてしまった。


 それでも答えなければならないと、アオイの責任感が発動。


 頬を染め、体をモジモジさせ、口をゴニョゴニョさせながら回答する。


「え、えーっと、『チビる』というのは、お、お、お漏らしの、こと、です……って、何を言っているんですか、ワタシ!? ミライくんにそんな、そんな―――ハレンチなことを教えてしまうなんて!? ハレンチですっ!」


「へぇ。『チビる』っておもらしなんだぁ。じゃあウソついてるねぇ。レンがおもらししてるとこぉ。ぼくみたいことあるもぉん」


「ガキの頃だし、一回だけだろーが!」


 怒りの形相を解き、レンはエルザに向き直る。


「ってか、空宮の話は聞いてたぜ。―――自己紹介、だろ?」


「ピンポンピンポーンっ★ 大正解っ★ エルちゃんたちは前からトモダチ同士だったけど、サクラっちだけ初対面っ★ だから、エルちゃんたちから、サクラっちに向けて自己紹介しよって話っ★」


「………」


 エルザを一瞥するサクラ。


 そのジト目には、何か言いたげな色が浮かんでいた。


 その寂しげな視線に気づかず、エルザは続けた。


「その続きなんだけど、誰から自己紹介しよっかっ★」


「―――オレからやる。オレは、初対面じゃねぇからな」


 エルザ、ミライ、アオイは、一斉にレンを見る。


 その表情は、不思議そうにしていた。


「えっ? そうなの、レンっちっ?」 


「あぁ……ちょっと独特な喋り方で、不器用なんだけど―――スゲェいいヤツなんだ」


 エルザの問いに答えると、レンは正面にいるサクラの元へ歩く。


「さっきぶりだな。オレは、佐伯レン。あん時は助けてくれて、ありがとな―――氷咲ひさき


 爽やかスマイルで、レンは手を差し出した。


 そう。


 この氷咲ひさきサクラは、大聖堂にてレンの外れた左肩を治した少女だった。


 少女の名前を知ること、お礼を言うこと―――レンはその目的を果たすことがようやくできた。


 しかも、その相手が同じ小隊の仲間というのは、運命的なモノを感じざるを得ない。


 レンはそんな思いを抱いて手を差し出していると、


「………」


 サクラは握手に応じることなく―――プイッ、とそっぽを向いた。


「―――え?」


 てっきり拍手に応えてくれると思い込んでいたレンは、思わず呆気に取られる。


「レン。ウソはよくないよぉ」


「……その、他の誰かと勘違いしているのでは?」


 頭の後ろで手を組むミライと、不安げに眉尻を下げるアオイは、レンの背中に声を投げかけた。


 慌てて振り返って、レンは二人を説得しようとする。


「ちょ、嘘じゃねぇって! ホントだって! 頼むから氷咲ひさきもなんとか言ってくれよ、なぁ!?」


 首だけ振り向かせて、サクラに助けを求める。


 しかし、


「………」


 その思いは届かず、プイッとサクラは反対方向にそっぽを向いた。


 一縷の望みが完全に断たれ、あまりのショックに……レンは真っ白になる。


ちげぇんだよ……本当なんだよ……」


 地面に両手両膝をつき、レンは泣きそうな声で呟く。


 エルザはしゃがむと、落ち込むレンの肩に手を置いた。


「エルちゃんは信じてるよっ★ レンっちの言ってることっ★」


「空宮……!」


 エルザの言葉に、レンの項垂れていた顔が上がった。


 いつもなら、あのうざいエルザの笑顔が……レンにとっては希望のように見えた。


 だから、その希望に縋りつく。


「頼む、空宮……! 氷咲ひさきが、オレと初対面じゃないってこと証明してもらうには―――どうしたらいいんだっ!?」


「ンニャッ? 簡単な話だよっ★」


 レンの肩から手を離し、エルザは立ち上がって名探偵のように指差した。


「―――好きな人打ち明けるとかして、信頼を築けばいーんだよっ★」


「そうか、そういうことか……!」


 元気を取り戻し、レンは笑顔で立ち上がる。


「そういう秘密とか、隠し事とか、あえて自分から腹の内を全部さらけ出せば、信頼を勝ち取れるってわけか! それに、オレたちは小隊の仲間だ! だったら、好きな人とか全部、仲間と共有するべきだよな!」


「うんうんっ★ その通りだよ、レンっちっ★」


「―――んなわけねぇだろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 突如として、レンの怒号が響き渡る。


 エルザは、レンの希望ではなかった。


 ……奈落の底に突き落とすような、絶望そのもの。


 そのことを、ハッキリとレンは思い出した。


「ニャハハッ★ バレちゃったっ? 信頼なんて、そんな程度じゃ築けないし、時間もかかるからねっ★ あと、レンっちうっさいっ★」


「テメェのせいだろーが! 大体、好きな人を打ち明けるとか……できるわけねぇだろ! 何考えてんだよ!?」


「あれっ? そこで好きな人いないって言わないってことは―――いるってことなんだねっ?」


「……!?」


 無邪気に言うエルザに、レンはギクリと狼狽える。


 正確無比なまでに、図星を突かれたからだ。


 即否定ができずに顔を赤くするレンを見て、


「ニュフフ~ッ★ やっぱりレンっち、青春謳歌中~っ★」


 猫のような口で、イタズラっぽい目つきで、エルザは笑った。


「確かに……エルザさんの言うことには一理あるかもしれません。だったら、腹を括らなければ……!」


 一度深呼吸をして、アオイは意を決した様子でサクラに自己紹介する。


「わ、ワタシは朽葉くちはアオイと申します! そ、それで、す、す、す、好きな人は―――だ、ダメです! 言えませ~~~~~んっ!!」


 アオイは真っ赤に染まる顔を両手で覆うが、恥ずかしさのあまり頭から湯気が出ていた。


 結局、アオイも好きな人を打ち明けることはできなかった。


 しかし、その後に続いたミライは違う。


「ぼくぅ。ほしなしミラぁイ。すきなひとはぁ。レン。アオイちゃん。エルザちゃん。キミもだからぁ―――いっぱぁいいるなぁ」


 あははぁ、と『すきなひと』を指で数えていたミライは笑った。


 が、それは全員が思っているのとは全く違っていた。


「―――だから、言わなくていいって言ってんだろ! ってか、ミライに至っては趣旨理解してねぇし!」


 無自覚にエルザのノリに乗ってしまったアオイとミライに、レンが思いっきりツッコむ。


 このコントの元凶であるエルザは「ニャハハッ★」と笑い、シレッとサクラに自己紹介を始めた。


「それじゃ、エルちゃんは空宮エルザっ★ エルちゃん、って呼んでねっ★ 最後は―――サクラっち、キミの番だよっ★」


 サクラに向かって、エルザは自己紹介を促した。


 四人はサクラの無表情な顔を見つめる。


 数秒の沈黙を置き、サクラは俯いたまま顔を見ないように、小さな口からか細く言葉を紡ぐ。


氷咲ひさき、サクラ。……よろしく」


「よろしくな、氷咲ひさき!」


「よろしくお願いします、サクラさん!」


「よろしくね、サクラっちっ★」


「よろしくねぇ。サクラちゃん。あぁ―――」


 サクラを見ていて、ミライはあることに気がついた。



「―――サクラちゃん。おっぱいおおきいねぇ」



 その一言は、時が止まったかのように場の空気を凍りつかせた。


 隊服を盛り上げるほどの豊かなサクラの双丘を指差し、そこから紡がれたミライの言葉。


 その笑顔は、いやらしさなど一切なく―――純粋無垢。


 けれど、好奇心はあった。


 それ故に、こうお願いするのだった。


「ねぇ。おっぱいさわってもいぃい?」


 ミライは小首を傾げて尋ねる。


 無断で相手の体に触ってはいけないという、そのくらいの常識は持っていた。


 ……けれど、ある意味で常識はなかった。


 サクラはゆっくり顔を上げると、そのジト目はドン引きのあまり軽蔑し切っていた。


 そして、


「―――しね」


 心から思ったことを素直に呟き、ミライの頬に渾身のビンタを放った。


 ミライは頬に赤い手形をスタンプされ、


「おっぱいさわっちゃダメなんだぁ。ごめんねぇ?」


 痛がる素振りすら見せず、いつもの笑顔でサクラに謝った。


 それを見て、エルザは何やら必死な様子で口を手で押さえつけていた。


 吹き出すくらい、笑ってしまいそうになったから。


「み、ミライっち、あ、あんなに、思いっきりビンタされて、アホなこと言ってる……っ★ ニャハ、ニャハハ―――ッ★」


 しかし、結局エルザは吹き出して笑ってしまう。


 涙を流すほどに、大爆笑して。


「ミライくんは、お胸の大きな女性がお好きなんですね。ワタシは―――」


 呟き、アオイはそっと自身の胸に触れる。


 ―――断崖絶壁。


 真っ平らな胸の感触に、アオイは静かに絶望し……真っ白になった。


 爆笑するエルザ、絶望するアオイ―――その二人を見ていたレンは呆れ顔になる。


「何やってんだか……」


(でも、マジでよかった。氷咲ひさきの前で胸のこと言ってたら、オレまでアホ(ミライ)みてぇになってた……)


 そしてレンは、心の底からサクラにビンタされなかったことに安堵したのだった。


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