第二十三話 魔晶術
イッキは廃墟のタワーの頂上から高速で移動して、レンとスパイダー・シャドウの間を割って入ったのだ。
レンはその大きな背中を見上げていると、
「―――無鉄砲なところまで、アイツにそっくりだな……」
イッキが、そう呟いた。
大きな呆れと、ほんの僅かな懐かしさを混じらせて。
「バカなことをするな、愚か者。お前らでは、コイツにはまだ勝てない。体内にある魔力を操作する技術―――≪魔装≫が、あまりに未熟だ」
(だから、オレの剣じゃ斬れなかったのか……? その≪魔装≫ってのが、お粗末だったから……)
レンだけではなく、他の候補生たちもそう理解する。
唸り声を上げて力を込めるスパイダー・シャドウの巨躯を、イッキは≪魔装≫によって紅光が浮かび上がった黒銃剣を薙ぎ払って吹っ飛ばす。
候補生に背を向けたまま、語る。
「しかし、そんなお前たちでもヤツを倒す手段がある。今から、その手本を見せてやる。たった、一度だけだがな―――≪ヴァルナ・ブラック≫」
イッキは黒銃剣を前に突き出し、銃口を向ける。
その銃口から黒い粒子が集まって、大気が揺れ始めた。
やがて黒い粒子は拳大ほどの黒球となり、
「微塵も残さず滅せよ―――≪ショット≫」
その黒球を天から地へ、黒銃剣を縦一文字に振り下ろす。
黒球を真っ二つに斬ると、そこから放たれたのは漆黒の光線。
真っ直ぐ、どこまでも突き抜けていくソレは、スパイダー・シャドウが落下してき
たタイミングとジャストで命中する。
―――宣言通り、漆黒の光線がスパイダー・シャドウを飲み込み、微塵も残さず滅
した。
「「「………」」」」
唖然とした表情で、候補生はこの圧倒的光景を見ていた。
イッキは溜息をつくと、黒いコートを翻し、黒銃剣を肩に担いで振り返る。
「これこそが『魔晶器』に込めた魔力によって、秘めた悪魔の能力を引き出す―――≪魔晶術≫だ。……もう一つ、その真骨頂である技があるが、これはお前たちには不要だ」
ゴクリ、と息を呑んで立ち上がると、レンは目を輝かせる。
(本物の、幻滅師だ―――草壁教官は!)
ようやくレンは、イッキが教官で、幻滅師だと認めた。
それは開けた黒いコートから徽章を見たからではなく、スパイダー・シャドウを瞬殺した≪魔晶術≫を見て、その実力を目の当たりにしたからだ。
他の候補生たちも同様に、イッキが強者であると認識し始めた。
「当面の間、お前たちは≪魔晶術≫の訓練を始めてもらう。地道に≪魔装≫の練度を高めるよりも、≪魔晶術≫の方が威力が圧倒的だ。生存確率を上げるためにも、そっちに専念してもらう」
(初めて見たぜ、幻滅師の≪魔晶術≫……あんなにスゲェんだ! オレも≪魔晶術≫、早く使えるようになりてぇ!!)
男のロマンが大爆発するレン。
『魔晶器』を持つ幻滅師が、≪魔晶術≫という技を使って戦っていることは知っていたが、実物を見るのは初めてだ。
漆黒のビームがスパイダー・シャドウを消滅させる瞬間を実際に見れば、≪魔晶術≫に憧れを抱き、胸が熱くなるのは当然だ。
今のレンは復讐心よりも、男としての純粋な気持ちで≪魔晶術≫を使えるようになりたかった。
しかし、
「―――草壁教官、後ろ!」
その気持ちを消して、レンは警告を発した。
瞬時にイッキは振り返る。
視線の先には、巨大なナニカがこちらに向かって飛んできていた。
目を細めて、イッキは呟く。
「モス・シャドウか……」
黒い巨体から生える翼をはためかせ、触角を揺らし、体長が30メートルはある漆黒の巨大な蛾―――モス・シャドウ。
スパイダー・シャドウの倍以上も大きなソレが迫ってきているのに、候補生は絶望しないどころか襲来を喜んでいた。
「草壁教官! アイツをさっきの≪魔晶術≫で倒してくれよ!」
「もう一回、見たい!」
候補生は、すっかり立ち直っていた。
背後から聞こえるその元気な声に、イッキは呆れ返る。
「一度だけと言ったはずだが……」
(しかし、アレを殺れるのは俺だけだからな……仕方ない)
結局、イッキはもう一度、≪魔晶術≫を披露することになった。
空中の巨大な標的に向かって、イッキは黒銃剣の銃口を向けると、
「―――わぁ。はじめてみるなぁ。あれぇ。おもしろそぉ」
「―――ううんっ★ エルちゃんたち、一回だけ遊んだことあるよっ★」
そんな会話が聞こえた直後、
「グッ……!」
「ガッ……!」
見上げていた顔の上を、誰かに踏まれて、苦悶を漏らす。
イッキとレンの顔に、赤くハッキリと靴跡がスタンプされた。
レンは背中から倒れるが、さすがは教官、イッキはしっかり立ったままだ。
「~~~っ! だ、誰だよ、オレたち顔面踏みやがったの……!!」
「―――空宮と星無だ……」
上体を起こして顔を押さえるレンに、イッキがドスの効いた声で答える。
レンは涙目だが、さすがは教官、険しい顔のイッキも同じく涙目。
「はぁ!?」
と、レンは顔から手を離して空中を見上げる。
確かにイッキが言っていた通り、エルザとミライが得物を手にしながらモス・シャドウに向かって跳んでいた。
しかし、翼を持たない人間は、
「あれぇ?」
「あらら、踏み込みが甘かったみたいっ★」
……落下するに決まっている。
モス・シャドウが飛んでいるのは地上から2000メートル。
それに対して、二人は顔面を踏み台にしても、100メートルも届かない程度。
新たな踏み台も何もないミライとエルザでは、モス・シャドウを倒すことは叶わなかった。




