第二十二話 逆蹂躙
シャドウが現れてからずっと、レンは神経を張り詰めていた。
それはシャドウへの恐怖からで、そして皆に向かって強気なことを言い放っていたのは、そのシャドウから逃げないようにするためだ。
あれだけ大口を叩いておいて逃げ出したとすれば、それは最早、クズ以外の何者でもないからだ。
―――自分はそうなりたくない。
その一心で立ち向かい、アオイと共にシャドウに勝利し、見事レンはトラウマを克服してみせた。
「やったのか、オレは……」
その反動からか、黒い塵が舞い上がる中、レンは糸が切れたように膝をつく。
そして、紅光を放つ黒剣に視線を落とした。
―――この手で、シャドウにトドメを刺したわけじゃない。
そう理解してはいるが、レンにとって『シャドウを倒した』という事実は大きな意味を持っていた。
オレは強くなっている、オレは成長している、オレはシャドウを倒せる。
―――オレは、復讐する力を持っている。
レンの胸中には、確かな達成感と充実感で満ちていた。
立ち上がって振り向くと、
「く、首斬るだけじゃ倒せないなんて、しぶてぇよなアイツ! でも、朽葉がいたからシャドウを倒すことができたぜ! あ、あはは……!」
視線を彷徨わせて、レンはアオイに笑いかけた。
アオイを見ないのは、思春期特有のモノで恥ずかしかったからだ。
笑って誤魔化しているのも、そういう理由。
特にレンはそういう傾向が強いが……この言葉だけはちゃんと顔を見て伝えようと、アオイに視点を合わせる。
「だ、だからさ、朽葉……っ! ほ、本当に、ありが―――」
瞬間、レンは絶句した。
アオイの顔を見た時、アオイはこちらを見ていなかった。
レンに横顔を向けて、全く別の方向を見ていた。
―――心酔するような、うっとりとした笑みを浮かべて。
(朽葉のこの顔、見覚えが……まさか―――!?)
嫌な予感がしたレンは、瞬時にアオイの視線の先を追う。
視界に映ったのは、背中の黒大剣の柄を掴んでいるエルザが悠々と、腰に差している白刀の柄を掴んでいるミライが遊々と歩いている後ろ姿だった。
「いくよ、アマっちっ★」
「いっしょにあそぶよぉ。トマトぉ」
契約する悪魔と鬼の名を呼び、二人は同時に刃をさらけ出す。
エルザは魔力を込めると黒大剣の剣身に、ミライは幻双力を込めると白刀の刀身に紅光が浮かび上がる。
そして、急加速して駆け出し―――シャドウの蹂躙を開始した。
二人がシャドウのところへ突っ込んだ瞬間には、黒い塵が舞っていた。
それほどまでに、二人の放つ剣速は目に見えないほど凄まじかった。
おそらく、すでに二人だけで50体は倒していそうだ。
自分たちのシャドウを倒すまでのタイムアタックをあっさりと塗り替え、倒した数も一瞬のうちにあっさりと超えていかれた。
―――楽しそうに、笑い声を上げながら、天衣無縫の如く。
「なんだよ、あれ……」
ミライとエルザが、規格外の身体能力の持ち主だと知っていた。
でも、あれは、レベルが違いすぎる。
いくらなんでも、あまりにもかけ離れている。
絶望的なまでの実力の差に、レンは目の前の現実が信じられなかった。
しかも、その二人のうちの一人は……自分の親友。
悔しくて、見たくなくて、項垂れた。
その時、
「―――本当にスゴいです、ミライくん……」
アオイの、優しく甘い呟きが耳に入る。
知らないうちにレンは、唇を噛んで、拳を強く握っていた。
(どうして……どうして、アイツばっかりが……ッ!!)
自分が欲しかった言葉をミライに盗られて、レンの心の中に黒いナニカが生まれ始める。
いや、あるいは、もうすでに誕生していて成長したのかもしれない。
『―――フフフッ……それでいーよ、レン』
レンは気づかない。
それにナニカが、ホクソ笑んでいることに。
◆
30分もしないうちに、襲撃してきた約400体のシャドウを全て倒した。
その高速討伐は、ミライとエルザの圧倒的な戦闘能力によるもので、たった二人で200体ものシャドウを倒していた。
二人を除く候補生は、ミライやエルザのように単独で撃破できる戦闘能力はないため、二人以上のペアを組んで戦っていた。
そのため、少なくても1体、多くても2体しかシャドウを倒せなかった。
「シャドウを倒せるくらい、俺たちは強いんだ……!」
「なんか自信湧いてきたかも!」
「この調子なら、みんなで試験合格できるよ!」
それでも、協力すればシャドウを倒す実力があるのだと知り、達成感で候補生の顔は明るかった。
しかし、
「でも、まだ殺し足りないよな……」
「不完全燃焼って感じ」
「あーあ。力有り余ってるから、もっと出てこないかな? アイツら」
中には、退屈そうにする候補生もいた。
十字路の中心で休憩する彼らを、イッキはタワーの頂上から険しい顔で見下ろす。
(あの二人がシャドウを倒しすぎたせいで、他の候補生にほとんど経験値を積ませることができず、フラストレーションを溜めることになってしまった……。力を満足に振るえないまま、戦闘が終わってしまったからな。このまま、また新たなシャドウが出現するのを待つか? しかし、それではまた空宮と星無がシャドウを殲滅しに行くだけだ)
「さて、どうしたものか……」
イッキは顎に手を当てて思案顔。
再びシャドウが出現しても、エルザとミライが殲滅者としての血が騒ぎ、シャドウを全滅させてしまう。
結果、先刻の繰り返しで他の候補生に経験値を積ませられず、幻滅師として強くなれない悪循環が出来上がってしまう。
ミライとエルザにとって、すでにシャドウは強くなるための経験値でもなんでもないため、効率面でもすこぶる悪い。
他の候補生に倒させた方がよっぽど効率的に強化できるため、シャドウを倒すのはやめてもらいたいところだ。
その時。
ドスン、と隕石が落下したような大きな音がした。
全員がそちらに振り向く。
不思議そうに煙を見ていると、足音を立てて、その中からナニカが現れる。
(―――スパイダー・シャドウか……)
シャドウより二倍も大きい、10メートルの巨大な漆黒の蜘蛛の名を、イッキは内心で呟く。
スパイダー・シャドウは、巨大な胴体の下から鎌のような足が八本生え、正面には蜘蛛ならばあるはずのない鎌の腕が二本あった。
醜悪な生き物にさらに凄みがかかり、嫌悪感と忌避感を覚えるはずの敵を前に―――候補生は嬉しそうな顔を浮かべる。
「いいところにやってきたじゃん! スパイダー・シャドウ!」
「私たち、まだまだ全然やれる……! アイツもやっちゃお!」
「そうすれば俺たち強くなれるし、もっと草壁教官をビックリさせられる!」
「―――みんなで、ぶっ倒すぞ!」
その一声が引き金となって、十字路の一つの道で佇むスパイダー・シャドウの元へ候補生が突撃する。
(やはりこうなるか……)
危惧していた事態に、イッキは頭を抱える。
満足な戦闘をしていないフラストレーションによって、候補生がこんなことをする嫌な予感がイッキにはあった。
だからミライとエルザの邪魔を入れさせずに、他の候補生にシャドウを倒させる方法を考えていたのだが……間に合わなかった。
冷静さを欠き、興奮のままにスパイダー・シャドウを倒そうと向かう候補生。
その中には、レンとアオイも混ざっていた。
しかし、アオイは違う目的で走っていた。
「レンさん、止まってください! あのスパイダー・シャドウは、他のシャドウと違う気がします……危険です! 他の皆さんも!」
「大丈夫だぜ、朽葉。シャドウはシャドウ……そこまで変わりやしねぇ! ちょっくら倒してくっから、朽葉は安心して見ててくれ!」
アオイの警告に耳を貸さないで、レンは笑みだけを残して加速する。
アオイが、「レンさん!」と強く呼び止めても止まらなかった。
ドンドン抜き去り、ついにトップに躍り出た。
「あ、おいっ! 抜け駆けするなよ、お前!」
「っるっせー! あれは―――オレが倒す!」
言って、スパイダー・シャドウを見据える。
(これ以上、いいカッコさせてたまるか……! オレはもっと、強くならなきゃダメなんだ……! ミライより―――強く!!)
ボーッと何もせずに立ち尽くすスパイダー・シャドウに向かって跳躍すると、
「―――うおおおおおおおおおおおおお!!」
レンは雄叫びを上げて、高く掲げた黒剣を振り下ろす。
スパイダー・シャドウは回避をしないまま、
「え……?」
レンの剣撃を受け止め、弾いた。
鉄よりも、もっと強靭で硬質な感触が黒剣から返ってくる。
シャドウを切り裂いた時は、豆腐を切るように簡単だったのに。
思い描いていた未来とは正反対の光景に、レンは頭が真っ白になる。
当然だが、人間に未来を見るなんていう、超常の力を持っているわけがない。
その瞳を映すものは―――いつだって、現実だけだ。
つまり、レンが見ていた未来は、ただの自分の都合のいい妄想で幻視でしかない。
たかがシャドウ1体を倒した成功体験だけで、すっかりレンは調子に乗っていた。
そして―――ミライへの劣等感、嫉妬、羨望の衝動に、理性が負けた。
だから、こんな無謀ことを止めようとするモノが無くなって、こんなことになってしまったのだ。
それを自覚できず、そのままレンは……背中から倒れた。
「「「………」」」
他の候補生は、立ち止まって顔を蒼白にする。
その場で凍りついたように硬直して、レンの後には誰も続かなかった。
スパイダー・シャドウが、レンに向かって鎌を振り下ろす。
生き物なのに唸り声を発さないで、無言のまま、無機質な機械のように殺そうとする。
レンは『死』を直感した―――が、それは外れた。
「草壁、教官……」
イッキが、スパイダー・シャドウの鎌を受け止めていた。
―――黒銃剣の『魔晶器』で。




