第二十一話 克服
自分たちが走ってきた道を戻るように、レンとアオイは走っていた。
レンは黒剣を、アオイは黒槍を持ちながら。
そして二人の前に、1体のシャドウが殺し尽くさんとばかりに突進してくる。
「―――ガァアッ!」
シャドウが牙を剥き出しにして漆黒の巨腕を振り上げた刹那、レンとアオイは目の前の光景と脳裏に浮かんだ光景が重なる。
レンは、アオイがシャドウに首を掴まれている瞬間。
アオイは、自分の首を掴み上げるシャドウの顔だ。
それは、ウツロがレンに見せた悪夢と同一だった。
(あの時、オレは動けなかった。怖かったから、死にたくなかったから……弱かったから。でも、今は違ぇ……。今のオレは、もうあの時のオレじゃねぇ!)
(ワタシはシャドウに首を絞められ、殺されかけて、今でもその時の苦しみが蘇る時があります……。なので、あなたを今ここで倒して、その悪夢を終わらせます!)
(オレの親殺しただけじゃなく、朽葉をあんな目に遭わせたテメェを―――)
(ワタシを殺そうと、あんな目に遭わせてくれて―――)
「絶対、ぶった斬る!」
「ありがとうございます!」
レンは縦一文字に一閃を走らせ、アオイは心臓目掛けて突きを放ち、同時に眼前のシャドウの攻撃を仕掛けた。
「―――ガァ……」
だが、その瞬間、シャドウが獰猛な白い息を吐き出した。
……心底、人間を殺すことを愉悦としか見ていない、三日月のように口角をつり上げた陰惨な笑みを浮かべて。
「………!」
振り下ろそうとした、レンの黒剣が止まる。
斬り込もうと踏み出した足も。
地面から根が生えて、それが足に絡みついてきた。
……だが、それは錯覚。
10年間ずっと変わらずに燃えている復讐心よりも、強くなりたいと願った気持ちよりも、シャドウを絶滅すると決意した覚悟よりも。
トラウマによる恐怖が、その全てを上回り、肉体を支配され、錯覚してしまったのだ。
立ち向かおうとする意志を根こそぎ奪われ―――復讐心、怒り、憎悪、レンは全てを置き去りにして立ち尽くした。
そんな異変をそばで感じ取ったアオイもまた、攻撃ができずにレンを見てしまう。
―――だからか。
「ガァッ!」
だからシャドウは、自分に視線を外しているアオイに攻撃しようとしたのは。
シャドウの巨拳が、アオイに向かって打ち込まれる。
アオイは気づいていない。
それを見ているのは―――シャドウに恐怖する、佐伯レンのみだった。
(また繰り返すのか、オレは……。ビビって、何も動けねぇで、朽葉を見殺しにすることしかできなかった、3年前のあの日を……)
そして、その時が来た。
あの日の続きのように、レンの目の前で、シャドウがアオイの首を折って殺す瞬間が。
「いや、違ぇだろ。今のオレには、『魔晶器』がある……!!」
否―――トラウマを克服し、恐怖に打ち勝ち、少年が覚醒の刻を迎える瞬間が。
置き去りにしたモノ全てを取り戻すように、レンは一息でシャドウとの間合いを殺した刹那。
アオイに降りかかる巨腕を、すれ違いざまに剣閃を放ち―――断ち切った。
「ガァッ!?」
呻き声を漏らし、切断面から赤黒い血を噴き出して、シャドウは激痛に顔を歪めて数歩後退する。
垂れ下げた黒剣の剣先からシャドウの血を滴らせながら、
「―――汚ねぇ手で、朽葉に触んじゃねぇ」
レンは首だけを振り向かせて、シャドウにありったけの殺意を込めて言い放った。
人間の言葉が、バケモノに届くはずがない。
……そのはずなのに、シャドウはレンの殺気に満ちたあの眼で全てを感じ取った。
殺意、敵意、憎悪、憤怒―――あるキッカケを境に芽生える、人間の根幹にある最も強く純粋な負の感情を。
その一端に触れ、シャドウは悲鳴のような吐息を漏らす。
―――バケモノたる所以か。
次の瞬間、抱いた恐怖も何もかも忘れて人間を嘲笑い、シャドウの切断されたはずの巨腕が蠢き―――再生した。
「「―――!?」」
レンとアオイは、シャドウのバケモノじみた所業を目の当たりにし、目を大きく見開いた。
それは一瞬だが、大きな隙でもあった。
シャドウはその隙を突いて、レンに向かって前蹴りを放つ。
(―――ヤベッ……!?)
「グッ……!」
避けることは不可能だと判断し、レンは黒剣を使って防御することを選択。
狙い通り、シャドウの攻撃は命中しなかったものの、威力が凄まじく軽々とレンは吹っ飛んでしまう。
「きゃっ……!」
しかも、アオイを巻き込んで。
吹っ飛ぶレンの背中にぶつかり、アオイも一緒になって飛んでいく。
10メートルほど吹っ飛び、三回ほど地面を転がり、レンとアオイは倒れ伏した。
が、苦悶の声を漏らしながらも、二人はなんとか立ち上がる。
「……すまねぇ、朽葉……無事か?」
「はい……大丈夫です。レンさんの方は……?」
「ヘーキ……問題ねぇ」
アオイではなく、シャドウに視線を向けながらレンはそう返答するが、
(朽葉にケガがなくてよかった……。けど、咄嗟に剣で防いだっつーのに、あのバケモノの蹴り……威力がハンパじゃねぇ! 憑依者よりも、何倍も重てぇ……! もし、モロにあの攻撃を食らってたら、オレは……ッ!)
―――死んでいたかもしれない。
憑依者と戦闘した時と比較してそう実感し、レンは悔しさに歯噛みした。
すると、廃墟と化したタワーの頂上で腕を組んで見下ろすイッキが、シャドウに悪戦苦闘する候補生にこんなことを伝える。
「シャドウは、力がある限り何度でも再生する。しかし、唯一その再生を止める手段がある。それは―――再生できないほどの致命傷を与えることだ」
「―――!」
(致命傷……!)
レンがハッと何かに気がつくと、
「それができなければ、お前たちは一生、シャドウを倒すことは不可能だろう」
イッキはそれを最後に何も言わなかった。
それを聞いていたアオイは、レンの横顔に尋ねる。
「シャドウを倒すには致命傷を与えること……レンさん、シャドウにとっての致命傷とは一体……」
「―――アイツら、シルエットだけ見れば巨人だ」
「えっと……た、確かにそうですが……」
「だったら、もっと単純に考えていいんだ。―――アイツらの構造は、人間と似てる」
薄く笑った顔で、レンは流し目でアオイに告げた。
瞬間、アオイもハッと気がつく。
―――レンの発言の真意を。
頷き合ってから、レンとアオイはシャドウに向かって武器を構える。
直後、シャドウは咆哮を上げて、両腕を広げながら突進してきた。
レンとアオイはその場から動かず、シャドウを迎え撃つ。
レンは、紅い軌跡を描く剣閃を三度放った。
一回目はシャドウの右腕を、二回目はシャドウの左腕を斬り落とし、三回目は―――横一文字にその太い首を薙ぎ切った。
三ヶ所のシャドウの切断面から、赤黒い血が噴き出す。
レンは、黒剣を肩に担ぐ。
それは自分たちの勝利を確信しているもので、もう一切の攻撃はしないという意思表示だ。
……しかし、それは愚行。
慢心するレンの背後で、首無しのシャドウが唐突に振り返って再び攻撃を仕掛けた。
「人間は、首を斬れば簡単に死ぬ。でも、テメェはバケモンだから、こんなんじゃ死なねぇ……。だから―――特大サービスをテメェにやるよ」
首だけを振り向かせて、レンはシャドウに微笑みかけた。
レンは慢心などしていなかった。
なぜなら、
「ハア―――ッ!!」
アオイがトドメを刺してくれることを知っているからだ。
気合を発し、アオイは首と両腕を失ったシャドウの背後から心臓を黒槍で貫く。
分厚いシャドウの胴体から、黒い槍先が飛び出すほど深く。
ピクリとも動かなくなったことを確認して、アオイは黒槍を引き抜く。
心臓部分から赤黒い血が噴き出すと、力無くシャドウは前に倒れた。
そして、巨体が突如として黒い塵となり、風に舞った。
断末魔さえ上げることなく、数多の死を振り撒くはずだったシャドウは―――完全に絶命したのだった。




