第二十話 襲来
「大体、このあたりでいいだろう」
「ぜえ……ぜえ……」
「はぁ……はぁ……」
前方を眺めるイッキの後ろには、手と膝をついたり、大の字に寝転んだりして息切れをする候補生たちがいた。
今の天候は、陽の光を通さないほどの曇天。
コンクリートで寝ていても、そのおかげで程良く冷たくて気持ちがいい。
しかし呼吸は荒く、大量の汗が流れていて相当疲れていそうだ。
それは当たり前のことで、ペースアップしたイッキについていくために、全力疾走のまま10キロメートルも走ってここに来たのだから。
しかし、長距離走でダウンする候補生たちが大部分だが、その中でもミライとエルザの二人だけは、
「もうおわりぃ? もっとはしりたいのになぁ」
「ニャハハッ★ エルちゃんたちには楽勝すぎたねっ★」
そんなこと言う始末だ。
二人はまだまだ、走り足りなかった。
「あの二人、体力って概念あるのかよ……」
「息切れしないどころか、全然余裕って……」
「おかしいって、絶対……」
荒く息をしながら、ミライとエルザを不気味に思う候補生だったが、
「でも、一番の被害者は……」
「あの二人、だよね……」
そんな言葉もあった。
その二人は今、ようやく教官と候補生のいるこの場所に辿り着いた。
ヨロヨロ、とまるで映画に出てくるゾンビのような足取りで……。
「やっと……」
「つき、ました……」
力を使い果たして、その二人はバタンと前に倒れる。
その音が耳に入って、ミライとエルザは音の発生源へと近づく。
そして、へばりにへばっている二人の顔を覗き込んで、こう声をかけるのだ。
「―――レン。アオイちゃん。だいじょうぶぅ?」
「スゴくへばってるけど、なんかあったのっ?」
最後の到着者は、レンとアオイだった。
レンが力を振り絞って顔を上げて、不思議そうに見つめるミライとエルザを睨みつけた。
「なんかあったか、じゃ、ねぇよ……! テメェらの、せいで、こうなったんだろうが……!」
レンとアオイが、イッキと共に先頭を走るミライとエルザに根性で追いついた時のことだ。
すでにこの時、レンとアオイは限界を超えた力を使ってついていったというのに、この二人の悪魔はとんでもないことを言ったのだ。
『ねぇねぇ。もっとスピードあげてよぉ』
『そーそーっ★ 他のみんなも物足りないって言ってるよっ★』
『そうなのか。じゃあ、ペースを上げるとするか』
『誰も言ってねぇよ!?』
『誰も言ってませんよ!?』
ということがあり、これのせいでスピードを上げたイッキに追いつくために全力疾走する羽目になった。
結果、このような疲労困憊の人間たちが大量生産されてしまったのだ。
「そうなのぉ? エルザちゃん。ぼくたちなんかしたっけぇ」
「わかんないっ★ でも、スピード上げて楽しませたことは覚えてるよっ★ あ、それが終わって怒ってるのかなっ? だったら、ランニングの続きお願いしてくるねっ★」
「……勘弁、してください」
レンはもう一度、冷たいコンクリートに顔を埋める。
自分たちがこうなった原因であることを理解させて反省させられないと、レンは
諦めがついた。
それは、諦めの悪いレンが、滅多に見せない珍しい現象だった。
当然だ。
ここで諦めなければ、本当にまた地獄のランニングが始まってしまうのだから……。
(あんな猛スピードで走り続けて、この余裕ぶり……)
「無尽蔵の体力すぎますよ、ミライくんもエルザさんも……」
その光景を見て、アオイは遠い目をして笑っていた。
「―――来たか」
気配を察知し、イッキはその場で跳躍する。
三つほどの廃墟を経由して、一番高所である廃墟のタワーの頂上に辿り着く。
見晴らしのいい、全体をよく見渡せる場所だ。
「草壁教官、突然どうしたんだ? あんなとこ行って……」
「ねえ……何かあったのかな?」
なぜイッキが、あの場所に向かったのかわからず、候補生は不思議そうに見上げる。
そこから声を張り上げて、イッキは候補生に言った。
「お前たちは先の長距離移動で、心身ともに疲労困憊のはずだ。さて、そんな状態でも―――果たしてアレを、殺れるか?」
直後、十字路の四方向から、ゾロゾロと―――ナニカが現れる。
絶望を具現化したような、真っ黒なモノだった。
ソレを目にした候補生は、疲労が消え去ってすぐに起き上がる。
……戦慄が、走ったことで。
「―――しゃ、シャドウだあっ!!」
候補生の一人が、その正体の名を悲鳴まじりに叫んだ。
◆
シャドウ。
『世界終末』の元凶であり、人類の敵である絶対悪の名だ。
両腕両足ともに人間とは思えないほど筋肉が隆起し、体長はおよそ5メートルほどの巨躯を持つ、人型のようなカタチをした漆黒のバケモノ。
しかし、人間と異なって眼は無く、手足の強靭な鉤爪を鋭く光らせている。
大きく裂けた口からは、ダラリと長い舌からヨダレが垂れ落ち、鉄でさえも容易に噛み砕けるような白く大きな牙が見えた。
十字路の一つの道から100体ほどシャドウが現れ、合計で400は超えている大群が、両の足を使ってゆっくりと進軍する。
余さず残さず、この場にいる人間を、全て蹂躙するために。
「に、逃げないと……! 殺される!」
「でも、私たち囲まれてる……逃げ道なんてないよ!」
候補生が休息していたのは、十字路の中心だった。
安息の地であったこの場所は今、地獄と化し、ここから逃げようとするが……逃げ道である四方向の道はシャドウによって塞がれていた。
退路は断たれたのだった。
ハーッ、とシャドウの大口から白い息が漏れて、それは同時に殺気も放っていた。
その殺気に当てられて、候補生はヒッと悲鳴を上げて顔を蒼白にする。
「あの、クソ教官……! まさか俺たちをコイツらと戦わせるために、何も伝えなかったのかよ!」
近づくシャドウに怯えながら、一人の候補生はイッキの真意を推測する。
そして、それは正しかった。
(俺が向かう前に伝えていれば、きっとここまでついてこなかっただろう。……何も言わなくて、正解だったな)
イッキは候補生の恐怖する様子を上から眺めて、自分の判断が正しかったことを確認する。
と、やはり険しい瞳を細めた。
(候補生らは、一週間前に悪魔に取り憑かれた人間と戦ったのみで、戦闘経験は皆無に等しい。シャドウに至っては、対峙するのは初めてだろう。……お前たちが、恐怖で動けないことはよくわかっている。―――だが、今のお前たちなら十分に倒せる力があるはずだ。それを気づかせてくれる、精神的支柱がいれば……)
「期待しても、無駄か」
呟きを落として、イッキは自ら候補生に発破をかける。
「足をすくませて、体を震わせて、お前たちはただ死を待つだけか? 一体、お前たちの手にあるソレはなんのために―――」
「―――テメェら、何ビビってんだよ」
そうイッキが扇動しようとすると、ある少年が先導しようとしていた。
シャドウから視線を外してしまい、イッキも、候補生も、その少年を見る。
「オレたちは、シャドウをぶっ倒せる! だってそうだろ! オレたちには―――『魔晶器』がある!!」
少年は黒剣を鞘から抜き、曇天へ掲げる。
それから魔力を込めると、その剣身に紅い光が浮かび上がる。
その光を見て、他の候補生も自分の『魔晶器』を手に持つ。
「そうだ……俺たちには、これがあるんだ」
「幻滅師と同じ力を持ってる、俺たちなら……!」
「できないわけがないよ!」
少年に続いて、他の候補生も『魔晶器』を掲げて魔力を込めると、紅光が浮かび上がった。
その紅く点々と輝く光たちを見て、イッキは一瞬驚くが、その口角は自然と薄く上がっていた。
(似ているな、アイツと……。お前がここでの柱だ―――佐伯)
候補生に失いかけた勇気を取り戻させたのは、佐伯レンだった。
けれどレンは、それだけでは終わらず、もっと勢いづけようとする。
「そして! 高みの見物決め込んで、オレたちを罠にハメやがったあのクソ教官に! 一泡吹かせやろーぜ!!」
候補生は気合の入った声で返事をして、それぞれ待ち受けているシャドウへと体を向ける。
「―――さぁ、いくぞ!!」
合図が出されて、己を鼓舞するべく声を上げて候補生は走り出す。
呼応するように咆哮を上げて、シャドウも走り出した。
「罠にハメた……まあ、あながち間違ってはいないが。しかし、俺に一泡吹かせるか。―――やれるものなら、やってみろ」
挑発的な言葉とは裏腹に、その声音には、確かな期待が込められていた。




