第十七話 英雄動揺
ミライ、レン、アオイの三人は、ヌルより伝えられていた集合場所へ向かう。
東京都は『世界終末』以前は23区だったが、今では全七区まで縮小していた。
シャドウたちに破壊し尽くされ、唯一辛うじて復興が可能だったのが、この小さくなった東京だからだ。
現在、東京は円の形になっていて、30メートルを超える巨大な壁に囲われていた。
ミライたちが今暮らしている『シャド=ルナ修道院』は、その円の中心に当たる第一区にある。
その第一区を囲うように、二から七までの六つの区がある。
そしてミライたちの向かっている集合場所というのが、第二区と第七区の境界線にある西門だ。
なので、ここからはそれなりに距離があり、徒歩での移動は少々大変だった。
「痛ってぇ……」
ズキズキと痛む鼻を押さえながら、レンは歩いていた。
ミライの開けたドアとぶつかったこの痛みは、しばらく引きそうにない。
けれど、直後に聞こえた言葉によって、その痛みはキレイに吹っ飛ぶ。
「―――アオイちゃんのスカートぉ。みじかいよねぇ」
「………」
瞬間、レンは目と口を開ける。
レンが間抜け面になってしまうのは当然だ。
だってミライが、レンの最も言うのを恐れたことを平然と言ってみせたのだから。
頬を赤らめて、アオイは恥ずかしそうにスカートの裾をつまんだ。
「そ、そうですよね、やっぱり短いと思いますよね……。今も歩幅に気をつけて歩いていました。元々のデザインがこれだったので、仕方ないと諦めていましたが……。お願いして、もう少し長くしていただいた方がいいですよね?」
「―――えぇ。ながくしないでよぉ。ぼくアオイちゃんのキレイなあしぃ。ずっとみてたいなぁ」
「へっ……?」
今度は、アオイまで目と口をポカンと開ける。
「わ、ワタシの脚を、ですか?」
「うん。アオイちゃんのあしぃ。ほそくてぇ。ながくてぇ。―――スゴくキレぇ。だからさぁ。スカートでかくれちゃうなんてイヤだよぉ。アオイちゃんのあしぃ。ぼくだいすきぃ」
だいすきぃ、とのほほんとした声が脳内に反芻して、ミライの緩んだ笑顔を見て、アオイの胸がズキュンと何かに射抜かれた。
その衝撃に、思わず体を弾ませてしまう。
「そ、そんな!? ミライくんは、ワタシではなく、ワタシの脚をお慕いしているというのに……。それなのに、こんなにも嬉しいと思ってしまうなんて……!」
アオイは真っ赤に染める頬に両手を当てると、
「―――なんてハレンチなんですか、ワタシっ!?」
華奢な体を、横へブンブンと振った。
ハレンチ、と自分を罵倒しておきながら、その表情からは喜びが隠し切れていない。
すでに、その顔はとろけ切ってしまっている。
頬に当てているその手は、これ以上、とろけないようにするための対抗策。
だが、それはあまり意味がなく、より嬉しそうに見えるだけだった。
乙女の暴走を見てミライは、「ハレンチってなんだろぉ?」と疑問を口にする。
しかし、あることを思いついて、その疑問は忘れ去られる。
ねぇ、とミライは振り向いた。
「レンもさぁ。アオイちゃんのスカートぉ。みじかいままのほうがいいよねぇ?」
「―――え?」
予想外の問いに狼狽えていると、そんなレンにさらなる追い打ちがかかる。
「レンさんは、どちらの方がいいですか……?」
どう思うのか気になったアオイが、おずおずとそう言った。
聞かれたのであれば仕方がない。
ここまで来たら、レンは洗いざらい吐こうと決心する。
(今のままがいいって言った方がいいんだ。それがオレの偽らざる本音だし、何より正直に言えば、ミライみたいに気持ち悪く思われねぇはずだ! ……たぶん! ちょっと、いやメッチャ怖いけど! ―――それでも言うんだ、オレっ!)
「お、オレは……」
「オレはぁ?」
「オレは?」
「オレは……!」
「オレはぁ?」
「オレは?」
「オレは!」
「―――アオイのパンティーが見えるくらいみじけー方が、最高だぜっ★」
レンが言おうとしたことと全く異なる内容を言ったのは、
「エルザさん!」
「エルザちゃんだぁ」
隊服に身を包んだ金髪の少女、空宮エルザだった。
レンの背後に立つエルザに、ミライとアオイが名を呼ぶと、
「やっほーっ★ みんなのエルちゃんだよっ★」
エルザは、ウィンクに加えてピースまでした。
だから振り返って、レンはエルザを怒鳴りつける。
「テメェ、オレがそんなこと言うわけねぇだろ!? オレを『最低のクズ野郎』に仕立て上げたいのかよ!? そういう魂胆なのかよ!?」
「んっ? エルちゃんはただ、レンっちの心の声を代弁しただけだよっ★」
「違うに決まってんだろーが! テメェがしたのは代弁じゃなくて、オレの人生破滅させる爆弾の投下だ! っざけんな!!」
レンがさらに怒りの炎を燃え上がらせると、エルザは「ニャハハッ★」と笑う。
怯んだりする様子は、これっぽっちもない。
それに腹が立ったレンはガルルッと牙を鳴らすと、アオイはホッと胸を撫で下ろす。
「そうでしたか……安心しました。そうですよね? レンさんは真面目なお方ですから、そんなこと言うわけがありません。半信半疑だったので、嘘だとわかってよかったです」
「半分、本当だって思ってたのかよ……」
安堵から微笑むアオイによって、レンの怒りの炎は鎮火された。
自分はそういう風に思われていたのだとショックを受けて、ガックリと肩を落とす。
そうしてヘコむレンを励ますように、エルザが肩をポンポンと叩く。
「まーまー、レンっちっ★ 元気出しなよっ★」
ロクでもない予感がしたが、レンは項垂れていた頭を上げる。
「元気出すって、どうやってだよ。ってか、元はと言えばテメェが―――」
「レンっちの大好きなコレ、見せたげるよっ★ ほらっ★」
バサッ、とエルザは勢いよく自らのスカートをめくり上げる。
反射的にレンは、顔を逸らして目を瞑った。
「ば、バカ! お前、何して――――――え?」
しかし、それは間に合わなくて、レンは目を丸くする。
予想していたものとは違ったものが見えたから。
エルザがスカートをめくった先にあったのは、下着ではなかった。
スカートとスパッツが一体化し、激しい運動をしても下着を見せないようにする衣服の名は、
「―――スコート……?」
「キャッ★ レンっちがエルちゃんのスカートの中、ガン見してるっ★ もー、男の子なんだからーっ★ レンっちのレッチっ★」
言って、エルザがスカート部分をパタパタと揺らす。
小バカにするような目で、猫のような口の形をして。
レンがまじまじと見ていたのは、エルザの絶対領域―――黒のニーハイソックスの上に太ももの肉が乗っかった、少しムチッとした健康的な太ももに釘付けになったから……ではない。
ただ、あまりにショックが大きかったからだ。
エルザはそれをわかりながら、レンをからかっていた。
すると、エルザの生み出す風に惹かれて、ミライはエルザの前にしゃがむ。
「すずしぃ。エルザちゃん。もっとカゼちょうだぁい」
「うん、いーよっ★」
ミライの要望を受けて、エルザは先ほどよりも大きく強くスカートを揺らす。
少年に向かって、少女が自らのスカートを使って風を送る、という異様な光景が出来上がった。
それを見て、アオイは悲しそうな、羨ましそうな顔をする。
(ワタシも、ミライくんに風を……。でも、ミライくんと二人きりじゃありませんし、それにお二人のいるこの状態では―――って! な、何を考えているんですか、ワタシは!? まるで二人っきりだったら、あんなことができるみたいじゃないですか!? み、ミライくんにそんなハレンチなこと……できません!)
そして恥ずかしさのあまり、また赤面した。
一方でレンは徐々にショックから立ち直りつつあり、エルザのあの顔を思い出して怒りが再燃しようとしていた。
(空宮のヤツ、散々オレのことバカにしやがって……! なんだよ『レッチ』って、『レンのエッチ』の略のことかよ……っ!?)
レンは、今も風を送るエルザを睨み上げるが……途中でやめた。
つり上がっていた目尻が下がって、穏やかな眼差しに変貌する。
(でも、空宮に教えてもらうキッカケがなきゃ、オレはいつまでもスカートだって思い込んだままだったよな? スゴく助かったぜ。だってスコートってことは―――朽葉のパンツ、誰にも見られないで済むってことだもんな?)
「ありがとな空宮……お前は、英雄だ」
「―――えっ? にゃ、ニャハハハッ★ その通り、エルちゃんは英雄なのですっ★
でもエルちゃん、レンっちのことからかってたのに、どーしてお礼言われてるのっ?」
悟りを開いたような穏やかなレンの微笑に、エルザは小首を傾げる。
そして、初めての動揺をここで見せた。




