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幻想終末の欠落者  作者: あした
【第二章】初訓練
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第十六話 予言と鼻血

 日本幻影滅殺部隊『天影軍てんえいぐん』。


 人類を滅亡の危機に追いやった『世界終末アポカリプス』後に、イリス教が母体となって発足された、今現在、壊滅した政府の代わりとして日本を統治している軍事組織である。


 主な拠点は、東京本部と京都副本部の二つ。


 ミライたちは東京に住んでいるため、東京本部の幻滅師エクソシストになろうと『天影軍てんえいぐん』入隊試験を受けた。


 そしてミライは『鬼晶器きしょうき』、レンたちは『魔晶器ましょうき』を手に入れ、入隊試験に合格した―――はずだった。


 実は最終試験が残っていて、それを突破しなければ幻滅師エクソシストになれなかった。


 試験を突破した440名の候補生は、『シャド=ルナ修道院』に住むことになっていたのだ。



「レンさんは、どうしてあの時、ワタシを助けてくれなかったんですか? どうしてあの時、苦しむワタシをただ見ているだけだったんですか? どうして―――ヨワインデスカ?」


 感情の消えた顔で、無機質な声で、光を映さない虚ろな瞳で、目の前のアオイが言った。


「……またこれかよ」


 レンは呆れたように頭を掻いて、「やめろ、ウツロ」とアオイの正体を暴く。


「―――アハッ」


 絶対にアオイがしないだろう笑い方で笑うと、いつの間にかアオイが消えていて―――宙に浮くウツロが目の前にいた。


 ここは、レンの潜在意識の中。


 その中でなら、ウツロは姿形を変えることだって容易にできる。


 翼をはためかせて、鋭く尖った牙を覗かせて、ウツロは大変ご機嫌そうだ。


 が、当然レンは真反対で少しだけ不機嫌になっていた。


「さすがにもー効果はないかー。ホント、人間って適応が得意なんだね」


「当たりめぇだ。一週間も似たような悪夢見させられたら、嫌でも慣れるっての。……無駄だ、ウツロ。もうテメェには乗っ取られねぇよ、絶対な」


 ハッ、とウツロは鼻で笑う。


「人間如きが、絶対を語んないでよ。……絶対なんてモノはないんだ、それこそ絶対に」


「ウツロ……?」


 その言葉は、まるで自分自身を戒めているようだった。


 それに、レンは疑問に思った。


「とにかく、絶対を語っていーのは悪魔《僕》だけだ。それに、僕にはわかるよ? 断言する。レン―――君は、自ら僕に体を渡す時が来る」


 絶対に、と挑発するような笑みで、ウツロは予言する。


 どういうことだ、と問う前に、現実でのレンが目を覚まそうとしていた。



「あれ、どういう意味なんだろ……」


 ベッドの上で仰向けに寝ていたレンが、本日初めて現実世界で言葉を発した。


 掛け布団はズレていて、枕には頭が乗っかっていない。


 レンは寝相が悪かった。


 いや、正しくはウツロによる悪夢のせいでこうなってしまっただけで、契約以前は普通に寝相はよかったのだ。


 考えても仕方ねぇか、とベッドから起き上がって、レンは体を軽く動かして調子を確かめる。


「よし、大丈夫だ……」


 小さく笑みを浮かべる。


 実はこの一週間、レンはずっと寝込んでいたのだ。


 包帯を巻いてくれたシスターに、


『絶対、安静、いいわね!?』


 と半ば脅迫されて、レンはその圧に屈して言うことを聞くしかなかった。


(何されるか、わかったもんじゃねぇ……)


 そう苦笑いして、顔を洗ったり歯磨きしたりする。


『シャド=ルナ修道院』の部屋の中には、テレビ、冷蔵庫、風呂、キッチンなど、生活に必要な全ての物は完備されている。


 自宅から持参の物を持ってはいけない、というルールはなかった。


 レンの部屋では、木剣、ダンベル、腹筋ローラーなどの筋トレガチ勢の道具が床にばらまかれていて、自己研鑽を惜しまなかった。


 全て、幻滅師エクソシストになるためだ。


 身支度を整え終えた、夢見る努力家の少年はクローゼットを開く。


 そこから一着手に取って、レンは着替えた。


「意外と様になってんじゃね?」


 隊服に身を包んだレンは、姿見の前に立ってそんな感想を零す。


 レンは凛々しい精悍な顔立ちで、身長も同年代に比べたら少し高く、イケメンに分類される男だ。


 軍服のような漆黒の隊服は、赤のラインが入っていて、背中にはイリス教のシンボルである十字架の意匠が施されていた。


 それらが自身の魅力を底上げし、自分を幻滅師エクソシストだと―――錯覚させる。


「ここに徽章エンブレムがあれば、完全に幻滅師エクソシストなんだけどな……」


 左側の胸ポケットに触れて、レンは呟く。


 当然だが、今のレンは候補生だ。


 そのため、そこには幻滅師エクソシストであれば本来あるはずの徽章エンブレムはなかった。


 それを見て、より一層早く幻滅師エクソシストになりたいという気持ちが強くなる。


 ―――シャドウを、残らず全て滅したいという気持ちも。


 力強い瞳で、鏡に映る自分と目を合わせて好戦的な笑みを浮かべる。


「一週間、何もできなかったストレス―――今日で、一気に発散してやるぜ!」


 そう。


 今日は、ヌルによる試験から一週間が経った4月1日。


 訓練が始まる当日だった。


 気合を入れたレンは、しかし「でも、その前に……」と何かを試そうとしていた。


 壁に立てかけてある、鞘に剣身を収めている黒剣を持って腰に差した。


 この鞘は、入隊試験後に支給されたものだ。


 それによって、剣身が剥き出しだった黒剣の威厳が一段と増した。


 そして魔力を込めずに抜剣すると、


「―――ハッ! ヤァッ! セーイッ!」


 鏡の前で、レンは黒剣を振るった。


 その素振りは、中々様になっている。


 それは、シャドウを滅ぼすために6歳の頃から、毎日欠かさず木剣で500回素振りしていたからだ。


 素振りのフォームがキレイで慣れているのは、その努力の賜物によるもの。


 おかげさまで無骨も無骨、手の平はマメだらけ。


 顔はイケメンでも手がゴツすぎるから、女子ウケはあまりよろしくない。


 でも、レンは多くの女にモテるよりも、決まった一人の女に好きになってもらいため、さほど気にしていなかった。


 だが、敵もいないのに、なぜそうするのか。


 その理由は、実に単純だった。


 隊服を身に纏い、『魔晶器ましょうき』を振るっている自分の姿を見たいからだ。


『……レン。君は一体、何をしてるんだい?』


 その時、レンの頭の中に呆れた声が響く。


 思わず、「うわぁ!」と情けない声を上げる。


「う、ウツロ……! いきなり喋りかけてくんなよ!」


『だって気になったからさ。で、どーしてそんな嬉しそーに、僕で素振りしてたんだい?』


「別に……お前に関係ねぇだろ」


『―――ま、レンも男の子だからしょーがないよねー。幻滅師エクソシスト気分、味わいたかったんだよねー?』


 ギクッ、とレンの体が硬直する。


「ど、どうして知って……」


『当ったり前じゃーん。僕と君は契約してるんだ。……隠してることだって、なんだってお見通しだよ?』


「―――じゃあ、わざわざ聞くなよ!」


 本日初めての怒鳴り声を発して、レンは黒剣を鞘に収めてズカズカと玄関へ向かう。


 アハハッ、とウツロは笑って脳内会話が終了した。


 不機嫌そうに、レンは玄関で黒ブーツを履く。


 トン、トン、とつま先を床に叩いて、レンはガチャリと玄関のドアを開ける。


 廊下に出たその時、二つ先の部屋にいる人物も部屋を出てきた。


 二人の視線が重なって、「あっ」と同時に声が漏れた。


 レンは硬直していると、先にその人物が挨拶をする。


「おはようございます、レンさん」


「お、おはよう、朽葉くちは……!」


 背中に黒槍を背負ったアオイが丁寧にお辞儀して、レンは軽く手を挙げて戸惑いがちに返す。


 背が高く、幅を取る武器を装備した状態でも出られるよう、ドアも部屋も全体的に大きなデザインだった。


 だから、アオイは槍が天井に引っかかることなく、部屋を出ることができたのだ。


 そうして、レンとアオイは笑い合うのだが、レンは吸い込まれるように視線が下がっていく。


 アオイの顔を見なければならないのに、抗うことができず、ある場所で固定されて

しまった。


 アオイはもちろん、レンと同じく隊服を着て、黒ブーツを履いている。


 全体的なデザインは大体同じなのだが、下はスカートだった。


 しかし、それが問題だった。


 スカートは短く、黒のニーハイソックスを履き、至高の領域が作り出されていたのだ。


 そう。


 スカートとニーハイソックスの間のみに顕現される、


(―――ぜ、絶対領域……!)


 という名の領域だ。


 それにレンは、釘付けになっていた。


 アオイの脚はスラリと長く、形が良く、そして細い。


 だからニーハイソックスには、痩せたアオイの太ももの肉は乗らなかった。


 ただただ素晴らしい脚線美で、それは思春期少年のレンの目に毒だった。


 鼻血が吹き出そうなほどの、強力な毒だ。


(クソッ、誰だよこれデザインしたヤツ……! 朽葉くちはの絶対領域が、他の野郎どもに見られちまうだろーが……! せめて、ニーハイを普通の靴下にして……それはそれであんま変わんない気がする! だったらスカートを長くしてもらって……。でも、もしオレがそんなこと朽葉くちはに言ったら……)


朽葉くちは、スカート短すぎるから長くしてくれる?』


『え? レンさん、今までワタシをそういう目で見ていたんですか? ―――気持ち悪いです』


(ダメだ、言えねぇ……!)


 バッ、と顔を逸らすレン。


 シミュレーションしてみると、最悪の結果が出た。


 女の子からの『気持ち悪い』は、お年頃の男の子からすれば、トラウマになりうるほどの大ダメージを与える言葉の刃。


 そして相手に好意を持っていればいるほど、心臓を刺されるくらい殺傷力のあるものにだって変わりうる。


 しかし、どちらであっても深手を負うことに違いはない。


 だから、たとえアオイにスカートを長くしてほしくても、レンは絶対に言えないのである。


 ……アオイの『気持ち悪い』は、レンの死を意味するのだから。


 というか、今の想像だけでも、レンのメンタルは結構やられていた。


 まあ、おそらくアオイは心優しいから『気持ち悪いです』とは口にしないが、ドン引きされて好感度はダダ下がりで、距離を置かれるようにはなるだろう。


 脳内で『気持ち悪いです』というアオイの蔑んだ顔と声が反芻する中、アオイはキョトンとした顔でレンを見つめていた。


「……? レンさん、どうかしましたか?」


「な、なんでもねぇよ! さ、さっさと行こうぜ!」


(他の女子だってあの格好だし、あれが普通なんだ。うん、普通だ。朽葉くちはがエロい目で見られるなんて、オレの考えすぎだ)


 本当はアオイに嫌われることを恐れているが、そう正当化して誤魔化すように笑いながらレンはアオイの元へ向かう。


 その時だった。


「―――ほわぁ」


「ガハッ……!」


 欠伸をしながらドアを開けた人物によって、レンの顔面がドアに強打した。


 それをしたのは、レンとアオイの間の部屋の住人で、男物の隊服の中にパーカーを着込んだ少年だ。


 その少年は眠い目を擦ると、アオイを見つけてとろけるような笑顔を浮かべる。


「わぁ。アオイちゃんだぁ。おはよぉ」


「お、おはようございます、ミライくん……」


 いつもよりも、のほほんとしたミライの挨拶に、反射的にアオイはうっとりしてしまう。


 アオイを見たまま、ミライはドアを閉めた。


「レンはどこぉ? おねぼうさぁん?」


「……はっ! え、えーっと、レンさんなら……」


「―――ここにいるぜ……」


 アオイが答えようとすると、怒気の篭った声がした。


 馴染み深いその声に、ミライは振り返る。


 そこには鼻血をツーッと垂らし、青筋を立てて笑うレンがいた。


 その笑みは、まさしく鬼のような形相で、涙目になって鼻が赤くなっている。


「いたんだぁ。おはよぉ。レン。はなぢブぅしてるけどぉ。どうしたのぉ?」


「―――テメェのせいだろーがっ!!」


 本日初めて、レンはツッコミを炸裂したのだった。


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