第十五話 幻双力
「な、な、何じゃありませんよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
耳を塞ぐほどの、初めてのヌルの絶叫が大聖堂内に響き渡る。
バシッ、とヌルはミライが持っている白刀を指差した。
「なんで君は―――平然と、『鬼晶器』を持っているんですか!?」
「これのことぉ?」
ミライが白刀を見せると、ヌルはやはり怒り口調で「そうですよ!」と叫んだ。
(『鬼晶器』……!?)
ミライの『鬼晶器』を見て、アオイが目を見開く。
「その……『キショウキ』って何なんだよ。『魔晶器』とは違うのか?」
「それだけじゃありませんよ……封印されているモノから力まで、何から何まで異なります」
レンの問いを受けて、ヌルは真剣な眼差しで語る。
「皆さんもご存じでしょうが、『天影軍』には『東京本部』と『京都副本部』の二拠点あります。拠点を二つ持っているのは、どちらかが壊滅されても軍の機能を維持するため……というのも当然ですが、もう一つ理由があります。―――魔力と鬼力です」
「魔力は知ってるけど……鬼力?」
「なんだそれ?」
鬼力、という初めて聞く単語に、契約者は眉を寄せる。
「この日本には魔力と鬼力、異なる二つの力が存在し、どちらの力を持っているか調べ、その結果で居住地が振り分けられています。そうしたのは、なぜか。それは異なる力を持つ者が、適性のない異なる武器を持ってしまった時のことです。―――体が、爆発したんですよ」
ヒッ、と悲鳴が上がる。
この発言は、契約者の顔を青褪めさせるのに十分だった。
「そうしたことがキッカケで、魔力と鬼力、それぞれの拠点を作ったわけです。……君たちは東京、つまり魔力を宿しています。だから魔力を宿す者にしか扱えない『魔晶器』に触れても、最悪、悪魔に取り憑かれるだけで済みました。……ですが、鬼力を宿す者にしか扱えない、忌々しい鬼が封印されている『鬼晶器』に君たちが触れてしまえば―――肉体が爆ぜ、肉塊をそこら中にばらまくことでしょう」
「………」
その時、レンから全てが抜け落ちる。
つい先ほどの、ミライとのやり取りを思い出したからだ。
『いいじゃん。べつにぃ。いっしょにぬいてみようよぉ』
『……オレはもう契約してんだ。重複契約したらどうなるかわかんねぇし、そもそもコレはお前の大事な相棒だ。―――一緒じゃなくて、お前一人で抜けよ』
一緒に『鬼晶器』を抜こう、とミライに誘われた時のことだった。
結果的にレンは断ったわけだが……もし、断らず一緒に抜いていれば、
(―――断んなかったらオレ……今頃、ただの肉塊になってたんだ)
白目を剥いた死んだような顔で、レンはそう思った。
「なのに君は、どうして『鬼晶器』に平然と触れることができているんですか!? 僕は見てました……君が、佐伯レンさんの『魔晶器』での攻撃を素手で受け止めるところを……!」
それはレンがウツロに取り憑かれている時、アオイへ振り下ろした『魔晶器』の剣撃を、ミライが防いだ時のことだ。
つまり、この状況はあることを明確に示していた。
「それは、君が魔力を宿していることを示しているはず! だが君は……京都の人間にしかない、鬼力をも宿している! 『鬼晶器』に封印されている鬼と契約できているのだから! ……君は一体、何なんだ、何者なんだ。まさか―――」
「その答えは簡単です。あの少年―――星無ミライさんが、幻双力を宿しているからです」
取り乱し叫ぶヌルとは正反対の、静謐に満ちた声が喧騒を切り裂くように響き渡る。
―――時が止まったような、沈黙が訪れる。
コツ、コツ、と杖をついて歩き、ヌルの隣に立ったのは、試験をずっと見守っていた老人だ。
「―――ウルグ、様……」
ヌルが冷静さを取り戻したかのようにその老人の名を呟くと―――一斉に契約者は、その場で跪いた。
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
顔も体も、緊張と戸惑いで強張った。
「おじいちゃん。だれぇ?」
「バカ! 何失礼なこと言ってんだ、お前!? いいから跪け!」
「どんな罰が下されるかわかりません……! レンさんの言う通りにしてください、ミライくん!」
レンは咎めるような目で、アオイは不安そうな目で、ミライを見上げて呟く。
「その通り! お友達の言う通りです、さっさと跪きなさい君たち!」
すると、ヌルが追撃した。
ヌルが『君たち』と言ったのは、ミライだけではなく、もう一人堂々と立っている―――エルザのことだった。
エルザはジッと、ウルグの老いて垂れた眼差しを視ていた。
「『月ノ女神イリス』様を信仰し、『世界終末』前から世界最大規模の信者を抱え、さらには2000年以上の歴史を持つ、我らイリス教の大司教の一人! それが―――ウルグ様です!」
大げさな身振り手振りで、ヌルは勝手にウルグを紹介する。
「そして君たちが入隊したい『天影軍』は知っての通り、我らイリス教が母体となっています! つまりウルグ様は、必然的に『天影軍』の頂点に君臨なされるお方! 実際に『天影軍』の上層部や、最強の幻滅師である『暗月』よりも、誰よりも偉くて素晴らしい人なんです! そんな人に跪くのは当然です。それなのに、君たちは……!」
ウルグがどれだけスゴいか熱弁するヌルだが、言っている内容は間違っていない。
ウルグが日本で一番偉いのは確かだ。
ここ、東京に住んでいる者は全員イリス教徒。
だからこそ、ウルグの名前を聞いた途端に跪いたのだ。
ご尊顔を拝むのは、生まれて初めてだったが……。
それでも大司教に相応しい雰囲気を纏っていて、今それに見合った行動を取る。
「まあまあ、よいではありませんか。お二人をお許しなさい」
「ウルグ様……」
「皆さんも、面を上げて楽になさってください。今の私は大司教としてではなく、ただの見物人として来ているのですから」
ヌルを優しく諭して、跪く契約者にそう促す。
その穏やかな声は、体の中にスーッと入っていき、契約者は自然な動作で立ち上がることができた。
ヒヤヒヤとした緊張感も、全身の筋肉の強張りもなくなっていた。
大司教という地位に驕り高ぶることなく、微笑んでミライとエルザの不敬な態度を、跪くべきなのに楽な姿勢を取ることを許したウルグを―――器の大きな人間だと契約者は思った。
「……それでですが、ウルグ様。その、大変無礼極まりないことは承知の上ですが、あのクソガキ―――コホン、少年が幻双力を宿していることは本当なんですか?」
「ええ、ハテナさんがそう仰っていました」
「……そう、ですか。なら、間違いありませんね……」
ミライを横目に見ると、ヌルは酷く悲しげに自嘲気味に微笑む。
(あの少年は、『本物』ということですか……。星無ミライ―――その名前、しかと、この頭に刻みましたよ……!)
先ほどまでの微笑みが嘘のように消え、ヌルは聖職者とは思えない歪んだ顔で自分の親指を噛んだ。
そこからツーッと血が出てくる。
ヌルの心が黒くなっていることに気づかず、レンはズケズケと質問した。
「その、幻双力って一体、何なんだよ」
親指の血を祭服で拭い、振り返ったヌルは、元の穏やかな笑みで答える。
「そのままの意味です。魔力と鬼力の両方の性質を併せ持った力―――それを、幻双力と言います。ですが、その力は理論上存在するというだけで実際には存在していません。先ほど言ったように、ここ日本にいる人たちは、魔力と鬼力……どれか一つの力しか宿していませんから」
「ってことは、つまり―――!」
「はい……佐伯レンさん。君のご友人である星無ミライさんは―――この地球上で唯一、幻双力を宿しているということになります」
瞬間、大聖堂内がどよめき立つ。
幻双力とは本来、机上の空論でしか存在しえない幻想そのもの。
しかし、それを現実にしてしまったのだ。
―――星無ミライという、たったの一人の少年が。
隣でポカンと聞いていたミライの横顔を、レンは驚愕に見つめた。
(ミライに……そんな力が!?)
「へぇ。ゲンソウリョクかぁ。ぼくにそんなチカラがあるんだねぇ。よくわかんないけどぉ」
「この世で唯一無二の力を持っているなんて……さすがです、ミライくん!」
そうミライの隣で、アオイは目を輝かせて褒め称えた。
そしてこの時、この中の誰もが星無ミライという少年を、『普通』ではない『特別』な人間であると理解した。
◆
「―――では、再開しましょう」
ヌルの一声。
それにより契約者の身が引き締まり、一斉にヌルに視線が集まった。
「これにて、入隊試験を終わりにします。―――440名の合格者の皆さん、改めておめでとうございます」
瞬間、契約者もとい―――合格者たちの、喜びの声が一斉に上がった。
「これでワタシたち、晴れて幻滅師ですね!」
「あぁ……やっとこの手でアイツらを―――」
(―――殺せる……ッ!!)
笑顔を向けるアオイに、密かにレンは復讐の炎をその瞳に燃え上がらせていた。
黒剣を、強く握りしめて。
「―――あのー、皆さん。何か勘違いしてませんか? 皆さんはまだ―――幻滅師ではありませんよ」
不敵な笑みで、ヌルは告げる。
顔に冷水をかけられたように、レンの復讐の熱が急激に冷めた。
それは他の合格者も同様だ。
呆気に取られたような顔をして、喜びを分かち合う友からヌルに視線を移した。
「今、皆さんが合格したのは、入隊試験の一つ目です。僕は何も、入隊試験そのものの合格は言い渡していません。幻滅師になるには、三ヶ月後の最終試験を突破してからです。そのためには一週間後、皆さんには候補生として、その試験の突破を目指して訓練を始めていただきます」
ヌルが潔い爽やかな笑みで告げると、
「「「最終試験なんてあるのかよ~~~~~~~~っ!?」」」
「「「三ヶ月で一人前になれるの~~~~~~~~っ!?」」」
男女に分かれて、契約者もとい合格者もとい―――候補生たちの叫び声が響き渡る。
「あははぁ。たのしみだなぁ。さいしゅうしけぇん」
「だね、ニャハハッ★」
「ま、そんなこったろうと思ってたけどな……」
「はぁ……ワタシの心と体、持つのでしょうか……?」
元気の有り余るミライとエルザに対して、レンとアオイにドッと疲労感が押し寄せた。
こうして、契約者は候補生となり、幻滅師になるための訓練の日々が始まろうとしていた。
そして。
―――世界を救う『救世主』と、世界を消滅させる『破壊者』が、この『セカイ』に降誕したのだった。




