第十三話 殺人
ミライ、エルザ、レン、アオイの四人の契約者は、背中を預け合って武器を構えた。
―――目と口から出血し、自我を失い暴走する憑依者たちを救うために。
(……オレも、あんな風だったのか。そして、朽葉はそんなオレを……)
瀕死の憑依者の少年を前にして、レンの胸にチクリと痛みが走る。
レンは目の前の少年のように、潜在意識下で悪魔に見せられたトラウマに負け……悪魔に体を乗っ取られ、憑依者となったことがあった。
レンが胸を痛めた理由は、そんな姿をアオイに見せてしまったことを今、理解したからだ。
……だって、初対面の人間がこんな姿になっても、悲しくて、苦しくて、辛い気持ちになるのだから。
しかし、アオイはきっと、レンを襲っている痛みよりも何倍も大きかっただろう。
アオイは友達のこの姿を目にして、必死に悪魔から友達の自我を取り戻そうと戦ったから。
アオイを肉体的にも精神的にも傷つけ、多大な迷惑をかけたことへの罪悪に、レンの胸の痛みがまた一段と深くなった。
(目の前のコイツも、決して好きで暴れてるわけじゃねぇ。……オレもそうだ。オレも朽葉を傷つけたかったわけじゃねぇ。悪魔に意志ごと体を乗っ取られて、あんなことをしちまった。オレみたいになってほしくねぇ……! コイツに、誰かを傷つけさせたくねぇ……! だから―――!)
「―――絶対に、止めてやるッ!」
叫び、レンは駆け出す。
眼前の憑依者の少年も呼応するように咆哮を上げ、突進してきた。
衝突する刹那、レンは黒剣を、憑依者の少年は黒斧を振り下ろした。
「クッ……!」
黒剣から伝わってきた衝撃が全身に広がり、その痛みでレンは顔をしかめる。
が、悲鳴を上げる体を制し、なんとか鍔迫り合いを維持した。
(なんつー力だ……!? オレがまださっきのダメージが残ってるからって、こんなにも強ぇのかよ、憑依者は……! 全身が痛ぇ……! でも、んなもん―――)
「―――根性で、どうにかしてやらあああああああああああああああああ!!」
「ウガッ……!?」
雄叫びを上げたレンが、黒剣を斬り上げ、黒斧を弾いた。
血の涙を流す憑依者の少年が目を見開き、ガラ空きとなったその腹に「悪ぃッ!」とレンは蹴りを入れる。
謝罪とは裏腹の、本気の腹蹴り。
手加減をしてしまえば、逆に相手に殺られることを理解しているからこそ、レンは一切の容赦なく蹴ることができた。
同時にそれは、レンが己の力量を把握しているということでもある。
相手の体を気遣って手加減するほどの力と余裕が、己には無いということを知っていた。
それでも謝罪を口にしたのは、レンなりの、せめてもの優しさからだ。
5メートルほど宙を舞った憑依者の少年は、黒斧を手放さず、背中から床に着地する。
(どうだ、やったか……!)
乱れた呼吸で、仰向けに倒れる憑依者の少年を注視するレン。
これで元に戻ってほしい、その一心で見つめ続けた。
「―――ウ、ガウゥ……」
しかし、その願いは届かなかった。
憑依者の少年は黒斧を使って、フラつきながらも立ち上がる。
荒い息をしながら、ギザギザの歯を見せて笑っていた。
―――血の涙を流すその瞳に、レンは映っていない。
血に飢えたその獣は、レンをただの獲物としか見ていないのだから……。
「クソッ、これでもダメなのかよ……!」
「こっちもダメです……また起き上がってきます……! まるで、ゾンビように―――!」
「ぼくもいっしょぉ」
背後のアオイとミライから、そんな報告が聞こえた。
それを耳にして、レンは忌々しげに歯噛みする。
(コイツらを救うには、もう殺すしかねぇのか……!)
すでに構えを解いていたレンは、黒剣を握りしめることしかできない。
レンが憑依者を生かすことを諦め、殺すことでしか救う方法はないと思っていると、
「ウガアアアアアアアアアアアッ!!」
黒大剣を肩に担ぐエルザの元へ無謀にも突っ込む、大柄な男の憑依者がいた。
そしてエルザの眼前にまで近づき、その憑依者の巨漢は渾身の力を込めて黒ハンマーを振り下ろす。
「―――もー、うるさいよっ★ 黙ってくれるっ?」
黒ハンマーが直撃するより先に、エルザは八重歯を見せて笑うと―――憑依者の巨漢の分厚い腹へ蹴りを入れる。
巨漢の体が、嘘のように吹っ飛んでいき……向かいの壁に背中から激突した。
同じ腹蹴りとはいえ、憑依者を止めるために本気で蹴ったレンとは比較にならないほどの威力と飛距離だ。
「………」
「………」
黒ハンマーを手にしたまま壁にめり込んだ憑依者の巨漢を、レンとアオイは口をポカンと開けた間抜け面で見ていた。
一方、ミライも同じところを見るも、「エルザちゃんスゴぉい」と拍手する始末。
全く事の重大さを理解していないようだ。
「そ、空宮!? テメェ、何やってんだよ!?」
「殺してはいけないと、あれほど忠告したじゃないですか!?」
「ニャハハッ★ ダイジョブだって、ちゃんとぶっ殺さないように加減したからっ
★」
首だけ振り向かせて、エルザは二人の非難をグッドポーズで返す。
だからか、
「あの吹っ飛び方、加減してるように見えねぇんだけどー!?」
「あの吹っ飛び方、加減してるように見えないんですがー!?」
レンとアオイの同時ツッコミが発動した。
すると、壁にめり込んでいた憑依者の巨漢が床にうつ伏せに倒れ、ドスンと大きな振動が大聖堂全体に伝わる。
その時、黒ハンマーから手を離しており、床を砕いて突き刺さった。
「あのデカ男、元の姿に戻ってやがる……」
そう、レンが消え入りそうな声で呟く。
見れば、頭の黒角も、耳のとんがりも、牙も、黒爪も、全身のヒビも、キレイに無くなっていた。
―――あの、憑依者の巨漢は、悪魔の呪縛から解放されていた。
しかし、それが意味するのは……彼の『死』だ。
(―――もう、殺すしか……)
方法はねぇんだ―――。
(―――そして、それを……)
空宮は、やっちまった―――。
(―――空宮一人だけを人殺しにするわけにはいかねぇし……)
これ以上、罪を背負ってほしくねぇ―――。
(―――ミライも、朽葉だってそうだ……)
絶対に、手を汚してほしくねぇ―――。
(―――オレが、やらねぇと……)
オレが全部一人で、憑依者ら全員を―――。
(―――でも、そしたらオレは……)
人を殺すことに―――。
「―――どうすりゃいいんだっ!!」
憑依者を救う方法は……殺すしかない、と完全に理解した。
だが、殺すことが救う方法だとしても、レンは殺人を行う覚悟ができずにいた。
そんな葛藤に苛まれていると、
「―――!」
信じられない光景が、レンの目に飛び込んできた。




