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1-91.間に合うための刃

 午後。


 協会に、今まで聞いたことのない警報が鳴り響いた。


 短く、鋭く、緊急を告げる音。


【男性保護施設 襲撃】


【上位妖魔多数確認】


【前線チーム負傷多数】


【戦線崩壊の恐れ】


 空気が一瞬で変わった。


 受付のお姉さん達が、同時に立ち上がる。


 梓が端末を握り、

 凛が無言で装備を確認し、

 すずの笑顔が消え、

 雫が静かに言った。


「私達、行ってくるわ」


 綾芽を見る。


「待っててね」


 それだけ残して、四人は出ていった。


 ――受付が出る。


 つまり、最終ラインだ。


 端末のログを盗み見る。


 負傷者増加。


 魔力反応不安定。


 撤退経路断絶。


 嫌な予感が、はっきりした形になる。


 気づけば走っていた。


 子供の足では追いつかない。


 だから――


 格納庫。


「レイ」


 コックピットへ飛び込む。


「現場まで、最短で」


 一瞬の沈黙。


《了解。緊急救援航路を算出》


 ローター起動。


《あなたの心拍、上昇中。落ち着いてください》


「急いでるだけだ」


《焦燥と急行は別概念です》


 主任の声が頭をよぎる。


 深呼吸。


「最短、だ」


《最短経路確定。離陸します》


 浮上。


 夕空を裂く。


《到達予測:三分四十秒》


「もっと削れ」


《安全係数を下げますか?》


 一瞬だけ迷う。


「……いや。維持」


《賢明です》


 レイは静かに加速した。



 山間部。


 上空からでも分かる。


 施設の外壁は崩れ、至る所に魔力の残滓。


 倒れている魔法少女達。


 血。煙。


《複数の妖魔反応。上位種、三体》


「生存反応は?」


《負傷者多数。現在、四名、交戦中》


 視線を動かす。


 ――いた。


 すずが結界を展開し、


 凛が前線を抑え、


 中央で梓が指示を飛ばし、


 後方で雫が支援している。


 だが。


 建物の影から、上位妖魔が横合いから強襲。


 梓が弾かれる。


 続けて二体。


 雫に直撃。


 頭から血。


 動かない。


 時間が、止まる。



 その瞬間。


 ――ふ、と。


 戦場の音が、一瞬だけ鈍った。


 妖魔の唸りが止まり、


 残滓の魔力が、わずかに沈む。


 ほんの一拍。


 すぐ戻る。


 だが綾芽だけが、それを感じた。



「レイ」


 声が低くなる。


「シールド最大」


《展開》


「ブースター点火」


《出力上昇》


「突っ込む」


 一拍。


《……了解。衝突軌道確定》


「行っけぇぇッ!!間に合えぇぇぇぇッ!!!」


 魔導シールドが機体を包む。


 一直線。


 妖魔群へ。


 衝撃。


 爆音。


 土煙。


 地面を抉りながら滑走。


 静止。


 横転した機体。


 だが――


《機体損傷、軽微。戦闘続行可能》


 扉を蹴り開ける。


 飛び出す。


 雫へ駆け寄る。


「雫お姉ちゃん!」


 反応なし。


 だが――


 微かに呼吸。


 生きてる。


 凛が呟く。


「……間に合った?」


 すずが息を呑む。


「綾芽……?」


 梓が即座に整理する。


「後方妖魔、消滅確認!」


 突撃に巻き込まれた上位種が崩れていく。


 魔力崩壊。


 静寂。


 遠くから救助車両の音。


 綾芽は雫の手を握った。


 小さく、でも強く。


 レイが静かに告げる。


《救援成功率、上昇中》


 綾芽は振り向かない。


 ただ、低く言った。


「……次は、遅れない」



 夕焼け。


 横転したヘリは、まだ壊れていない。


 それはただの機体ではなく、


 ――間に合うための刃だった。



 その時。


 背中に、冷たい違和感。


 風じゃない。


 魔力でもない。


 もっと静かな、


 もっと遠い、


 “視線”。


 ゆっくり顔を上げる。


 山の奥。


 崩れた施設のさらに向こう。


 夕焼けの逆光。


 何も見えない。



「……レイ」


《はい》


「……今、何かいたか?」


《周辺反応、検出なし》



 数秒。


 煙だけが流れる。



「……いや」


 小さく首を振る。


「なんでもない」



 だが。


 視線を外す直前。


 ――確かに。


 “見られていた”気がした。



 その感覚だけが、


 夕焼けの中に静かに残った。

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