1-89.余波
協会・休憩スペース。
受付の奥にある、
誰でも使える小さなスペース。
自販機と長机だけの、
取り立てて特徴のない場所。
雫は資料を抱えたまま、
自販機の前で立ち止まった。
「……」
一瞬、迷ってからボタンを押す。
落ちてきたのは——
いちご牛乳。
紙パック。
雫はそれを見て、
小さく眉をひそめた。
「……なんでこれ」
別に好きじゃない。
普段は選ばない。
なのに、指が勝手に押していた。
ストローを刺す。
一口。
甘い。
「……甘すぎ」
ぽつりと呟く。
隣の受付カウンターでは、
受付の人が書類を整理している。
特に気に留める様子もない。
雫は壁にもたれて、
紙パックを見下ろした。
思い出す。
ふらふら歩いてきた小さな影。
紙パックを片手に、
やけに大げさな動きで。
『ぼくだってさー……魔法少女になりたいんですよぉ……』
雫は目を閉じる。
「……いちご牛乳で酔うって、なに」
小さく息を吐く。
次に浮かぶのは、
『好きな人、いないんですかー!』
「……」
額を押さえる。
「10歳よね、あの子……」
間違いなく子供。
それなのに。
協会にいると、
年齢の感覚がずれる。
大人と同じ場所にいて、
同じ空気を吸って、
同じ顔で話すから。
でも。
さっきのあれは。
完全に、子供だった。
ストローをもう一口。
甘い。
「……遊ぶって、なに」
小さく呟く。
誰も答えない。
受付の人が、ちらっとこちらを見る。
「雫さん?」
「あ、いえ」
すぐに笑って誤魔化す。
「なんでもないです」
紙パックを持ち直す。
少しだけ、指に力が入る。
逃げる直前。
振り返って、手を振って。
『また遊んでくださいねー!』
その声が、
なぜか頭から離れない。
「……困るんだけど」
でも。
嫌な感じは、しなかった。
雫は紙パックをゴミ箱に捨てる。
カラン、と軽い音。
「……ほんと、なんだったの」
そう言いながら、
足は自然と受付の前を通り過ぎた。
協会の中は、今日も変わらず静かだ。
何も起きていない。
——たぶん。
雫の胸の奥に、
小さな波紋が残ったまま。
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