1-84. 試験飛行/MHR-1
第三ラボ併設・試験区域。
白線で区切られた簡易ヘリポート。
周囲には仮設の防音壁。
風向計が、低く唸っている。
「……静かだな」
主任は腕を組み、空を見上げた。
今日は飛ばす日だ。
正確には――
飛べるかどうかを確認する日。
試験体:MHR-1
AIの愛称はレイ(R1なのでレイ)
外観は穏やか。
救援機らしい、目立たない白。
だからこそ、周囲の大人たちは緊張していた。
参加者
・第三ラボ主任(総合監視)
・協会技術班 3名
・航空関連省庁 試験官 2名
・航空査察官 1名
・管制オペレーター 1名
そして――
操縦席は空席。
「……操縦士はいないのか?」
試験官の一人が聞く。
主任は、無言で一点を指した。
管制ブース。
ガラス越し。
そこに――
端末を抱えた 10歳の少年 が座っている。
「遠隔操縦です」
「……子供が?」
「技術者です」
それ以上の説明は、しなかった。
試験開始。
「MHR-1、レイ、電源投入」
綾芽の声は落ち着いていた。
すると機体から、短い電子音。
《システム起動。待機状態に移行》
《いつでも出力可能です》
試験官が眉を動かす。
「音声インターフェース?」
「最低限の応答だけです」
綾芽は淡々と言った。
「操縦補助用です」
チェックリスト:フェーズ1
電源系統:正常
燃料圧:安定
魔力回路:遮断状態
「ローター回転開始」
ゆっくり回る。
音は――驚くほど小さい。
「……静音性は確保されているな」
査察官がメモを取る。
ホバーリング試験。
「上昇、30センチ」
機体がふわりと浮いた。
揺れない。
ぶれない。
《姿勢安定》
《誤差、許容範囲内》
「……制御は誰が?」
「機体側です」
綾芽が答える。
「操縦は“指示”だけです」
試験官の視線が鋭くなる。
50cm → 1m → 3m。
風が吹く。
機体が一瞬流れた。
次の瞬間。
自動で姿勢補正。
《外乱検知》
《補正完了》
「……今の、操作したか?」
「いいえ。機体判断です」
離陸・着陸試験。
「離陸パターンA」
ヘリは静かに前進する。
無理がない。
速すぎない。
誰かが呟く。
「……救援用だな」
綾芽は頷く。
「速く飛ぶと、事故ります」
当然のことを当然の顔で言った。
着陸。
衝撃、ほぼゼロ。
《着陸完了》
《機体状態、良好》
過負荷試験(疑似)。
主任が確認する。
「魔導エンジンは?」
「使いません」
「……使わない?」
「今日は“使わない前提”の試験なので」
それでも機体は耐えた。
想定荷重120%。
振動なし。
査察官が小さく呟く。
「設計が堅いな……」
緊急遮断試験。
「電源系、一部遮断」
一瞬、機体が沈む。
だが。
《異常検知》
《緊急着陸モード移行》
ゆっくり降下。
安全着地。
「……落ちない?」
「落ちたら救援にならないので」
即答だった。
試験終了。
静寂。
試験官が資料を閉じる。
風の音だけが残る。
そして。
「結論を述べます」
全員の視線が集まる。
「MHR-1は――」
一拍。
「一次試験、合格です。」
空気が、わずかに緩んだ。
「条件付きではありません。」
ページを指で叩く。
「速度を求めない。」
「過剰性能に走らない。」
「操縦者に負担をかけない。」
そして、はっきり言った。
「いい機体です。」
主任が小さく息を吐いた。
査察官も頷く。
「救援機として完成度が高い。
むしろ――なぜこれが試作段階なのか疑問に思う。」
試験官が続ける。
「よって、次段階試験への移行を正式承認します。」
「実用評価フェーズへ進んでください。」
誰かが呟いた。
「……通った」
綾芽は何も言わなかった。
ただ、端末の電源を落とす。
主任が横に立つ。
「どうだ?」
少しだけ間。
「……まだです。」
少年は空を見た。
「間に合っていないので。」
主任が眉を上げる。
「これでか?」
綾芽は頷く。
「本番は、救えたときなので。」
主任は、わずかに笑った。
「技術者だな。」
試験区域の向こう。
MHR-1は静かに佇んでいる。
もう誰も――
それを玩具とは思っていなかった。
だが。
この機体が本当に空を飛ぶのは、
まだ先の話である。
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