1-83.初めての「要請」/MHR-1
魔法少女協会・管制室。
普段は比較的静かなその部屋に、
珍しく緊張が走っていた。
「……現場から再要請です」
オペレーターが振り返る。
「山間部で負傷者一名」
「地上搬送は時間がかかります」
主任が腕を組む。
「既存ヘリは?」
「悪天候で待機中です」
「風が強すぎます」
窓の外では、雲が低く垂れ込めていた。
沈黙。
誰かが、小さく言う。
「……もし」
視線が、一斉に集まる。
第三ラボの方向へ。
主任は、ゆっくり息を吐いた。
「ダメだ」
即答だった。
「まだ試験すらしていない」
それでも、オペレーターは続ける。
「ですが」
一拍。
「先日の報告書では、悪天候観測装置と――」
「言うな」
主任が遮る。
数秒の沈黙。
そして、低く言った。
「……本人を呼べ」
数分後。第三ラボ。
「主任?」
呼ばれて顔を上げた綾芽の手には、
工具が握られていた。
頬に、薄く汚れ。
完全に作業中である。
「管制室に来い」
「はい!」
理由も聞かず、ついてくる。
管制室の扉が開いた瞬間、
視線が集まった。
綾芽は一歩だけ足を止める。
「……?」
空気が、少し違う。
主任が言う。
「現場から要請があった」
「要請?」
「山間部で救援案件だ」
綾芽の表情が、変わる。
ふざけた色が消える。
「天候が悪い」
「既存機は動かせない」
一拍。
「報告書に書いてあったな」
主任はまっすぐ見た。
「MHR-1なら対応可能だと?」
沈黙。
管制室の全員が、少年を見る。
綾芽は、少しだけ考えてから答えた。
「……可能性は、あります」
「断言しないんだな」
「まだ飛ばしてませんから」
当たり前のことを、当たり前に言う。
主任は頷いた。
「正解だ」
一拍。
「今回は出さない」
誰かが息を止める。
「未試験機を現場に出すのは」
静かに続ける。
「救援じゃない。賭けだ」
綾芽は、何も言わない。
ただ、聞いている。
主任は少しだけ声を落とした。
「だが」
一拍。
「要請が出たという事実は覚えておけ」
「……はい」
「君の機体が」
視線が交差する。
「選択肢に入った」
短い沈黙。
それだけで十分だった。
その夜。
第三ラボ。
綾芽は、一人でMHR-1の前に立っていた。
巨大な機体。
まだ、一度も空を知らない。
そっと外装に触れる。
冷たい金属。
小さく呟く。
「……間に合わせるから」
誰に向けた言葉かは、分からない。
工具を手に取る。
迷いはない。
数日後。協会・内部記録。
MHR-1
状態:未試験
備考:初の現場要請(未採用)
追記。
開発主任コメント:
「“まだ飛ばない”ことを選べるのは、
技術者として正しい」
さらに別筆跡。
管制所感:
「完成したら、戦術が変わる可能性あり」
第三ラボの灯りは、
その日、少しだけ長く点いていた。
空はまだ遠い。
だが。
初めて、空から呼ばれた。
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