1-72.名前、つけちゃった
数日後。
山田みこと――スノーリリーは、再び協会に来ていた。
「こんにちはー」
ドアを開けると、いた。
黒髪。
背筋がまっすぐ。
作業台の前で、何かを磨いている。
「みことお姉さん!」
満面の笑顔。
今日もニコニコ。
(この子、ほんとに油断できない)
「その後、どうでした?」
「……順調すぎて、逆に怖い」
「よかったです!」
よくない。
「ねえ」
「はい?」
「この杖……」
みことは、そっと杖を掲げる。
「名前、まだついてないよね?」
その瞬間。
綾芽の手が止まった。
「……はい」
声は普通。
でも、ほんの一瞬だけ、視線が揺れた。
「前にさ」
「名前つけるときは慎重に、って言ってたよね?」
「言いました!」
即答。
「笑ってたよね?」
「笑ってました!」
(自覚はあるんだ)
それでも、つけたくなる
杖を見る。
白くて、冷たい色。
静かな存在感。
(……でも)
(これ、もう相棒じゃない?)
みことは、少し考えてから言った。
「スノーリリー、だし」
「冷たいし」
「白いし」
綾芽、嫌な予感。
「みことお姉さん」
「はい?」
「それ」
一拍。
「たぶん戻れなくなるやつです」
「え?」
「ほんとに」
(フラグだ)
みこと、にっこり。
「大丈夫」
そして――
「じゃあ、名前」
一拍。
「……グラキエス」
――その瞬間。
何も起きない。
光もない。
音もない。
ただ。
空気が、すっと冷えた。
「……?」
みことが杖を見る。
形は、変わっていない。
……はずだった。
次の瞬間。
ぐ、っと。
先端が、重くなる。
細身だった杖の先が、ゆっくりと膨らみ――
鉄球の形を取る。
氷晶のような模様が走り、
内部で魔力が、静かに脈打つ。
派手さはない。
でも――重い。
存在感が、違う。
「…………」
「…………」
沈黙。
最初に口を開いたのは、みことだった。
「……あの」
「はい」
「これ、変わってない?」
綾芽は、鉄球を見て、少しだけ考えた。
そして、首を横に振る。
「変わってません」
「え?」
「もともと、こうなる余地がありました」
説明(でも、操作じゃない)
「この杖」
綾芽は、鉄球を指で軽く叩く。
コン、と澄んだ音。
「形を固定してないんです」
「固定してない?」
「はい」
「使う人の魔力の流れと、動き方と……」
少し考えてから、続ける。
「性格ですね」
「性格?」
「前に出るか」
「下がるか」
「守ろうとするか」
綾芽は、みことを見る。
「みことお姉さん、討伐のとき」
一拍。
「気づいたら、一歩前にいますよね」
言われて、はっとする。
確かに。
無意識だった。
「無理してじゃないです」
「守ろうとして、自然に」
沈黙。
「武器って、不思議で」
綾芽は、穏やかに言う。
「使う人に、似ていくんです」
鉄球を、そっとなぞる。
「だからこれは――」
「みことお姉さんの形です」
試す
みことは、杖を持ち直す。
……重い。
でも。
(……振れる)
違和感がない。
むしろ、安心する。
軽く振る。
ぶんっ。
空気が、鳴いた。
「ねえ」
「はい?」
「これ、近接寄りじゃない?」
「そうですね」
「どう見ても、魔王武器寄りなんだけど」
「……否定はしません」
オチ
少しの沈黙。
それから。
「……まあ、いいか」
みことは、杖を肩に担ぐ。
鉄球が、カラン、と小さく鳴った。
「守ってくれるんでしょ?」
綾芽は、ぱっと顔を上げる。
「はい!」
一瞬だけ。
あの、子供じゃない眼。
「絶対に」
そして、すぐにニコニコ。
「いい名前だと思います!」
(……もう戻れないな)
ラボを出るとき、
鉄球が、もう一度鳴った。
カラン。
――後にこの杖は、
**「スノーリリーの魔王杖(第一形態)」**と呼ばれる。
本人は、
「ちょっとゴツいだけ」と言い張った。
なお。
この時点では、まだ成長途中。
そのことを理解していたのは――
綾芽だけだった。
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