1-71.その杖は、まだ名を持たない
数日後。
山田みこと――コードネーム・スノーリリーは、現場にいた。
妖魔は、正直いつも通りだった。
出現パターンも、動きも、危険度も、想定内。
違ったのは――
自分の方だった。
「……え?」
杖を構え、魔力を流す。
いつもと同じ動作。
同じ詠唱。
同じ間合い。
なのに。
魔力が、減らない。
撃った感覚が、軽い。
反動が、来ない。
「ちょ、ちょっと待って……」
もう一撃。
さらに一撃。
妖魔は、抵抗らしい抵抗もなく霧散した。
……終わった?
周囲を見回す。
味方も無事。
被害、ゼロ。
「……何これ」
静かすぎる討伐。
拍子抜けするほど、あっさり。
杖を見る。
(……あの子)
ニコニコしていた顔が浮かぶ。
「名前つけるときは慎重に」
意味が分からなかった。
今なら分かる。
(これ、調整じゃない)
(底上げだ)
帰還後、報告を済ませると、
みことは自然と進路を変えていた。
向かう先は――綾芽のラボ。
再訪・綾芽ラボ
エレベーターを降りる。
個人ラボの前。
……いる。
今日もいる。
黒髪。
背筋まっすぐ。
ラボの前で、なぜか掃除してる。
「あ」
先に気づいたのは、向こうだった。
「みことお姉さん!」
「こんにちは!」
満面の笑顔。
無邪気。
昨日の“あの眼”は、どこにもない。
(……切り替え早すぎない?)
「その後、どうでした?」
首を傾げて、期待の眼差し。
「……あのね」
言葉を選ぶ。
ちゃんと伝えないといけない。
「妖魔、すぐ終わった」
「被害、ゼロ」
「……ちょっと、引いた」
「やっぱり!」
ぱあっと笑顔が広がる。
「よかったです!」
「思った通り、合ってました!」
(合ってた、じゃなくて……)
「ねえ」
「はい?」
「これ、普通じゃないよね?」
綾芽は少し考えて、首を傾げた。
「普通……だと思いますけど」
……だめだ。
基準が違う。
かわいい、が暴力
ラボの中。
お茶を出される。
……子供用のコップ。
うさぎ柄。
「どうぞ!」
(なにこの破壊力)
「それでですね」
「魔力の流れ、もう一回だけ確認していいですか?」
近い。
距離が近い。
手元を覗き込む仕草が、
無自覚で、致命的。
(ダメだ、これは)
「……ねえ、綾芽君」
「はい?」
「どこの学校行ってるの?」
「協会のテスト校です!」
「エスカレーター式で!」
「上まで行けます!」
(テスト校)
(エスカレーター)
(上まで)
頭の中で、何かが繋がる。
(……まだ、間に合う)
ふっと、胸の奥が熱くなる。
(私、先生になりたかったんだよね)
国語。
言葉。
誰かの背中を、そっと押す仕事。
視線の先。
真剣な顔で杖を確認している少年。
(この子、放っておけない)
帰り際
ラボを出る前。
「……あの」
「はい?」
少しだけ、声が真面目になる。
「今日は、ありがとう」
「ほんとに、助かった」
綾芽は、にこっと笑って。
「よかったです!」
一拍。
「また、来てください!」
……ずるい。
ドアの前で、振り返る。
「ねえ、綾芽君」
「はい?」
「私、もう一回来るから」
「はい!」
「その時まで――」
少しだけ、真剣に。
「待っててね」
綾芽は、きょとんとしてから、
いつもの笑顔で答えた。
「はい!」
……覚えてないな、これ。
でも、いい。
廊下を歩きながら、みことは思った。
(騙されたと思って来たのに)
(まさか、人生の方が動くとは)
その杖は、まだ名前を持たない。
でも、もう分かっている。
あの子は――
守ると言ったことを、守る。
スノーリリーは、静かに決意した。
(先生、目指そう)
(この子が来る場所に)
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