表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/72

閑話:綾芽が消えた日

 夕方だった。


 空は橙に染まり、協会の建物も柔らかく影を伸ばしている。


 受付に立つ雫は、端末を確認しながら小さく息を吐いた。


 今日も一日が終わる。


 そう思ったところで、見慣れた少年がカウンターに現れた。


「雫お姉ちゃん、お疲れ様〜」


 軽い声。


 場違いなほど穏やかで、そしてどこか芯のある声音。


「あら、綾芽君。今日は終わり?」


「はい。研究もいいところまで行ったので、キリが良かったので今日は帰ります」


「そうなんだ。気を付けて帰ってね」


「はい。雫お姉ちゃんも無理しないでね」


 ひらりと手を振って、少年は外へ出ていく。


 いつもの光景だった。


 だからこそ――雫は、その後に起きた出来事を、すぐには理解できなかった。


 


 協会の外。


 人通りはまばらで、車通りも少ない。


 そこへ、一台の黒塗りのワンボックスカーがゆっくりと近づいてきた。


 不自然なほど静かに。


 そして、綾芽の横で止まる。


 窓が開く。


「ちょっと、君」


 柔らかい声。


 女性の声だった。


「あの、すいません。駅の方へ向かいたいのだけど、どう向かえばいい?」


 綾芽は足を止めた。


「えーっと、この通りをまっすぐ行くと――」


 指を伸ばし、説明を始める。


 その時だった。


「ちょっとわかりにくいので、地図で教えてもらえるかな?」


 スライドドアが開いた。


 中から二人、女性が降りてくる。


 地図を広げる。


 自然な流れ。


 ――いや、自然すぎる。


 綾芽は一瞬だけ違和感を覚えた。


 だが。


 その一瞬は、あまりにも短かった。


「現在、この場所なので……」


 指を地図に置いた、その瞬間。


 背後。


 気配。


 


 ――来る。


 


 バチンッ


 電撃。


 身体が跳ねる。


「……っ」


 痛み。


 だが、意識は飛ばない。


 次の瞬間には、腕を取られていた。


 後ろから締め上げられる。


 前から引かれる。


 強引に、車内へ。


 もう一度、電撃。


 視界が揺れる。


 


 ――ここで落ちる。


 


 綾芽は、力を抜いた。


 完全に脱力する。


 抵抗をやめる。


 呼吸を浅く。


 視線を落とす。


 “気絶した人間”を作る。


 


「落ちたわ」


「早いな」


「ガキだしね」


 


 車内の声。


 スライドドアが閉まる。


 直後、車は急発進した。


 


 その一部始終を。


 雫は見ていた。


 


「……え?」


 理解が遅れる。


 思考が止まる。


 


 数秒。


 


「えっ……ええぇぇぇ!?」


 我に返った瞬間、雫は駆け出していた。


 外へ飛び出す。


 だが、既に車の姿はない。


 視界の先には、夕焼けだけが残っていた。


 


「ま、待って……!」


 端末を取り出す。


 通報。


 応援要請。


 震える指で操作しようとした、その時。


 


 ――通知。


 


 メールだった。


 


『雫お姉ちゃん、見てたよね?大丈夫だから心配しないで!』


 


「……は?」


 


 思考が止まる。


 続けて、映像データ。


 開く。


 


 そこには、先ほどのワンボックスカー。


 上空からの映像。


 


「……ドローン?」


 


 さらに、追撃のメール。


 


『あ、見えないと不安だと思ったので、映像も送ります。

 こちらは余裕があるので、警察とか呼んでもらって良いですか。

 場所は端末で追跡して下さい。

 適当なところで車をぶつけて停めます』


 


「いや、余裕って何!?」


 


 思わず叫ぶ。


 だが、同時に理解する。


 


 ――綾芽は、冷静だ。


 


 ならば。


 やることは一つ。


 


 通報。


 現在位置送信。


 応援要請。


 


 指の震えは、もう止まっていた。


 


 


 車内。


 


 綾芽は、目を閉じたまま意識を研ぎ澄ませていた。


 


「ターゲット確保。合流地点へ向かう」


「早めに終わらせたいわね」


 


 会話。


 人数は三。


 運転手一人。


 後部座席に二人。


 


 ――余裕。


 


 状況を整理する。


 拘束なし。


 確認甘い。


 こちらを完全に“無力な子供”と認識している。


 


 好都合。


 


 端末へ意識を向ける。


 操作。


 通常は音声。


 だが。


 


 ――できるはず。


 


 魔力。


 干渉。


 “調律”。


 


 感覚で、触れる。


 


 通る。


 


 ――いける。


 


 メール送信成功。


 ドローン起動。


 追跡。


 映像転送。


 


 さらに。


 


 車体へ意識を伸ばす。


 


 金属。


 構造。


 振動。


 


 ――掴める。


 


 完全支配。


 


 成功。


 


「……さて」


 


 心の中で呟く。


 


 サイレンが近づく。


 遠くから。


 徐々に。


 


 タイミング。


 


 曲がり角。


 人気なし。


 


 決める。


 


 操作。


 


 ハンドル固定。


 アクセル維持。


 


「何――!?」


 


 運転手の声。


 


 遅い。


 


 直進。


 


 衝突。


 


 ドカァァァン!!


 


 激突。


 エアバッグ。


 衝撃。


 


 だが。


 


 綾芽の身体は、微動だにしなかった。


 


 魔纏。


 固定。


 衝撃分散。


 


 完全無傷。


 


 車外。


 


 警察車両が急停止。


 警官が駆け寄る。


 


「確保!!」


 


 数分後。


 


 事件は終わっていた。


 


 


 その後。


 


 雫は泣いた。


 


「心配したんだから……!」


 


 綾芽は困ったように笑う。


 


「大丈夫だよ」


 


 遅れて駆けつけた母も。


 


「あんたのことだし、心配なんてしてないわよ」


 


 そう言いながら。


 目は、少しだけ潤んでいた。


 


 綾芽は小さく息を吐く。


 


「……ありがとう」


 


 


 後日。


 


 犯人は、計画的犯行だったと判明した。


 


 ターゲットは偶然。


 だが、手口は常習。


 


 もし、相手が違えば。


 


 ――間に合わなかった。


 


 


 夕焼けの帰り道。


 


 綾芽は一人、歩く。


 


 静かな声で呟いた。


 


「……やっぱり」


 


 目を細める。


 


「間に合う側でいないとね」

 

ここまで読んでいただきありがとうございます。


もし良ければ、★で応援していただけると今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ