1-57. ラボ・相談室(という名の逃げ場)
主任は、例のバールのようなものを両手で持っていた。
表情は真顔。
目は死んでいる。
「……来てくれてありがとうございます」
向かいのソファに座るのは――
私服のパープル・アイリス。
コーヒー片手に、足を組んでいる。
「で?」
「何を見せたいの?」
主任は無言で机に置いた。
ゴトン。
菖は一瞬だけ見て――
「……バール?」
「……ええ」
「……現場?」
「……いえ」
「……工具?」
「……杖です」
沈黙。
次の瞬間。
「ぶっ!!」
菖がコーヒーを噴いた。
「ちょ、ちょっと待って!!
なにこれ!?
え、これ、なに!?!?」
主任は淡々と説明する。
「お子さんが作りました。
素材段階から魔力を馴染ませて――」
「伝導率、標準の6.6倍です」
菖が立ち上がる。
「6.6倍!?
嘘でしょ!?」
「ちょ、触っていい!?」
「どうぞ……」
バールを握る。
魔力を流す。
――スッと通る。
「……」
もう一度。
「……」
三度目。
「……なにこれ!!」
思わず叫んだ。
「気持ち悪いくらい素直!!」
主任が小さく頷く。
「私も、まったく同じ感想でした……」
菖は腹を抱えて笑い出した。
「無理!!
見た目と中身が合ってなさすぎ!!」
「なにこれ、凶器兼高級杖じゃない!!」
主任が弱々しく言う。
「報告書に……
“試作第一号(バール型)”と書くしかなくて……」
「やめて!!
公式文書にバール残さないで!!」
そこで菖の指が止まる。
「あ」
主任が顔を上げる。
「気づきましたか」
「……これ」
バールを見つめる。
「私の武器と波長、ほぼ同じ」
「ええ。
流れ方が完全に“アイリス系”です」
菖の笑顔が、すっと消えた。
「……待って」
もう一度、魔力を流す。
滑らかすぎる。
抵抗がない。
調整済みどころの話ではない。
「……あの子」
ゆっくり言う。
「魔力触り始めて、三年くらいよね?」
「はい」
「なのにこれ?」
「はい」
沈黙。
そして――
「あっはははははは!!!」
結局、笑った。
「そりゃ通るわ!!
私の子だもの!!」
「波長一緒に決まってるじゃない!!」
主任は机に突っ伏した。
「納得されると余計つらいんです……」
菖は涙を拭きながら言う。
「でもこれ、危ないわよ?」
「……ですよね」
「普通ね、魔導具は“使う側が合わせる”の」
バールを軽く持ち上げる。
「これは逆」
主任が静かに続けた。
「武器が、人に寄っています」
二人、同時に黙る。
主任が小さく息を吐いた。
「……協会は、とんでもないのを拾いましたね」
菖が笑う。
「でしょう?」
そして、さらっと爆弾を落とした。
「大事に育てて。
変なこと教えないで」
主任は即答した。
「それは保証します」
一拍。
菖が続ける。
「あと受付さんに被害出さないようにして」
主任。
迷いゼロ。
「最後のはもう手遅れです」
「でしょうね!」
二人、同時に笑った。
菖はバッグを持つ。
「で? このバールどうするの?」
主任は遠い目をした。
「測定と封印と……命名会議です」
「命名は?」
「“試作第一号”で止めます」
菖は親指を立てた。
「正解。
下手な名前付けると、あの子また増やすわよ」
主任の背筋が凍る。
「……それは、本気で困ります」
その頃――
ラボの別室で、くしゃみをする黒髪の少年。
「……?」
今日もどこかで、
協会の常識が一つ、静かに更新された。
(続く)
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