1-55. ラボ・上映会(事故)
ラボ内、特設シアター。遮光カーテンは完全に閉じられ、外光は一切入らない。壁一面のスクリーンに、立体音響。リクライニングシート。――完全に趣味の産物だった。
「……よし」
綾芽は満足げに頷いた。研究の合間の数少ない息抜き。今日はしっかり休むと決めている。
「たまには、こういうのも必要だよね」
棚からディスクを取り出す。『魔法少女戦隊マジックガールズV』。前世でも好きだった戦隊もの。この世界にも当然、特撮はある。ただし――少し事情が違う。
再生。
爆発。煙。光。魔法少女が飛び、怪物が吹き飛ぶ。
「……これ、CGじゃないな」
すぐに気づく。本物だ。出演しているのは現役の魔法少女。戦闘も実戦ベース。つまり、実戦を撮影している。
「そりゃ迫力出るよね」
妙な納得。内容は王道。悪の組織、巨大化する敵、連携必殺技。テンポも良く、演出も分かりやすい。全48話。長いが、一気に見られそうだ。
「女性率高いな……」
登場人物はほぼ女性。男は子役が一人だけ。世界観的に当然だと納得しつつ、再生を進める。
第5話、第8話、第12話――。
「……ん?」
違和感。巻き戻す。再生。魔法少女が振り向く。
「……雫お姉ちゃん?」
停止。確認。再生。同じ笑顔。
「……本人だ」
確信する。さらに進める。
「梓お姉さん……凛お姉さん……すずお姉さん……」
順番に出てくる。最後に敵幹部。
「……翠お姉さんじゃん」
確定した。
「……やばいの見てるな、これ」
だが止められない。むしろ加速する。
雫の決め台詞。すずの転び。梓の爆発耐性。凛の冷静な指示。普段とのギャップが凄まじい。
「……演技、うまいな」
素直な感想が出る。だが同時に、妙な気まずさも増していく。
特に問題なのは――距離感だ。
「……近いな」
カメラ。アップ。目線。笑顔。
「……これは効く」
客観的に分析してしまう自分がいる。
さらに問題なのは――演出だ。
「語尾、跳ねてるな……」
普段より柔らかい声。わずかに甘い。意図的なものだと分かる。
「……なるほど、これが“演出”か」
納得しかけた、その時。
コンコン。
「綾芽君?」
雫の声。
「お昼ご飯はちゃんと食べてる?」
ゆっくり振り向く。スクリーンには――雫の変身シーン。
「……タイミング悪いな」
扉が開く。雫とすずが顔を出す。
「何見てるの?」
視線がスクリーンに向く。
停止。
空気が固まる。
「……あ」
すず。
「……あー……」
雫。
綾芽は明るく言った。
「『魔法少女戦隊マジックガールズV』!」
「これ面白いね!」
さらに追撃。
「一緒に見る?」
「「いえ結構です!!」」
即答。
「ご、ご飯ちゃんと食べてね!!」
脱兎のごとく逃走。
扉が閉まる。
静寂。
「……」
綾芽はスクリーンを見る。再生。
雫、変身。
「……うん」
「最後まで見よう」
むしろ集中力が上がった。
考察も進む。
「演出としての“距離”と“視線”……効果高いな」
視線誘導。声のトーン。間の取り方。戦闘と日常のギャップ。すべて計算されている。
「これ、技術的に再現できるかも」
完全に研究対象になった。
一方その頃、廊下。
「見られた……」
雫が膝から崩れる。
「終わった……」
すずが顔を覆う。
「黒歴史が現在進行形で……」
凛は冷静に言う。
「削除依頼は?」
梓が首を振る。
「権限がない」
沈黙。
雫が小さく呟く。
「……なんで今なの」
すずが続ける。
「よりによって綾芽君……」
梓がため息。
「最悪の相手ね」
凛。
「否定できない」
そして、全員同時に理解する。
「「「「今後、この話題は禁止」」」」
――協会、暗黙ルール成立。
その後。
綾芽は最後まで見終えた。
「構成、完成度高いな……」
純粋な感想だった。
翌日。
「雫お姉ちゃん、昨日の――」
「その話はやめて!!」
即座に遮られる。
「……?」
綾芽は首を傾げた。
理由は分からない。
ただ一つ分かるのは――
「いい作品だったな」
ということだけだった。
――本人だけが、最後まで平和だった。
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