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1-41.パープル・アイリス変身

 その日、綾芽はずっと考えていた。


 協会で聞いた噂でもない。

 戦歴でもない。

 もっと単純なこと。


 (……母さんって)


 (どれくらい凄かったんだろう)


 元・魔法少女。

 言葉にすれば、それだけだ。


 でも、その“だけ”の中にどれほどの重みがあるのか――まだ実感がない。


 だから、見てみたくなった。


 夕方。

 リビングには、静かな湯気と紅茶の香り。


 綾芽は、カップを傾ける母を見ながら言った。


「ねえ、母さん」


「なに?」


「母さんって……今でも変身できるの?」


 カップが止まる。

 ほんの一瞬。


「……できるけど」


 あまりにも普通の声だった。


「え」


「なに、その反応」


 もっとこう――

 出来ません、とか。

 昔の話よ、とか。


 そういう流れを想像していた。


「全盛期ほどじゃないわよ。魔力も落ちてるし、もう現役じゃないし」


 さらっと言う。


 (できるんだ……)


 胸の奥が、じわりと熱くなる。


 綾芽は少し迷ってから言った。


「一回だけでいい」


「ちゃんと、見てみたい」


 沈黙。


 母はしばらく綾芽を見つめ――小さくため息をついた。


「……後悔しても知らないわよ」


 立ち上がる。


 数歩、距離を取る。


 そして、小さく呟いた。


「――セットアップ」


 次の瞬間。


「パープル・アイリス」


 世界が、塗り替わった。


 紫の光が弾ける。

 空気が震える。

 静寂すら、色を帯びる。


 魔力が収束し、形を持ち、

 衣装が、杖が、存在として完成していく。


 そこに立っていたのは――


 もう、“母親”ではなかった。


 戦場に立つ者の姿だった。


 綾芽の呼吸が止まる。


 (……綺麗だ)


 最初に浮かんだのは、その一言だった。


 圧倒的なのに、荒々しくない。

 強大なのに、静かだ。


 ただそこに立っているだけで、空間が整う。


 (これが……)


 (母さん……?)


 胸が締め付けられる。

 理由は分からない。

 でも、涙が滲んだ。


「ちょ、ちょっと!」


 母が慌てる。


「なんで泣くのよ!?」


「だって……」


 声が震える。


「……かっこよすぎる……」


 沈黙。


 そして次の瞬間。


「拝むな!!」


「泣くな!!」


 完全に照れていた。

 耳まで赤い。


 それでも、綾芽は視線を外せない。


「ありがとう……」


「誰に言ってんのよ!」


 母は観念したように肩を落とし、杖を差し出した。


「……見るだけよ」


 手に取る。


 ずしり、とした重み。


 (これが、戦ってきた重さ)


「魔力、流してみて」


 母が軽く触れる。


 紫の光が、静かに走る。


 美しい流れだった。

 無駄がない。

 研ぎ澄まされている。


 (……すごい)


 だが同時に、綾芽は気づいてしまう。


 (思ったより……出力が抑えられてる)


 全盛期ではない。

 その意味が、分かった。


「攻撃の手前まで、できる?」


 母が集中する。


 空気が引き締まる。

 光が一段、深くなる。


 (なるほど……)


 理解した、その瞬間。


「貸して」


「え?」


 綾芽は杖に触れ、魔力を通す。


 ――光った。


 ほぼ同じ強さで。


 時間が止まる。


 母も、動かない。


「…………」


 完全な宇宙猫。


 (やばい)


「……なに、今の」


「同じくらいかなって」


「かなって、じゃないでしょ!!」


 だが、それ以上は追及しなかった。


 母は杖を受け取りながら言う。


「これを作ったの、誰だと思う?」


「主任さん?」


「正解」


 綾芽は、納得した。

 あの人なら、これを作る。


 少し迷ってから、もう一つ聞く。


「母さんってさ」


「なに」


「若すぎない?」


 母が固まる。


「……失礼ね」


「高校生に見える」


 沈黙。


 そして母は、少し遠くを見る目をした。


「変身ってね」


「全盛期の状態になるでしょう?」


「うん」


「その影響が残るのよ」


 魔力は、肉体に刻まれる。


 老化が遅れるのか。

 若さが保たれるのか。


 正確な理屈は、まだ分からない。


「普通の人より、十年くらいズレるの」


 綾芽は小さく息を吐いた。


 (魔法少女って……すごいな)


 その夜。


 布団に入っても、なかなか眠れなかった。


 紫の光が、瞼の裏に焼き付いている。


 人生で一番、胸が震えた光景。


 綾芽は静かに思う。


 (いつか)


 (あの人の隣に立てるくらい、強くなりたい)


 涙が、もう一度だけこぼれた。


 この日の変身は――


 綾芽の中で、

 「強さ」とは何かを決めた瞬間として、


 一生、消えない記憶になった。

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