1-42.時間の外にいる人
その日の夜。
母さんの変身を見たあとも、胸の奥のざわめきは消えなかった。
紫の光。
完成された姿。
あれはもう、ただ強いだけじゃない。
――存在そのものが違った。
布団に入っても眠れず、天井を見つめる。
(魔法少女って……すごいな)
ふと、思い出す。
「そういえば」
布団の中から声をかけた。
「母さん」
「なに、まだ起きてたの?」
「協会の受付にいる人、いるじゃん。よく笑う人」
「ああ」
母さんは少しだけ考えてから言った。
「……あの子、二十歳よ」
「えっ!?」
思わず上半身を起こす。
どう見ても高校生くらいにしか見えない。
「現役の魔法少女だったの。後方支援型」
「魔法少女ってね」
母さんは少しだけ声を落とした。
「十代中頃が一番魔力が強いのよ」
一拍。
「そこを過ぎると、少しずつ落ちていく」
言葉が、静かに落ちる。
「だから多くの子は、その頃に前線を離れるの」
「引退して、そのまま協会に残ったのよ」
言葉を失う。
(魔力って……そこまで影響するのか)
母さんが静かに続ける。
「変身って、“一番完成している状態”が基準になるでしょう?」
「長く魔力に触れているとね、身体のほうがその形に寄っていくのよ」
寄っていく。
つまり――
時間が、追いつかない。
普通なら少しずつ変わっていくはずのものが、
そこだけ静かに取り残される。
胸の奥が、小さく震えた。
強さとか、戦いとか、そんな話じゃない。
もっと静かなところで――
人とは違う場所に立ってしまう存在。
でも。
不思議と、怖いとは思わなかった。
むしろ。
(……いいな)
素直に、そう思った。
「あの人、すごく優しいよな」
「俺が行くと、いつもしゃがんで目線合わせてくれる」
母さんが小さく笑う。
「後方支援型はね、気配りができる人が多いの」
少し考えてから言う。
「俺が大人になっても、あの人あんまり変わってなさそう」
「……まあ、可能性は高いわね」
つまり。
年上のまま。
ずっと。
その考えが、すとんと胸に落ちた。
「……ありだな」
「なにが?」
母さんの声に、少し笑いが混じる。
俺は真顔で答えた。
「将来的に狙うの」
「は!?」
母さんが素っ頓狂な声を出した。
「なに言ってんのあんた!?」
「いや、だって」
指を折る。
「優しいし」
「可愛いし」
「強いし」
「年上だし」
母さんが額を押さえる。
「ませてるのか本気なのか分からないわね……」
「本気だけど?」
「やめなさい」
でも、その声は少しだけ笑っていた。
布団に潜り直す。
目を閉じると、紫の光が浮かぶ。
そしてもう一つ。
受付で微笑んでいた、あの人の顔。
(魔法少女って)
(強いだけじゃないんだな)
時間の流れから、ほんの少しだけ外れながら。
それでも誰かのために働いて、
誰かに優しくできる。
そんな大人に――
なれたらいい。
「……綾芽」
「なに?」
「その人、十二歳年上よ?」
俺は少しも迷わなかった。
「年上のほうが落ち着く」
即答。
母さんが深くため息をつく。
「……ほんと、誰に似たのかしら」
答えは、たぶん簡単だ。
こんなにもかっこいい人たちを見て育てば、
目くらい肥える。
その夜。
綾芽の中で、ひとつだけ決まったことがある。
――将来は、年上がいい。
理由?
決まっている。
今日見た人たちは、
みんな、とても――
かっこよかったからだ。
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