1-39.ツンデレ、壊れる
昼休み。
教室の窓から、やわらかい風が入ってくる。
俺は席に座ったまま、りおなにノートを見せていた。
「ここ、こうした方が分かりやすいよ」
「ほんとだ……すごい。綾芽、説明うまいね」
素直に感心される。
その時だった。
ガタン。
やや強めに椅子が引かれる音。
振り向かなくても分かる。
木村由衣だ。
「……ふーん」
聞こえるような、聞こえないような声。
ちらっと横を見ると、由衣は席に座るなり教科書を開いていた。
開いているだけで、ページはめくられていない。
(機嫌、悪そうだな)
まあ、いつものことか。
話を続けようとすると——
「ねえ」
由衣の声。
「それ、別に普通じゃない?」
唐突。
りおなが少し驚く。
「え?」
「そんなの、誰でも思いつくでしょ」
思いつかないから相談されたんだけどな。
りおなが困った顔で俺を見る。
フォローしようとした、その瞬間。
由衣は立ち上がると、俺のノートをひょいと持ち上げた。
じっと見る。
数秒。
そして。
「……字、きれいじゃん」
「ありがとう?」
なぜ疑問形になったのかは分からない。
ノートが机に戻される。
バン。
少しだけ強い音。
教室が一瞬静まる。
(あ、これ地雷踏んだ?)
でも理由が分からない。
りおなは空気を察し、
「じゃ、ありがとう!」と席へ戻った。
残された沈黙。
由衣は座る。
腕を組む。
そして——
「……別に」
まだ何も言っていない。
「取られるとか思ってないし」
「何を?」
「な、なにも!!」
早い。
否定が早い。
耳が赤い。
ノートを開き、乱暴に書き始める。
文字が大きい。
筆圧も強い。
(分かりやすいな……)
数秒後。
ぴたり、と手が止まる。
ちら。
視線だけこっち。
目が合いそうになった瞬間、逸らされた。
「……あんたさ」
「なに?」
「……誰にでも、ああやって教えるの?」
少し考える。
「聞かれたらね」
由衣の眉が、ぴくっと動く。
「……ふーん」
間。
「……じゃあ」
さらに小さい声。
「私にも、教えなさいよ」
命令形。
でも。
差し出されたノートは、少しだけ震えている。
受け取る。
「どこ?」
「……ここ」
距離が近い。
肩が触れそうになる。
由衣の姿勢が、ぎこちない。
「ここはね——」
説明を始めた瞬間。
「……ちかい」
「え?」
「近いって言ってんの!」
自分から寄ってきたのに。
半歩下がると、一瞬だけ不満そうな顔。
でもすぐ隠す。
忙しい。
説明が終わる。
由衣はノートを見つめたまま、動かない。
そして。
「……ありがと」
かすれる声。
「いま何か言った?」
「言ってない!」
即否定。
数秒後。
「……あと」
「ん?」
耳が、さらに赤い。
「私には、先に教えなさい」
理由は言わない。
でも、目は真剣。
思わず笑う。
「順番待ち?」
「ち、違う!」
机を叩きかけて、止める。
深呼吸。
それから、そっぽを向いたまま。
「……当たり前でしょ」
小さく。
「私は、特別なんだから」
その瞬間。
俺の中で、何かがすとんと落ちた。
(ああ)
(なるほど)
木村由衣は——
めちゃくちゃ分かりにくいけど。
とても分かりやすい。
そして由衣は今日も、
ツンだけで全力だった。
たぶん。
デレは、まだ来ない。
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