2-6. 白衣のサイズ
魔法少女協会・受付。
昼前。
書類の音。
端末の光。
静かな通常運転。
その時。
自動ドアが開いた。
「こんにちは……」
少しだけ遠慮がちな声。
最初に顔を上げたのは――雫だった。
そして。
一瞬だけ、目が止まる。
入口に立っていたのは綾芽。
――ただし。
白衣が、明らかに大きい。
袖は長い。
肩も余っている。
裾も少し長い。
完全に大人用サイズだった。
雫は、何も言わずにカウンターを出る。
静かに近づいて、
自然にしゃがむ。
いつもの高さ。
そして。
白衣の袖を、そっと指でつまんだ。
「……その袖、邪魔じゃない?」
綾芽は少し困った顔で言う。
「ラボ制服頼んだら、大人用届いちゃって」
袖を引っ張る。
「交換お願いしたんですけど、次の納品一週間後らしくて」
少しだけ笑う。
「すぐ大きくなると思って、そのまま着てました」
すずが後ろで瞬きする。
「……え、かわい……」
梓が静かに観察している。
「……それで?」
綾芽は少し考えてから言った。
「詰めようかなって思って」
沈黙。
すずがゆっくり聞く。
「……できるの?」
「出来ないけど」
即答。
「なんとかしてみようかなって」
雫の指が、ほんの少し止まる。
その言葉に。
受付の空気が、
少しだけ柔らかくなった。
綾芽は白衣の袖をもう一度つまむ。
「でもこのままだと危ないし」
「実験中、引っかかると危ないから」
言い方が真面目すぎた。
雫は小さく微笑む。
「……安全は大事ね」
そこで。
梓が小さく息を吐く。
そして。
静かに言った。
「……針と糸ならあるわよ」
綾芽が顔を上げる。
「本当ですか?」
梓は引き出しを開ける。
小さな裁縫セットを出した。
「貸して」
「え?」
「着たままでいいから」
綾芽は素直に立つ。
雫が自然に、袖を軽く持ち上げる。
「ここ、少し折るね」
「はい」
梓が近づく。
白衣を測る。
「……動かないで」
「はい」
すずは完全に黙って見ている。
(これ、だめだ)
(刺さるやつだ)
梓は袖を折り、
軽くピンで留める。
「ここでいい?」
「はい」
梓は針に糸を通す。
迷いがない。
慣れている手。
白衣を、
綾芽が着たまま、
その場で縫い始めた。
静かな時間。
針が通る音だけ。
すずが小声で呟く。
「……奥さんみたい」
梓「黙って」
でも少しだけ耳が赤い。
綾芽は動かない。
真面目に立っている。
雫は横で、
白衣の裾が床につかないよう、
そっと持っていた。
子どもの服を直してあげているみたいで、少しだけ胸が温かかった。
梓が袖を縫い終える。
「腕、上げて」
「こうですか?」
「うん」
サイズが合う。
完璧だった。
「肩もやるわ」
「すみません……」
「いいの」
短い返事。
でも。
声は少し柔らかかった。
数分後。
梓は最後の糸を切る。
「……はい」
綾芽が腕を動かす。
ぴったりだった。
「すごい……」
素直な声。
「ぴったりです」
梓は少しだけ視線を逸らす。
「作業着は安全第一だから」
業務口調。
でも。
すずには分かる。
完全にやられている。
綾芽がぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます、梓お姉ちゃん」
停止。
空気が止まる。
梓の思考が、一瞬落ちた。
すずが震える。
「……今、お姉ちゃんって言った」
綾芽は首を傾げる。
「だって助けてもらったし」
純度100%。
悪意ゼロ。
雫が、ほんの少しだけ笑う。
梓は数秒黙って。
それから小さく言った。
「……ラボ、遅れるわよ」
逃がした。
完全に逃がした。
「はい!」
綾芽は嬉しそうに走っていく。
白衣はもう、
ぴったりだった。
ドアが閉まる。
沈黙。
三秒。
すずが静かに言う。
「梓先輩」
「なに」
「落ちました?」
「落ちてない」
即答。
でも。
針を持つ手が、
少しだけ震えていた。
雫が静かに呟く。
「……ちゃんと、大きくなるんだよ」
その日。
受付の裁縫セットは、
引き出しの一番取りやすい位置に移動した。
理由は――
誰も聞かなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが読みたい」
と思っていただけたら、
ぜひ下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると嬉しいです!
ブックマーク・感想も更新の励みになります。
応援いただけるととても嬉しいです。
次話も頑張ります!




