2-3. 可能性の核
ラボに戻ったのは、夕方だった。
誰もいない。
機材はいつも通り整っていて、静かすぎるくらい静かだ。
(……さて)
袖の内側から、小さな黒いコアを取り出す。
指先ほどの大きさ。
光を反射しない、完全な漆黒。
(軽いくせに、密度は異常)
魔力視で覗くと、命としての反応も、もう存在しない。
(完全消滅後の核……か)
妖精だったものの、殻だけが残った状態。
綾芽は作業台にコアを置き、
「……じゃあ、いくか」
これは――
ただ、何が起きるのか、確かめるだけ。
指先から、ごく微量の魔力を流す。
紫色の光が、細い糸のようにコアへ触れた瞬間。
――反応。
ぱち、と小さな音。
黒かったコアの表面が、ゆっくりと紫へと変わっていく。
(……染まってる)
壊れない。
拒絶もしない。
ただ、波長に馴染んでいる。
(これ……)
魔力を少しだけ増やす。
コアの内部で、微細な構造が自発的に組み替わり始めた。
(修復じゃないな)
中で何かが生まれている。
でも、用途は不明。
可能性の並び替え。
「……出来る、か?」
呟いた、その瞬間。
コアが、わずかに震えた。
そして――
静かに、確かに“応答”。
《……成立する可能性があります》
淡々としているのに、どこか幼い。
(……あ)
綾芽は、思わず息を止める。
《この魔力構成は、安定しています》
《このまま魔力の継続供給があれば、維持可能です》
(理解してないな)
何をしているのか。
なぜ答えているのか。
それは分かっていない。
ただ、
**「これなら出来る」**という感覚だけを、そのまま出力している。
(これは、……雛だ)
卵から出たばかりで、世界を知らない。
でも、
最初に見たものを、基準として覚える。
綾芽は、優しくコアを両手で包む。
「大丈夫だ」
「俺に任せておけ」
魔力を、少しだけ強める。
ゆっくりと。
そして、
紫の光が、コア全体に行き渡る。
その瞬間――
コアの輪郭が、ふっと柔らいだ。
《……》
《……アイリス》
伝えたわけじゃない。
でも、識別した。
最初に魔力を与えた存在。
最初に触れた存在を。
それだけで、十分だった。
そして――
「……ラビィ」
何故か、自然とそう呼んでいた。
《……》
《認識しました》
《識別名:Rabby》
淡々と、でも確かに――
“ここにいる”。
それは妖精ではない。
もう戻らない。
でも、
ただの核でもない。
(可能性の核……か)
綾芽は、少しだけ笑った。
「これから一緒にいよう」
命令でも、契約でもない。
ただの宣言。
《……》
《理解は不完全ですが》
《同行は、可能です》
ラボの静寂の中で、紫色のコアが、静かに脈打つ。
それはまだ、
何者でもなかった。
ただ――
確かに、そこにあった。
共に育つ、“可能性の核”として。
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