06 真琴は束の間の平和を手にしていたのかもしれない
あの日は災難だった。
と、今になったらそう振り返ることができる。
あれから一週間、少々の好奇心の目を向けられながら僕は過ごしてきた。しかし、その注目も、一週間たった今ではほとんど感じなくなってしまった。
あの日の翌日なんかは、いつ姫上総合産業のエージェントが現れるかと少々心配をしていたのだが、そんなことは起こる気配すら見せず、あまりの平和さに逆に驚いてしまった。
「まぁ、現実世界だし・・・。こんなもんかなぁ」
ちなみに、あの姫上美鈴さんからいただいたあの封筒には――
いや、ここで話すのはやめておこう。僕だって思い出したくもないからな。不吉・・・いや不審な贈り物には目をつぶるべきだ。きっと何か悪いことが起こりそうな予感がする・・・。
すくなくとも、あの贈り物だけは常識はずれで、唯一現実から逸した存在だった。
「水に流すんだ・・・。きっと何か裏がある・・・」
「お前、さっきからな~に言ってんだ?」
「あ、あぁ。独り言さ」
左隣の席に座る桐谷があんぱん片手に話しかけてきた。
相変わらずの、軽い笑みを浮かべている。
「それにしても、お前は昼飯どうしたん?さっきからだいぶひもじい顔してるが」
「それなら、さっき京都が買いにいったんだけど・・・」
と、僕のひとつ前の席にちらりと目を向ける。
寿京都。僕のクラスメイトだ。
たしか、フランス人と日本人のハーフ。
ほんの一ヶ月前まで、フランス住まいだった帰国子女である。
「へぇ・・・。京都って良い奴だよなぁ。入学一週間でお前ごときに昼飯を買ってきてくれるんだからな」
「お前ごときって・・・それに仲がよいといってほしいな。これは日替わり当番制だからお互い平等なわけだし」
「仲がよいなお前らは・・・」
呆れたような、馬鹿にするような、どっちともつかない口ぶりで桐谷はボソッとつぶやいた。
「まぁ、それにしても仲がよくなるのも早いよねぇ。なにげに社交的じゃない?葛城って」
今度は右隣から声がかかる。
手作りの弁当片手に右隣に座るこの男子は、桜井中也。
オタク系眼鏡男子風の普通の男子である。
「社交的・・・。羨ましか」
と、桜井の机に椅子を寄せて同じく手作りの弁当を手にする男子からも声がかかる。
こちらの大人しめな内気系田舎男子は深堀智という。
「社交的って言うか・・・。まぁ趣味が合ったからね」
「そういえば、寿もアニメ好きだったなぁ」
「そうそう。究める道がおんなじなら、心も通じ合うってもんだよ」
「そういやそうだった。あんな美少年なのに、もったいないぜ。葛城とおんなじ道を歩むとはな」
「もったいなか・・・」
全員から非難の視線を送られている気がするのは気のせいだろうか。
とにかく、京都は美少年だ。それも超がつくほどの。
そして、彼は美少年である一方で僕と同様、アニメの道を究める同志だ。意外なような気もするが、ヨーロッパはなにかとアニメ文化の盛んな地域らしい。日本人の母を持つ京都が、日本文化に興味を持つのも納得がいく。
ってなわけで僕と京都は意気投合。こうやって、昼飯を互いに買いあう仲までになったのだ。
ちなみにこのクラスの男子は僕と桐谷と桜井、深堀、そして京都だけである。
席も教室の窓際の一番奥に固まってるし、人数も少ないものだから入学一週間で簡単に打ち解けることができた。まぁ、周りの女子からのプレッシャーに耐えるにはこうするのが一番ベストだからなぁ。
「それにしても、寿は遅いなぁ。もうそろそろ葛城の胃が悲鳴を上げるんじゃないのか」
「たしかにそうだな。買いに行ってから20分はかかってるぜ」
「遅かばい・・・」
「購買はどんだけ込んでても10分くらいで帰ってこれるはずなんだけどな。寄り道でもしてるのかなぁ・・・。昼飯無しじゃ午後乗り切れないよ」
桜井の言うとおり、さすがにこれ以上は僕の胃が待ってくれそうにないのだが・・・。
「ちょっと、確認に行ってくればいいんじゃねえか。まさか道に迷うとかはないと思うがな・・・」
桐谷も少し心配なようだ。
「まぁ、寿なら男子に絡まれる可能性だってあるしな」
「冗談はよしてくれよ。ってガチでありえそうじゃないか・・・」
京都の美少年さ(?)なら可能性がないわけじゃなさそうだ。
「寿が危なか・・・。はよいかんね」
深堀も、どうやら心配らしい。何の心配をしてるかはよくわかんないけど・・・。
この場で心配してないのは桜井だけだ。いや、桜井も心配してるっちゃしてるかもしれないけどね。
「とにかく行ってくるよ」
僕はそういうと、席を立った。
っていうか早く昼飯が食べたい。
◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆
教室の中央を陣取る女子の集団をなるべく迂回するようにして、扉の前にたどり着いたのと同時に、ものすごい勢いで扉が開いたかと思うと、なにかが僕に突っ込んできた。
グフゥッ――
あぁ、鳩尾が・・・
「ご、ごめん!!ちょっと急いでて・・・」
僕に突っ込んできたそれ――いや、少女――いや、美少年はそう謝ってきた。
「ちょっとどころじゃないように見えるけどね・・・京都」
「え、ええっ。真琴じゃん!!」
金髪ロングヘアを後ろに束ねた美少女系美少年こと寿京都は、驚愕の声を上げると同時に安堵の表情を見せた。
「よかった・・・」
京都はそのまま、ふぅと息を吐いて脱力してしまった。
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
・・・
「あの・・・すまんがもうそろそろどいてくれないか」
さっきの衝撃プラス今の加重は空腹の体にはこたえる。
「えっ!ご、ごめんっ!!」
ということで、僕は重圧から解放された。もう、体力もたねぇ。
「ごめんね。重たかったかな・・・」
「まぁ、並みの男子よりは相当軽いから。っていうか無駄に心配しなくて良いよ」
と見栄を張ってみる。はっきりいってこの場合体重はあまり関係ない気がする。空腹にはいろいろこたえるものだ。京都は軽いけどね。
「それにしても、なんで全力ダッシュ?」
ひとつ気になることをたずねてみる。
「そうそう。実はね、さっき怪しい男の人達が、1年7組の教室はどこかって聞いてきたんだ」
「1年7組って・・・ここか?」
「そう。いきなり聞いてきたからびっくりしちゃって」
「なるほど、それで京都はここまで全速力ダッシュなんだな」
「えぇっと・・・うん。まぁ・・・」
「京都って・・・なんかおもしろいんだな。で、飯は?」
今しがた僕の胃がなかなか大音量で悲鳴を上げたのが聞こえた。
そして京都が取り出した取り出した袋には、厚さ2cmにプレスされたメロンパンが悲惨な姿をさらしていた




