第9話:焦げたパイと、最高の感謝祭
第9話:焦げたパイと、最高の感謝祭
外は大雪だった。
窓の外では白い魔導雪が吹き荒れ、王都の街道を完全に封鎖していた。
「ダニエル! 申し訳ないけれど、この雪で馬車が出せないの。今年の感謝祭のごちそう、届けてあげられそうにないわ……!」
通信魔導鏡から届いた母ジャネットの悲鳴に、ダニエルはガックリと肩を落とした。
今日は、一年の収穫と家族の絆に感謝する『感謝祭』。
我が家の料理担当(?)であるジョシュアの料理は相変わらず大雑把で、ジェラルドの肉料理はただの丸焼きだ。ジャネットおばあちゃんの手料理だけが唯一の希望だったのだが、それも絶たれてしまった。
「仕方ない。今からでも予約できる高級店を探そう。たまには外でお祝いするのも——」
「ダメ!!」
ダニエルが提案した瞬間、長女のルチアが強い声で叫んだ。
「お外のご飯なんて嫌! 感謝祭は、お家で祝うの! ママが生きている頃だって、ずっとお家でみんなで笑って食べてたでしょ!?」
ルチアの瞳には、頑固な決意と寂しさが滲んでいた。
彼女にとって感謝祭は、ただのごちそうを食べる日ではなく、亡き母セレーナの面影が一番色濃く残る特別な日だったのだ。
「ルチア、だが大人たちだけではごちそうは……」
「あたしとステラで作るもん! ママに教わったパンプキン・パイと、七面鳥の丸焼き!」
「ええっ!? わたしも作るー!」
七歳のステラも乗り気になり、二人は「男の人たちは絶対に入ってこないで!」と台所に鍵をかけ、閉じこもってしまったのだった。
「ルチア、本当に大丈夫かい……?」
扉越しに心配そうに声をかけるダニエル、ジョシュア、ジェラルドの三人。
台所の中では、ルチアが必死だった。分厚いレシピ本をめくり、ステラに「カボチャを潰して」「卵を混ぜて」と指示を出す。
だが、母がやっていた手際を真似るのはそう甘くはなかった。
カボチャの皮は硬くて包丁が立たず、ステラが混ぜたパイ生地は粉まみれになって床に飛び散る。さらに、ジェラルドが仕入れてきた巨大な七面鳥は、魔導オーブンに入り切らないほど大きすぎた。
「きゃっ!? 焦げ臭い……!?」
オーブンから黒煙が上がり始めたのは、夕方のことだった。
温度調整を間違え、パイの上部分が真っ黒に焦げ付いてしまったのだ。さらに七面鳥は表面だけが焦げ、中は生のまま。
「どうしよう……どうしよう……っ!」
半泣きになりながら、焦げたパイを取り出そうとしたルチアの手が、熱い鉄板に触れそうになった——
「危ない!!」
鍵を解除して飛び込んできたダニエルが、ルチアの手を弾いて抱き寄せた。
ガシャン!!と音を立てて床に落ち、粉々に砕け散る真っ黒なパンプキン・パイ。
台所に、静寂が訪れた。
「……うう……うぁぁぁぁあん!!」
ルチアはその場にへたり込み、声を上げて泣き出した。
「失敗しちゃった……! ママのパイ、作れなかった……! あたし、ママみたいにしっかり作って……お父様たちを喜ばせたかったのに……っ!」
母を亡くしてからずっと「私がしっかりしなきゃ」と背伸びをしてきた長女の心が、ついに折れて溢れ出したのだ。
ステラも「あたしが変な混ぜ方したから……ごめんなさい……!」と抱きついて泣く。
ダニエルは、胸が締め付けられる思いで二人を強く抱きしめた。
「……ルチア、ステラ。顔をあげてごらん」
ダニエルは優しく二人の涙を拭った。
「ママのパイは作れなかったかもしれない。でもね、ママが感謝祭で一番大切にしていたのは、完璧な料理の味じゃないんだよ」
ダニエルは窓の外の雪を見つめ、静かに語りかけた。
「『大好きな家族が、みんなで笑って、生きていてくれることに感謝する』。それがママの教えてくれた感謝祭なんだ。……君たちがパパたちのために一生懸命作ろうとしてくれた、その気持ちだけで、ママもパパも世界一幸せなんだよ。ママの代わりになんて、ならなくていいんだ」
ルチアは鼻をすすりながら、ダニエルの顔を見つめた。
その時、後ろから「よーし!」と袖を捲くったジョシュアが踏み込んできた。
「失敗したなら、みんなで作り直せばいい! 俺たちには最強のチームワークがあるんだからな!」
「……生肉なら、俺が切り分ける。フライパンで小さく焼き直せば食える」
ジェラルドが大剣……ではなく、調理用の包丁を手に取った。
「おじちゃんたち……?」
こうして、大人三人・娘三人による『感謝祭のごちそうレスキュー作戦』が始まった!
ダニエルが完璧な手つきでカボチャのクリームスープを煮込み、ジェラルドが力任せに七面鳥を切り分けて香ばしいステッキ肉に焼き上げ、ジョシュアが焦げたパイ生地の代わりに、試作の型抜きを使って少し歪な『星型パンケーキ』を焼き上げた。
ルチアとステラも、今度は笑顔でテーブルの飾り付けを手伝った。
外の大雪を忘れるほど、暖炉の火が温かくリビングを照らしていた。
食卓に並んだのは、当初の予定とは全く違う、形もバラバラな『ごちゃまぜ料理』たち。
しかし、そのどれもが湯気を立て、香ばしい匂いを放っていた。
「みんな、グラス(とミルクカップ)を持ったかい?」
ダニエルが立ち上がり、一番温かい笑顔でグラスを掲げた。
「我が家を守ってくれる二人の最高の兄弟に。いつも元気をくれる可愛い娘たちに。そして、天国から私達を見守ってくれているセレーナに——感謝を込めて」
「「「乾杯——っ!!」」」
「わあ! このお肉、すっごく美味しい!」
「おじちゃんのパンケーキ、星の形してるー!」
ミシェルが口のまわりにクリームをいっぱいつけ、ステラが大笑いし、ルチアはスープを一口飲んで「……すっごく温かい」と微笑んだ。
ジェラルドが不器用にルチアの頭を撫で、ジョシュアが「だろ!? 俺の特製パンケーキの味は伊達じゃない!」と胸を張る。
ダニエルは、その賑やかな光景を見つめながら、そっと胸のポケットに手を当てた。そこには妻の写真があった。
(セレーナ。君の作ったパイには敵わないけれど……我が家は今日、世界で一番温かい感謝祭を迎えているよ)
外の雪はまだ降り続いていたが、エルランド家のリビングには、決して消えることのない家族の愛と笑顔が満ち溢れていたのだった。




