第10話:地下室の小さな灯りと、最高の部屋
第10話:地下室の小さな灯りと、最高の部屋
「やあやあダニー! 朗報だぞ! 我が誇り高き『からくりギルド』から、来月の新作お披露目会への招待状が届いたんだ!」
朝の食卓で、ジョシュアが一枚の金箔押し状を掲げて踊り狂っていた。
話題の新進からくり発明家として、王都の貴族や技師たちの前で自作の最新作を披露する大チャンスが舞い込んできたのだ。
「それはすごいじゃないか、ジョシュア! おめでとう!」
「おじちゃん、すごーい!」
ルチアたちも大喜びで歓声をあげる。
しかし、問題はここからだった。
エルランド家には、ジョシュア個人の部屋がない。普段はリビングのソファで眠り、大仕掛けのからくりを試作・組み立てる専用のスペースがないのだ。
結局、ジョシュアが作業場として選んだのは、薄暗く冷え込む地下室だった。
「……寒っ! だが、男ジョシュア・ギアハート、歴史に残る傑作を作ってみせるぞ!」
吐く息が白くなるような極寒の地下室で、ジョシュアは夜遅くまで一人、寒さに震えながら歯車を回し、真鍮のネジを締め続けた。
その健気で痛々しい姿を、こっそり階段の隙間から見ていたのが長女のルチアだった。
「お父様……ジョシュアおじちゃん、すごく寒そう。手もかじかんでるよ」
ルチアはリビングでダニエルとジェラルドに提案した。
「ジョシュアおじちゃんに、ちゃんとしたお部屋を作ってあげようよ! 物置になっている二階の角部屋を掃除して、ベッドと作業机を置いてあげるの!」
「……良い考えだ。あいつにはいつも助けられている。サプライズで部屋をプレゼントしよう」
「……俺が、重い棚を運ぶ」
こうして、家族全員による『ジョシュア専用のお部屋作り極秘プロジェクト』がスタートしたのだった。
しかし、この『秘密の作戦』が、絶妙なすれ違いを生んでしまう。
家族たちはジョシュアに作業を勘づかれないよう、彼が近づくと一斉に話をやめたり、部屋に鍵をかけてコソコソと話し合ったりするようになった。
「あ、ダニー! 今日の夕飯の買い物だけど——」
「あ、ああジョシュア! ちょっと今、ルチアたちと『大事な用事』があってね! また後で!」
バタン!と目の前で閉められる扉。
さらに、二階の物置から古びた荷物が運び出されるのを見たジョシュアは、一人で地下室へ戻り、ぽつりと呟いた。
「……荷物を、まとめてるのか?」
ジョシュアの脳裏に、胸を刺すような思考が渦巻き始める。
(そういえば……最近、家事も失敗ばかりだったしな。ジェシーは力が強くて頼りになるし、ダニーは優秀な医者だ。俺は……料理も満足にできなくて、怪しいガラクタばかり作って、この家に迷惑をかけてばかりだ……)
ダニエルとジェラルドは義理の兄弟だ。自分だけが、何血の繋がりもないただの居候。
家族たちの「秘密のコソコソ話」は、自分を家から追い出すための準備なのだと、ジョシュアは完全に誤解してしまったのだ。
「……そっか。もう俺は、この家に必要ないんだな」
胸を刺すような寂しさを押し殺し、ジョシュアは冷たい地下室で寂しく笑った。
(いいさ。せめて最後のお披露目会で、あいつらをあっと言わせる最高のからくりを完成させて……笑顔で出ていこう)
お披露目会前夜。
二階の部屋の改装が完璧に完了した。
壁は温かみのある木目調に塗り替えられ、大きな作業机とふかふかのベッド、そして暖炉まで備え付けられた見事な『発明家の部屋』だ。
「よし! 明日のお披露目会が終わったら、ここでサプライズ発表だね!」
ルチアとステラが嬉しそうに胸を躍らせていた。
だが、翌朝。
「……ジョシュア? どこへ行ったんだ?」
朝食のテーブルに、ジョシュアの姿はなかった。
代わりに、地下室の作業台の上に一通の手紙と、小さなからくり箱が置かれていた。
『ダニー、ジェシー、可愛い娘たちへ。
今まで居候させてくれてありがとう。家事をたくさん失敗してごめんな。
今日のお披露目会が終わったら、俺は新しい借家へ引越します。
今まで本当に楽しかった。ありがとう』
手紙を読んだダニエルの顔から、一瞬で血の気が引いた。
「な……なんだと!? 追い出すなんて、一言も言っていないぞ!?」
「おじちゃん……どこかに行っちゃうの……!?」
ステラが泣き出す。
「……勘違いしたんだ」
ジェラルドが低い声で言った。
「俺たちがコソコソ部屋を作っていたのを……自分を捨てる準備だと思ったんだ」
「なんてことだ……! あいつにそんな思いをさせていたなんて……!」
ダニエルは手紙を握りしめ、二人に叫んだ。
「会場へ行くぞ! あんなバカな誤解、今すぐ解いてやる!!」
王都の大ホール。華やかな『からくりお披露目会』の会場。
ステージの上に立ったジョシュアは、スポットライトを浴びながら、自作のからくりを動かしていた。
それは、真鍮で作られた大きな『からくりオルゴール』だった。
ネジを回すと、カチカチと音を立てて、小さな大人三人(ダニエル、ジェラルド、ジョシュア)と、三人の可愛い女の子の金属人形が飛び出し、手をつないで楽しそうに踊り出す。
オルゴールが奏でるのは、エルランド家でいつも娘たちが歌っていた子守唄だった。
観客から「素晴らしい!」「なんて温かいからくりだ!」と惜しみない拍手が送られる。
ジョシュアは力なく微笑んだ。
(みんな……元気でね。俺の大好きな……家族……)
彼が寂しげにステージを降りようとした、その時だった。
「待てぇぇぇぇぇジョシュアーーーーーッ!!」
ホールの入口で、制止しようとする警備兵を振り切り、息を切らせて飛び込んできた男たちがいた。
白衣を乱したダニエル、背中に大剣を背負ったジェラルド、そしてドレス姿のルチアたち三姉妹だった!
「ダニー!? なぜここに——」
ダニエルはステージへ駆け上がると、ジョシュアの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「バカ者! 何が『引越し』だ! 何が『今までありがとう』だ! 誰がお前を追い出すと言った!!」
「だ、だって……みんなで俺を避けて、二階の荷物を片付けてただろ……?」
「あれはね!!」
ルチアが涙目を怒らせて、大声で叫んだ。
「おじちゃんが地下室で寒そうにしてるから、みんなでおじちゃんの部屋を作ってたんだよ! バカーッ!!」
「え……? 俺の……部屋……?」
ジョシュアが呆然とする中、ジェラルドが無言で歩み寄り、一本の『真鍮の鍵』をジョシュアの手のひらに握らせた。
「……二階の角部屋だ。日当たりが良い。……勝手に出て行ったら、力づくで連れ戻す」
「ジェシー……ダニー……みんな……っ」
すべての真相を理解した瞬間、ジョシュアの目からボロボロと大きな涙が溢れ出した。
「うああぁぁあん! ごめんよぉぉ! 俺、捨てられたかと思って、寂しくて死にそうだったんだよぉぉぉっ!!」
ステージの上で、ダニエルとジェラルドに抱きついて子供のように号泣するジョシュア。
観客席からは「まあ、なんて感動的な演出なのかしら!」と割れんばかりの拍手が巻き起こった。
その夜。
ピカピカの新しい部屋のベッドに寝転がり、暖炉の火を見つめるジョシュア。
「うわ〜……ふかふかだ。暖炉も温かいや……」
ドアが開き、ノックとともにダニエルがハーブティーを持って入ってきた。
「住み心地はどうだい、ジョシュア?」
「最高だよ、ダニー。……本当に、ありがとう。俺、居候のせいで、ずっとどこかで遠慮や引け目を感じてたのかもしれない」
ダニエルは優しく微笑み、ジョシュアの肩をぽんと叩いた。
「居候じゃないさ。お前はもう、我が家に欠かせない『三人目のパパ』なんだからね。勝手に出て行こうとした罰として、明日からの皿洗いは永遠に任せるよ」
「へいへい、名医様!」
そこへ、部屋の入口から「おじちゃーん!」とステラとミシェルが雪崩れ込んできて、ジョシュアのベッドの上で跳ね回り始めた。ルチアも嬉しそうに部屋を見回している。
「こらこら、夜遅くに跳ね回らないの!」
ダニエルが苦笑する。
新しい部屋に満ちる、大好きな家族の笑い声。
ジョシュアは自分の胸のギアが、これ以上ないほど温かく満たされていくのを感じていた。




