第7話:口は禍の元、仮死の謎
第7話:口は禍の元、仮死の謎
「ダニエル様、どうか我が主を……隣国フェルゼン伯爵閣下をお救いください!」
金曜日の夜。エルランド家に急遽担ぎ込まれてきたのは、隣国の若き重臣・フェルゼン伯爵だった。
原因不明の重度の魔力不全と高熱で意識を失っており、隣国の医師もお手上げとなったため、噂を聞きつけて極秘裏に『神医』ダニエルを頼ってきたのだ。
「任せなさい。集中治療室(我が家の客間)へ!」
白衣を羽織ったダニエルは、手慣れた手つきで秘伝の薬草と魔力循環の施術を施した。
ダニエルの完璧な手技により、ほんの数時間で伯爵の熱は下がり、うっすらと意識を取り戻した。
「……う、うむ……私は……?」
「気がつかれましたか、伯爵閣下。私は宮廷医師のダニエルです。もう安心ですよ」
胸を撫で下ろしたダニエルは、魔力不全の原因となった精神的ストレスの背景を探ろうと、優しく語りかけた。
「発症の引き金は強い心因性のショックですね。……やはり、例の噂が原因でしょうか。奥様が若い男と駆け落ちされたという……」
「……は?」
伯爵の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「いま……何と……?」
「え? ああ、王宮の交友筋で耳にしましてね。いやあ、男としては災難と同情を禁じ得ま——」
「妻が……駆け落ち……だと……!?」
実は、伯爵は「妻は実家に里帰りしている」としか知らされておらず、家臣たちがショックを恐れて隠していたのだ!
「がはっ……!!」
鮮血を吐くような悲鳴とともに、伯爵の瞳から光が消えた。
ドクン、ドクン……シーン。
呼吸が途絶え、体温が急速に奪われていく。強烈な絶望により自発的な生気を完全に拒絶する、極めて危険な『魔力性仮死状態』に陥ったのだ。
「閣下!? 閣下ーーーっ!?」
「大変だダニー! 伯爵の生命反応が完全にゼロになったぞ!」
廊下で聞き耳を立てていたジョシュアが跳び込んでくる。
「嘘だろ!? 私の余計な一言のせいで隣国の重臣が自ら命を絶つような仮死に陥ったなんてことになったら、外交問題どころか私の首が飛ぶ……!!」
ダニエルは頭を抱えて絶叫した。
「静かにしろ! ミシェルが起きる!」
騒ぎを聞きつけたジェラルドが、大剣を担いで客間に踏み込んできた。
「ジェラルド、大変なんだ! 伯爵閣下が私の不手際で自死同然の仮死状態になられた! 心臓が動いていない!」
「……叩けば動くか?」
「物理で解決しようとするな! 脳の血管が切れるわ!」
ダニエルが半狂乱で魔力蘇生を施すが、一度「絶望」によって拒絶された伯爵の脈は戻らない。
そこへ、パジャマ姿の長女ルチアが目をこすりながら入ってきた。
「お父様、うるさくて眠れないよ……って、そのおじさん死んでるの!?」
「死んでいない! いや、半分死んでいる! ルチア、ステラとミシェルを連れて部屋に戻りなさい!」
「待て」
ジョシュアが不敵な笑みを浮かべ、背後から巨大な金属製のヘルメットと電線を持ち出してきた。
「こんなこともあろうかと開発しておいた『超絶電気ショック・心臓ドッカンくん試作三号』の出番だ!」
「ネーミングセンスが最悪だし、雷魔法の電圧調整はどうなっている!?」
「一か八かだ! 焼き焦げたら俺が責任を持つ!」
「持つな! 私の患者だぞ!」
部屋の中で白衣のダニエルと技師のジョシュアが掴み合いの喧嘩を始め、ジェラルドが無言で伯爵の胸をドスン、ドスンとゴリラのような力で叩き、ルチアが「お父様たち、警察に捕まっちゃうよー!」と悲鳴を上げる。
客間はまさにカオスを極めていた。
その時、ベッドの上の伯爵の指が、ぴくりと動いた。
「……ま……」
「え?」
喧嘩をピタリと止め、男三人が伯爵の口元に耳を近づける。
「……待て……荷物の……手帳……」
「手帳? 伯爵閣下、正気に戻られましたか!?」
ダニエルが叫ぶと、伯爵は血走った目でダニエルの白衣を掴み上げた。仮死状態とは思えない執念の力だった。
「妻の……手帳が……そこにある……! 駆け落ちなど……嘘だ……! 読め……今すぐ読めぇぇぇ!!」
「ひぃっ! わかりました、読みます!」
ダニエルは慌てて枕元に置かれていた伯爵の鞄から小さな手帳を取り出し、ページを開いた。
そこには、可愛らしい文字でこう書かれていた。
『◯月◯日。旦那様のお誕生日のサプライズのため、極秘で隣町の工房に篭って特製の刺繍ハンカチを作っています。帰ったら旦那様、驚くかしら?』
「……あ」
ダニエルは察した。王宮で囁かれていた「若い男と駆け落ち」というのは、単にイケメンの刺繍職人の工房に通い詰めていた妻を目撃した誰かが流したデマだったのだ!
「か、閣下! 誤解です! 奥様は駆け落ちなどしていません! あなたへの誕生日プレゼントを秘密で作るために姿を消していただけです!」
ダニエルが必死で手帳を読み上げると、伯爵の顔に瞬時に赤みが戻ってきた。
ドクン……ドクン……ドクドクドクッ!!
「……なんだ……そうだったのか……! 愛しているぞ、マリアーーーッ!!」
ゴハァッ!と勢いよく起き上がった伯爵は、心拍数と魔力を全開に蘇生させ、そのままベッドの上で涙を流して歓喜の叫びを上げたのだった。
翌朝。
すっかり健康体——というか元気を通り越してハイテンションになったフェルゼン伯爵は、妻の待つ我が家へ向かって爽やかに馬車で去っていった。
「命を救っていただき、感謝しますダニエル先生! 妻への愛が再燃しました!」
「は、はは……お役に立てて光栄です(冷や汗)」
馬車が見えなくなった瞬間、ダニエルはその場に膝から崩れ落ちた。
「……助かった。私の首皮一枚が、奇跡的に繋がった……」
ジョシュアが肩を叩いてニシシと笑う。
「いや〜一時はどうなるかと思ったぜ。『余計な一言で人を仮死状態にする宮廷医師』なんて名がつかなくて良かったな、ダニー!」
「……だまれジョシュア。もう二度と患者の前で噂話は確認しないと誓う」
そこへ、ジェラルドがミシェルを肩に乗せて歩いてきた。
「……ダニー。次は、俺の言葉遣いの指導も頼む」
「なぜだ?」
「今日、ギルドで『奥さんはお元気ですか』と聞かれて『死んだ』と答えたら、相手が倒れた」
「お前もかジェラルドーーーーッ!!」
朝の街にダニエルの絶叫が響き渡り、ルチアとステラが「パパたちって、本当におバカだね」と呆れ顔で顔を見合わせるのだった。




