第6話:本当の「パパ」の場所
第6話:本当の「パパ」の場所
「見てお父様! あたし、今日の魔力演武のソロパート、絶対上手に舞ってみせるから!」
華やかな刺繍の舞踏服に身を包んだ長女のルチアが、鏡の前でくるりと軽やかに舞ってみせた。今日はルチアが通う魔法学園の成果発表会。そして発表会が終わった後は、街の大通りで開催される年に一度の『大市』にみんなで出かけ、ステラとミシェルの服や欲しがっていたおもちゃを買う約束になっていた。
「ああ、本当に綺麗だ、ルチア。楽しみにしているよ」
ダニエルが優しくルチアの髪を整えていたその時、王宮からの使いの者が息を切らせて駆け込んできた。
「ダニエル様! 至急王宮へ! 隣国の使節団が到着されましたが、長旅で重度の魔力酔いを起こされ、対応できるのは宮廷医師のあなた様しかおりません!」
「な……!?」
ダニエルの表情が凍りつく。今日ばかりは絶対に仕事を入れないと決めていたのだ。だが、国家外交に関わる患者を見捨てることは医師の倫理が許さない。
「……すまない、ルチア。発表会には必ず間に合わせる。だが、その後の大市には……一緒に行ってやれそうにない」
ルチアの顔から一瞬で笑みが消えた。ステラも「えーっ! お買い物一緒に行かないの!?」と声をあげる。
「……いいよ、お仕事だもんね」
ルチアは必死に寂しさを押し殺し、背伸びをした笑顔を作った。
「大丈夫! ジェシーおじちゃんとジョシュアおじちゃんが一緒に行ってくれるから!」
ダニエルは心の中で何度も娘たちに謝りながら、後ろ髪を引かれる思いで王宮へと走ったのだった。
王宮での緊急処置をなんとか終わらせたダニエルが、息を切らして学園の講堂へ滑り込んだのは、まさにルチアのソロ演武が始まる直前だった。
客席の最前列で、息をのんで見守る。光を浴びたルチアは、見事に美しく魔力の軌跡を描いて舞い切り、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。ダニエルは胸を撫で下ろし、心から娘の成長を誇らしく思っていた。
しかし、発表会が終わり、ロビーで合流した時のことだった。
「ルチア、素晴らしかったよ!」
ダニエルが駆け寄ると、三女のミシェルがジェラルドの大きな肩の上にちょこんと乗って、キャッキャと笑っていた。
「パパー! じぇしーパパ、たかい、たかいしてくれたー!」
「……え?」
ダニエルの足が止まった。ミシェルが、ジェラルドのことを『パパ』と呼んだのだ。
ジェラルドは気まずそうに「……俺が教えたわけじゃない。『おじちゃん』と言わせようとしたんだが……」と狼狽え、ジョシュアも「ミシェルの中では『背が高くて遊んでくれる人=パパ』になっちゃってるみたいでさ」とフォローを入れる。
だが、ダニエルの胸には鋭い痛みが走っていた。仕事に追われ、娘たちとの時間を削り、発表会の後の約束すら守れなかった自分。妻の死後、必死で父親をやっていたつもりだったが、幼いミシェルにとって自分は「たまにしか家にいない人」になりかけているのではないか。
その日の夜、ダニエルは静かに手帳を開き、翌日の『王宮勤務』のページに太い線で横引きを入れた。
翌日。ダニエルは宮廷医師になって初めて、仕事を完全に休んだ。
「今日は一日、パパを独占していいぞ! 行きたいところ、やりたいこと、なんでも言っておくれ!」
朝から腕を振るって特製のパンケーキを焼き、庭に小さなブランコを作り、娘たちを抱きしめて目一杯遊んだ。公園へ行き、アイスを食べ、お話を聞かせた。
ミシェルも「だにーパパ!」と抱きついてきて、ダニエルはホッと胸を撫で下ろした。これでいい。また父親としての時間を取り戻せたはずだ。
夕方。公園のベンチで、遊ぶルチアとミシェルを眺めていたダニエルの隣に、次女のステラがぽつんと座った。ステラは貰ったアイスの棒をじっと見つめたまま、一日中どこか浮かぬ顔をしていたのだ。
「ステラ? どうしたんだい、体調でも悪いのか?」
ダニエルが顔を覗き込むと、ステラはちいさく首を振った。そして、ぎゅっとスカートの裾を握りしめ、ぽつりと口を開いた。
「……パパ」
「ん?」
「あたしたちのために、無理にお仕事お休みしなくてもいいんだよ?」
ダニエルは目を見開いた。
「あたしね、パパがお仕事で忙しいの、分かってるもん。……昨日もお買い物に行けなくて、あたしたちががっかりしたから、パパ困らせちゃったんでしょ?」
七歳の小さな胸の中にあったのは、我が儘への反省と、父親に対する健気すぎる気遣いだった。
「それにね……」
ステラはポロポロと大きな涙をこぼし始めた。
「昨日ね、ミシェルがジェシーおじちゃんのこと『パパ』って言ったとき……パパ、すごく悲しそうな顔してた。……あたし、パパを泣かせちゃったのかと思って、怖かったの……っ!」
ステラは、ダニエルが傷ついていることに気づいていたのだ。大大好きな父親を悲しませてしまったという恐怖と、自分が我慢しなければいけないという思いで、ずっと胸を痛めていたのだ。
「ステラ……」
ダニエルは膝をつき、泣きじゃくるステラを強く、強く抱きしめた。
「ばかな子だ……そんなわけないだろう。パパが悲しかったのは君たちのせいじゃない!」
ダニエルの目からも、涙が溢れ出していた。
「パパが悲しかったのはね、君たちと居る時間が足りなくて、自分が情けない父親だと思ったからなんだ。君たちが悪いんじゃない。……パパはね、君たちの笑顔を見るためなら、なんだってするんだよ」
ステラはダニエルの首に必死にしがみついた。
「ほんとう……? ずっと、あたしたちのパパでいてくれる……?」
「当たり前だ。パパの宝物は、ルチアと、ステラと、ミシェルだけなんだから」
後ろの木陰で、心配そうに見守っていたジョシュアとジェラルドが、そっと胸を撫で下ろしていた。
「……ジェリー」
「なんだ」
「お前、明日からミシェルに『じぇしーおじちゃん』って徹底的に叩き込めよ」
「……言われなくても、今日からスパルタで教え込む」
夕焼け空の下。泣き止んだステラを背中に負ぶい、ルチアと手を繋ぎ、ジェラルドに抱っこされたミシェルと並んで歩くダニエル。
「パパ、あのね、やっぱり今度のお休み、大市のお買い物やり直してほしいな!」
「ああ、もちろんさ。家中の服が溢れるくらい買い込もう」
完璧な父親になれなくてもいい。失敗しながら、悩みながら、こうして子供たちと手を繋いで歩いていく。
ごちゃまぜファミリーの夕暮れは、どこまでも温かく、橙色に輝いていた。




