第4話:おばあちゃん旋風と男たちの秘密作戦
第4話:おばあちゃん旋風と男たちの秘密作戦
1
「ダニー。お願いだから『足の踏み場がない』の定義を僕に教えないでおくれ……」
金曜日の朝。リビングに足を踏み入れたダニエルは、手にしたハーブティーのカップを落としそうになった。
そこはまさに戦場だった。
床にはジョシュアが分解した怪しげなからくりパーツが散乱し、ソファにはジェラルドが持ち込んだ魔獣の毛皮と武具の手入れ油が転がっている。さらにステラのお絵かき紙とミシェルのブロックが地層のように積み重なり、足の踏み場などどこにもない。
「掃除なら昨日ジョシュアが……」
「全自動・床掃除ロボが壁を突き破って庭に逃亡したんだ! 現在捜索中だ!」
頭を抱えるダニエルの元へ、通信用の魔導鏡が激しい音を立てて点滅した。画面に浮かび上がったのは、ダニエルの母・ジャネット(気品漂うが超・仕切り屋の老ハーフエルフ)の厳格な顔だった。
『ダニエル! 買い出し先で会った知人から聞いたわよ。あなたたち、男三人で家の中をゴミ屋敷にしているそうね!?』
「母さん!? い、いや、これは一時的なもので——」
『言い訳は無用です! 孫たちが不衛生な環境で病気になったらどうするの! ……というわけで、ジョシュアのママと、ジェラルドのママにも声をかけました。今日から私たち三人で、あなたたちの家に泊まり込みで家事と育児の指導をします!』
「「「な、なんだってーーーー!!??」」」
後ろで聞いていたジョシュアとジェラルドが絶叫した。
ジョシュアの母は、マシンガントークで息子を赤子扱いするおしゃべり好き。ジェラルドの母は、元ハンターでジェラルドすら一瞥で平伏させる超・武闘派オババ。そしてダニエルの母は、潔癖症で厳しい元宮廷看護長。
「無理だ! ママが来たら俺の部屋の発明品が全部『危険物』として燃やされる!」
「……おふくろはダメだ。俺の筋肉の付き方にまでケチをつけてくる……」
あの最強のハンター・ジェラルドすら顔面を蒼白にさせて震えている。母たちの監視下で生活するなど、男たちのプライド(と自由)が崩壊することを意味していた。
「……一計を案じるぞ」
ダニエルがメガネのつるを押し上げた。瞳に必死の光が宿る。
「母さんたちが到着する夕方までに、この家を『完璧に整った理想の家庭』に仕立て上げる。生活能力の低さを悟らせなければ、泊まり込みは阻止できるはずだ!」
こうして、ハーフエルフのイケオジ三人による、人生最大規模の「大掃除&家事隠蔽作戦」が始まった。
2
「ジョシュア! 散らかったガラクタを全部地下室へ押し込め! 散開!」
「了解! レーザー(掃除)作戦開始!」
「ジェラルド! お前の肉の塊と武具を隠せ! 消毒スプレーを撒くんだ!」
「……うむ!」
日頃の不器用さはどこへやら。お母さんたちの恐怖に対抗するため、三人の潜在能力が極限まで跳ね上がる。
ジョシュアは圧倒的な素早さで床の荷物を回収し、ジェラルドは巨木のような力で重い家具を一気に持ち上げて隙間のホコリを拭き掃除。ダニエルはミリグラム単位で洗剤を調合し、壁の墨汚れを跡形もなく消し去っていく。
さらに、娘たちにも作戦が通達された。
「いいかい、ルチア、ステラ。おばあちゃんたちが来たら『パパたちは毎日完璧なお掃除とおいしいご飯を作ってくれるよ』と言うんだ。いいね?」
「えー、でもジョシュアおじちゃんの料理、昨日焦げてたよ?」
「ステラ、頼む! 今日の夕飯はおじちゃんが伝説の高級スイーツを買ってやるから!」
娘たちを買収(?)し、ついに夕刻。ピカピカに磨き上げられ、新築のような輝きを取り戻したリビングに、三人の母親たちが訪れた。
「あら……? 案外、綺麗にしているじゃない」
ジャネット母さんが部屋を見回し、厳しい目を光らせる。ジョシュアの母がクッキーの屑がないか棚の上を指で撫で、ジェラルドの母が腕組みをして部屋の空気を吟味する。
息をのむ男三人。
「パパたちね、今日すっごく頑張ってお掃除したんだよ!」
ステラが笑顔で叫んだ。
(ステラ!? 「今日」と言ったら作戦が……!)ダニエルが青ざめる。
「あのね、パパがおばあちゃんたちに来られたら困るからって、おじちゃんたちと一緒に猛スピードで荷物をぜんぶ地下室に投げ込んでたの!」
「「「ステラーーーーーッ!?」」」
完璧な裏切り(無邪気な事実報告)だった。ジャネット母さんが怪しんで地下室のドアを開けると、そこには限界まで詰め込まれたガラクタと武具が、雪崩となってドッシャーン!!と溢れ出てきたのである。
3
「……ダニエル。ジョシュア。ジェラルド」
三人の母親たちの静かな、しかし恐ろしい声が響いた。正座させられる、アラフォー・アラフィフのイケオジ三人組。外では宮廷医師、騎士団副官、Sランクハンターと持ち上げられる男たちが、小さくなって首をすくめている。
「あなたたち、見栄を張るのもいい加減にしなさい! 私たちが心配しているのは、家が汚いことじゃないわ!」
ジャネット母さんが、呆れたように、けれど温かい溜息を吐いた。
「一人で妻を亡くした悲しみを抱え込んで、無理をして倒れそうなダニエル。それを支えようとして空回りしている二人。……あんたたちが限界を迎えて破綻するのが心配だったのよ」
ジョシュアの母も笑いながら言う。
「そうよ。料理が下手なら習えばいいじゃない。掃除が苦手なら手伝ってあげるわ。男三人で強がらなくても、頼りなさいな」
ジェラルドの母が、息子の頭をごちんと殴った。
「……肉ばかり食わせるなと言ったろう、馬鹿息子」
「……すみません、おふくろ」
母親たちの言葉に、男たちは返す言葉もなかった。自分たちが「完璧な父親」「頼もしい大人」であろうとするあまり、一番身近な家族に甘えることを忘れていたのだ。
その夜。おばあちゃんたちが手際よく作った豪勢な家庭料理が、食卓に並んだ。
「わあーっ! おばあちゃんのお料理、すっごく美味しい!」
ステラとルチアが大喜びで頬張り、ミシェルがおばあちゃんの膝の上で嬉しそうに笑っている。
「……美味いな、母さんのスープ」
ダニエルがぽつりと呟くと、ジャネット母さんは満足そうに目を細めた。
「当たり前でしょう。……でもね、今日あなたたちが必死で掃除した部屋、悪くなかったわよ。少しは『父親の顔』になってきたじゃない」
ドタバタと説教の嵐が去った後、手伝いを終えたおばあちゃんたちは「また来週来るわね!」と笑顔で帰っていった。
嵐の後の静けさの中、疲れ果ててソファに倒れ込む三人。
「……助かった。泊まり込みだけは回避できた……」
「だがダニー、来週も来るって言ってたぞ……」
「……掃除のスキル、上げるか」
頭を抱えるダニエルと、顔を見合わせて苦笑するジョシュアとジェラルド。呆れつつも笑う娘たちの声に包まれながら、ごちゃまぜファミリーの夜は更けていくのだった。




