第2話:いかついハンターと、はじめての留守番
第2話:いかついハンターと、はじめての留守番
1
引越し翌日の夜。ダニエルとジョシュアは、買い出しと近所への挨拶回りのため、どうしても家を空けなければならなくなった。
「ジェラルド。子供たちを頼む。……絶対に火は使うな。変な魔獣の肉も与えるな。それと——」
「分かったから早く行け。……俺を誰だと思っている」
玄関先でしつこく注意項目を読み上げるダニエルを、ジェラルドは億劫そうに追い払った。
ドアが閉まり、静まり返るリビング。ジェラルドは巨大な体を折り曲げるようにしてソファに腰掛けた。その向かい側で、ルチア、ステラ、ミシェルの三姉妹が、ちょこんと並んで座っている。
「……」
「……」
気まずい沈黙。ジェラルドは子供と二人きり(正確には三人)になった経験など一度もない。外では「死神」と恐れられる男だ。どう接していいか分からず、腕組みをしたままフリーズしてしまう。
(……そうだ。仕事をすればいい)
ジェラルドは溜まりに溜まっていた「冒険者ギルドの書類仕事」を片付けることにした。彼は手下のハンター数名を家に呼びつけた。
やってきたのは、傷だらけの強面や、背丈の倍はある大斧を担いだ荒くれハンターたちだ。
「おいジェラルド、マジでこんな綺麗な家で事務仕事すんのかよ?」
「静かにしろ。子供が寝る」
ジェラルドの一言で、荒くれ者たちは一瞬で背筋を伸ばし、テーブルに書類や地図を広げ始めた。討伐部位の買い取り伝票、依頼の査定書、魔獣の生息分布図。
それまで遠巻きに見ていた七歳のステラが、興味津々でテーブルに身を乗り出した。
「ねえねえ、おじちゃん! これなーに? お絵かき?」
「バッ……お嬢ちゃん、これは危険な魔獣の討伐書で——」
ハンターが慌てて制しようとしたが、ジェラルドが短く言った。
「……ただのハンコ押しだ。やりたいか?」
「やりたい!」
こうして、奇妙な「内職作業」が始まった。ステラはジェラルドの膝の上にちょこんと乗り、ギルドの承認印を「ポン! ポン!」と楽しそうに書類に押していく。長女のルチアも最初は恐る恐るだったが、ハンターたちが持ち込んだ「魔獣の生息マップ」の鮮やかな色分けに興味を持ち、書類の分類を手伝い始めた。
「すげえぞお嬢ちゃん! 討伐部位の計算、俺より早いじゃねえか!」
「ルチアちゃん、天才じゃね!?」
荒くれハンターたちはすっかりデレデレになり、ルチアとステラを大絶賛。いつしかリビングは、大宴会ならぬ「大事務作業大会」と化し、娘たちの弾けるような歓声とハンターたちの笑い声で大盛り上がりとなっていた。
2
「——ただいま帰った。ジョシュア、明日からの食材はこれで……」
荷物を抱えて帰宅したダニエルは、玄関を開けた瞬間、絶句した。
リビングには、人相の悪い大男たちが溢れ返っている。テーブルの上には乱雑に積み上げられたギルドの書類。そして何より、妻の形見でもある大切なテーブルに、墨(ハンコ用の朱肉)がべったりと付き、ルチアとステラの手や服まで真っ黒になっていたのだ。
「……何をしている」
ダニエルの声が、氷点下まで下がった。シルバーフレームの眼鏡の奥で、瞳が鋭く光る。宮廷医師としての静かな、しかし圧倒的な威圧感が部屋を満たした。
一瞬で静まり返るリビング。荒くれハンターたちが「ひっ……!」と息をのむ。
「ジェラルド。これはどういうことだ。私が『子供たちを頼む』と言った意味が分からなかったのか? この者たちは誰だ。なぜ幼い娘たちにこんな危険な真似をさせている!?」
ダニエルの怒りは苛烈だった。自分の大切な娘たちが、ガサツな男たちに囲まれ、危険な事に巻き込まれたのではないかという恐怖と過保護ゆえの激昂。
ルチアとステラは、見たこともない父親の怖い顔に怯え、身体を硬くした。
「パパ、あのね、わたしがやりたいって……」
ステラが泣きそうになりながら弁明しようとした、その時だ。
「……俺だ」
ジェラルドが、ゆっくりと立ち上がった。その巨体で娘たちを庇うように、ダニエルの前に立ち塞がる。
「子供たちは関係ない。……俺が、手持ち無沙汰で連れ込んだ。楽しそうだったから、制止もしなかった。……全部、俺の責任だ」
普段は口数が少なく、自分の感情を表に出さない男だ。最初は子供たちを避け、どう扱えばいいか分からず逃げていたジェラルドが、自分の保身など一切考えず、真っ直ぐにダニエルの怒りを全身で受け止めたのだ。
「……お前たち、帰れ」
ジェラルドが部下たちに命じると、ハンターたちは逃げるように去っていった。
静まり返った室内で、二人のハーフエルフが睨み合う。
「……なぜ庇う」
ダニエルが低く尋ねた。
「庇っちゃいない。……お前が怒るのは当然だ。俺が、家族のルールってやつを分かってなかった」
ジェラルドは不器用に視線を逸らすと、床に膝をつき、ステラとルチアの目線に合わせた。
「……すまん。お前たちの父親に、怒らせちまった。汚れは俺が拭く」
3
深夜。子供たちがすっかり眠りについた後、台所でジョシュアが淹れた温かいハーブティーの湯気が立ち上っていた。
ダニエルは、テーブルの墨汚れを布で拭き取っているジェラルドの背中を見つめていた。汚れは綺麗に落ちていた。ジェラルドが不器用な手で、何時間もかけて磨いたのだ。
「……言い過ぎた」
ダニエルがぽつりと呟いた。
「子供たちが楽しそうにしていたのは、本当だったのだろう。……私は、妻を失ってから、あの子たちが笑うことすら忘れてしまわないか、ずっと不安だった。だから……過剰になってしまった」
ジェラルドは手を止め、振り向かずに言った。
「……ルチアは賢い。ステラは手が早い。ミシェルは……膝の上で寝た」
その言葉に、ダニエルは思わず目を見開いた。ジェラルドなりの、娘たちへの観察と愛情がそこに込められていたからだ。
「お前は良い父親だ、ダニー。……だが、一人で守る必要はない。俺も……あの子供たちの叔父だからな」
ジェラルドはそう言うと、残ったハーブティーを一気に飲み干し、自分の部屋へと歩き去っていった。
ジョシュアが隣で「言ったろ? あいつ、意外と親バカなんだよ」とニシシと笑う。
ダニエルは、手帳を開いた。そこには明日からの新しいスケジュールと、そして少しだけ広がった「家族」の枠組みが記されていた。




