第12話:カメラが捉えた、ありのままの家族
第12話:カメラが捉えた、ありのままの家族
「反響度! 過去最高の同調率ですよ、エルランド先生!!」
月曜日の朝。エルランド家のリビングに乗り込んできたのは、王都の魔導映像局『WN-TV』の敏腕演出技師、マルコだった。
昨今、魔導映像の普及に伴い放送局同士の競合が激化するなか、WN-TVは局の看板となる『王都の理想の家庭・密着ドキュメンタリー』という新番組を企画。その記念すべき第一弾のモデルとして、宮廷医師のダニエル率いるエルランド一家が抜擢されたのだ。
「お聞きください先生! 宮廷医師の威厳! 美形のハーフエルフ三人組! そして可愛い三姉妹! これぞ王民が求めている『最高級のエレガンス・ファミリー』です!」
「いや、我が家はそんな大層な家では——」
断ろうとするダニエルを余所に、演出技師の指示で記録用魔導鏡を持った撮影クルーがゾロゾロと上がり込んできた。
「さあ撮影開始です! 家族全員、私の指示通りに動いてください! 一流家庭の完璧な朝を演出しますよ!」
過剰なヤラセ指示が始まった。
「ダニエル先生は優雅にバイオリンを弾きながら朝の挨拶を! ジョシュアさんは王室風の高級スフレを焼きなさい! ジェラルドさんは貴族の如く上品にチェスを指すのです!」
「スフレ!? 俺の得意料理はホットケーキだぞ!?」
「……チェスなどやったことがない。組み手ならできる」
文句を言う大人たちをよそに、技師はステラとルチアにも「ほら、お嬢様らしくほほ笑んで『お父様、ごきげんよう』と言いなさい!」と指示を出す。
台本でガチガチに固められた『偽りの完璧な日常』。
リアルタイムで映像を送る映写魔導具が作動し、エルランド家の仮面劇がスタートしたのだった。
「全国の視聴者の皆様、ご覧ください! これぞ王都が誇る完璧な家族、エルランド家です!」
魔導鏡の向こうには、街頭の映写板を通じて何万人もの王民が見つめている。
バイオリンの弓をぎこちなく持つダニエル。
冷や汗を流しながら、見たこともない高級スフレを焼こうとするジョシュア。
貴族風の衣装を着せられ、チェス盤の前でカチンコチンに固まっているジェラルド。
(……アホらしい。こんなの我が家じゃない……!)
ダニエルが胃を痛めながら引きつった笑みを浮かべていた、その時だった。
「きゃああああっ! おじちゃん、大変ー!」
事故は、やっぱり起きた。
高級スフレを作ろうとしたジョシュアが、火力を調整する魔導コンロの魔力ダイヤルを過剰に回してしまったのだ。暴走した魔導コンロの魔法陣が過負荷を起こす。
ドカンッ!!
爆ぜた炎とともに、スフレの生地と黒煙が天井まで吹き飛んだ!
「ひぃっ!? 事故だ! 放送を切れ!」
技師が青ざめるが、リアルタイムの映写魔導具はバッチリとその瞬間を捉えて全国へ届けていた。
「なにやってんだジョシュア! 危険だろ!」
ジェラルドが思わず高級衣装を破り捨て、素手で飛んできた火種を叩き消す。
「だってスフレなんて焼いたことないんだもん! あーっ、ステラの絵本に生地が落ちたー!」
「あーっ! わたしのお絵かきがー!」
ステラが悲鳴をあげる。
さらにミシェルが「じぇしー! けむりこわーい!」とギャン泣きし、ジェラルドの足元に抱きついた。ルチアは必死で「ミシェル、大丈夫だよ!」にあやし、リビングは一瞬でいつもの大パニック・惨状と化したのである。
「あわわわ……大不祥事だ! 全国に醜態が流れてしまった!」
頭を抱えて泡を吹く演出技師。
鏡の向こうの視聴者も、さぞ呆れ返っているだろう——誰もがそう思った。
しかし、ダニエルは違った。
眼鏡の位置をサッと直すと、煙の上がるリビングの中心へと歩み出た。そして、作動している映写魔導具のレンズを真っ直ぐに見つめたのだ。
「撮影を止めないでください」
静かな、しかし力強いダニエルの声に、技師がハッと顔を上げた。
「全国の皆様。お見苦しいところをお見せしました。……ご覧の通り、我が家は『一流の完璧な家庭』などではありません」
ダニエルは照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「妻を亡くしたあの頃、私は『完璧な父親』にならなければと自分を追い詰めていました。ですが、そんなものはどこにも無かった。この家には、料理を爆発させるお調子者の技師がいます。言葉は足りないけれど、身体を張って家族を守る無骨なハンターがいます。そして、毎日泣いて、笑って、元気に育ってくれる最高の娘たちがいます」
ダニエルは泣いているミシェルを抱き上げ、ステラの頭を撫で、ルチアの肩を抱いた。
「完璧な家庭なんて、どこにも必要ありません。失敗して、喧嘩して、泥臭く散らかしながら……それでも最後は笑い合って抱きしめ合う。それが、私たちの『家族』です」
ダニエルの温かい言葉に、ジョシュアとジェラルドも顔を見合わせてニッと笑った。
「そうそう! スフレは失敗したけど、俺の焼くパンケーキは世界一うまいんだぞ!」
「……焦げた生地も、削れば食える」
「食えるか——っ!」
娘たちの弾けるような笑顔と大爆笑が、映写板いっぱいに広がった。
翌朝。
WN-TVの局長室は大騒ぎになっていた。
「演出技師! 昨日の生放送の同調率結果が出たぞ!」
「あ、やっぱり過去最低でしたか……責任を取って辞職の手続きを——」
「バカ者! 開局以来の過去最高同調率だ!!」
「えええええっ!?」
番組が放送された直後から、局には感動の投書と魔導郵便が大量に殺到したのだという。
『完璧な貴族の家なんて見たくなかった。あのごちゃまぜファミリーの温かさに泣けた!』
『うちも毎日子供が散らかして落ち込んでいたけど、あのパパの言葉に救われました』
『ジェシーおじちゃんの「削れば食える」で大爆笑した!』
全国の王民の心を掴んだのは、演出された偽りの姿ではなく、不器用で、泥臭くて、愛に溢れたエルランド一家の『ありのままの日常』だったのだ。
エルランド家のリビング。
「やあやあみんな! 映像局から『定期放送化してくれ』って大金の契約書が提示されたぞ!」
ジョシュアが羊皮紙を掲げて飛び込んでくる。
ダニエルはハーブティーを一口飲み、即座にそれを破り捨てた。
「断る。我が家は展示物じゃない」
「えーっ!? お金があれば高級なお肉がたくさん買えたのにー!」
ステラがブーブーと不満を漏らす。
「いいんだよ、ステラ。我が家はカメラがなくても、毎日が最高のドラマなんだからね」
ダニエルが微笑むと、ルチアとミシェルが「パパ、カッコいー!」と抱きついてきた。
カメラの回っていない、いつもの賑やかなリビング。
ハーフエルフの男三人組と小さな娘たちの『ありのまま』の笑い声が、今日も温かく響き渡っていたのだった。




