第13話:スポットライトの姉妹喧嘩
第13話:スポットライトの姉妹喧嘩
「……素晴らしい! まさに完璧な表現力だ!」
魔法学園の成果発表会。舞台の上で、見事な立ち振る舞いで主役のヒロインを演じきった長女のルチアに、客席から割れんばかりの拍手が送られていた。
客席の最前列で、涙ぐみながら拍手を送るダニエル。そして、隣で腕組みをしていたジェラルドの目には、怪しい情熱の炎が宿っていた。
「……ルチアのあの存在感、演者としての素晴らしい才能がある」
翌日。ジェラルドが持ち込んできたのは、王都で大人気の『サクサク魔導シリアル』の全国魔導広報映像への出演者を決める、大規模オーディションの応募用紙だった。
「ジェシー、ルチアは発表会で満足しているはずだ。大人の勝手な欲で押し付けるのは——」
慎重なダニエルを他所に、ルチア本人は乗り気だった。
「あたし、やってみたい! お芝居、すごく楽しかったもん!」
こうして、ジェラルド(自称・最高マネージャー)とジョシュア(衣装担当)を従え、ルチアは緊張感漂う選考会場へと乗り込んだ。もちろん、応援として次女のステラと三女のミシェルも一緒だ。
大勢のライバル子役たちが並ぶ中、ルチアの順番がやってきた。
ルチアは物怖じすることなく、日頃の練習成果を百パーセント発揮。プロ顔負けの完璧なセリフ回しと可憐な演技を見せつけ、審査員たちを「おお……!」と唸らせたのだった。
「完璧だ。合格は貰ったな」
ジェラルドが胸を張る。
しかし、審査の最後に現れたシリアル会社の社長(少し変わり者の貴族)の目が留まったのは、審査員の椅子のかたわらで、試供品のシリアルを口いっぱいに頬張ってボロボロこぼしながら「これ、すっごくおいしいー!」と無邪気に大爆笑していたステラだった。
社長はステラを指差し、歓声を上げた。
「素晴らしい! あのお嬢さんの演技は完璧だが、今回は幼い子どもが夢中で食べる商品だ! あの飾り気のない本能的な笑顔こそ、我が社が求めていたものだ! 合格者は……あの小さいお嬢さんだ!!」
「「「えぇぇぇっ!? 」」」
会場に、男たちの悲鳴が響き渡った。
「ステラちゃん、カメラに向かって『サクサク〜!』って言ってね!」
「サクサク〜〜〜!!」
数日後。撮影が始まり、ステラは一躍、街の『時の人』となった。
街頭の彩画掲示板にはステラの大きな笑顔が躍り、近所の人々からも「ステラちゃん、魔導鏡で見たわよ!」「可愛いわねぇ!」とちやほやされる日々。
一方で、不合格だったルチアの心は、暗い嫉妬と惨めさで塗りつぶされていた。
あんなに練習した自分は選ばれず、横でただシリアルを食べ散らかしていただけの妹が脚光を浴びている。
エルランド家のリビングには、未だかつてない冷戦が巻き起こっていた。
「ステラ、おもちゃ片付けなさいよ」
「えー、今からお稽古ごっこするからダメー!」
「調子に乗らないでよ! たまたま選ばれただけじゃない!」
「なによー! お姉ちゃんの下手くそー!」
「「フンッ!!」」
お互いに背を向け、口をきかないルチアとステラ。
かつてなく険悪な雰囲気に、ダニエルは胃薬を飲みながら頭を抱えていた。
「どうするんだ二人とも! ルチアのプライドは傷ついているし、ステラも意地を張っている! お前が安易にオーディションなんて受けるからだぞジェラルド!」
「……すまん。俺が浅はかだった」
Sランクハンターも、今回ばかりは猛省して頭を下げた。
だが、事態は思わぬ方向へ動く。
ステラの広報映像が、全国の映写魔導具で一斉放映される日。
映像局から特別に届いた記録用魔導鏡を、家族全員でリビングで観ることになった。気まずい雰囲気の中、ルチアも離れたソファの端で、膝を抱えて画面を睨みつけていた。
画面に映し出されたのは、色鮮やかなスタジオで、美味そうにシリアルを頬張るステラの姿だった。
『サクサク魔導シリアル! みんなも食べてね!』
元気いっぱいのステラ。しかし、その映像を見た瞬間、ルチアはハッと息をのんだ。
ステラが着ている衣装の胸元には、小さな、けれど丁寧な『星形の刺繍』が施されていたのだ。そして、ステラがカメラに向かってポーズを決めるたび、彼女の首元で揺れていたのは——
「あ……」
それは、ルチアが発表会の主役の時に使っていた、ルチア手作りの大切なリボンだった。
『お姉ちゃんみたいに、カッコよく映りたいの』
撮影の前夜、ステラがルチアの部屋のドアの隙間からこっそり覗き込み、憧れと緊張の眼差しでルチアの衣装を見つめていた姿を、ルチアは思い出していた。
ステラは、調子に乗っていたわけじゃない。
ずっと大好きで、お芝居の上手な『お姉ちゃん』に追いつきたくて、必死にルチアの真似をしてカメラの前に立っていたのだ。
「……あたし、バカだ……」
ルチアの目から、大きな涙がぽろぽろと零れ落ちた。
映像が終わり、魔導鏡の光が消えた静寂の中。
ステラがおずおずとルチアの方へ歩み寄ってきた。ちいさな手で、自分の胸のリボンをぎゅっと握りしめている。
「……お姉ちゃん。ごめんなさい」
ステラは泣きそうな顔で下を向いた。
「あたし……お料理もできないし、お芝居もヘタクソだから……お姉ちゃんみたいにカッコよくやりたかったの。お姉ちゃんのリボン借りて……ごめんなさい……」
「ステラ……!」
ルチアはソファから飛び降りると、ステラを強く強く抱きしめた。
「ごめんねステラ! あたしの方こそごめんね! ステラ、すごく可愛かったよ! 世界一可愛かった!」
「おねえちゃぁぁぁん!」
抱き合って声をあげて泣く二人の姉妹。
その様子を後ろで見守っていたダニエル、ジョシュア、ジェラルドの三人は、深く息を吐いて微笑み合った。
ジェラルドがそっとルチアの頭に手を置いた。
「ルチア。お前の演技力は、プロの審査員が全員満点をつけた。……今回の商品特性と合わなかっただけだ。自信を持て」
「ジェシーおじちゃん……」
「そうそう!」
ジョシュアがニシシと笑う。
「それにさ、広報映像の有名人になるより、我が家の『主役』でいる方がずっと多忙で楽しいぞ?」
「うん!」
ルチアは涙を拭いて、笑顔を取り戻した。
そこへ、三女のミシェルがサクサクシリアルの箱を抱えてトテトテと歩いてきた。
「みしぇるもー! たべるー!」
「こらミシェル、それは撮影用の試用品だぞ!」
ダニエルが焦るが、時すでに遅し。ミシェルは口いっぱいにシリアルを詰め込み、顔中を粉だらけにしていた。
「……うむ。次はミシェルをオムツの広報に出すか」
ジェラルドがボソリと言い放つ。
「出させません!!」
ダニエルの絶叫がリビングに響き渡り、ルチアとステラは大笑いした。
スポットライトの喧嘩は終わり、エルランド家にはいつもの、一番温かい光が満ちていたのだった。




