アクヤクーヌ・レイジョリオンはストーカー被害を受けている
プモによる転移魔法の魔法陣を踏みしめ、屋敷からテレポーテーションした私は、今夜もお忍びで城下町へとやってきた。
レイジョリオン家は王城の付近にある貴族エリアに居を構えている。そこからこの下町エリアは馬車を使ってもかなり距離がある。
そこをショートカット出来るのは、私だけの特権だ。
「相変わらずプモの魔法は便利やな、楽チンやわ〜」
「屋敷から抜け出すのも骨が折れるプモ、それに変身しても徒歩で此処までは時間も掛かるプモ〜」
プモの魔法は新月しか使えない。
なので新月の夜は魔法少女は基本的にお休みだが、どうしても出動しなくてはいけない場合は、姿くらましの魔法を使ってこっそりと屋敷を抜け出すしか無いのである。
「ホンマやで。若い身体とはいえ膝ガックガクなるわ」
「魔物の反応が有るプモ、早く倒しに行くプモ!」
噂によると、最近使われていない井戸から巨大なミミズが現れ人を引きずり込んでいるらしい。
どうやら街の酔っ払いや夜の仕事をしているオネーサンなどが引きずり込まれそうになり、這々の体で逃げ出したのだという。
「多分こないだ倒した地下水路のバケモンの残骸やんな」
「悪い魔力の残滓が、街に根付いているプモ」
「しっつこいなー、倒されたなら潔く消えんかい」
うへぇ、と舌を出して嫌そうな顔をしてみせる。おおよそ令嬢がしていい顔ではないが、誰も見てないからヨシとしよう。
こつ、こつ……と石畳を踏みしめるヒールの音だけがする。
夏の季節故か、夜でも風は生暖かい。
空気に混じって、生臭い匂いと共に魔力の気配も感じ取る。
――近くまで来ている。
「アクヤ、変身プモ!」
「よしきた! 行くで!」
胸に提げた宝石付きの金細工を手に、私は高らかに変身のための呪文を叫んだ。
「ルナティック・フェアリー……メタモルフォーゼ!」
月の光が金の粒子となり、体を包み込む。
変身時間は瞬きにも満たない。それが魔法少女『ルナティック・フェアリー』だ。
地面に降り立つと同時に地面が揺れる。勢いをつけて石畳を突き抜けてきたのは、悍ましい体液を纏わせた異臭放つ触手蟲であった。
私を取り囲むようにしてその数、六体。
「オイオイ、口上くらい言わせてくれや」
口らしき器官から消化液のような粘ついた液体を垂らし、うねうねと揺らめく様はお世辞にも見ていて気持ちのいいものではない。
温室育ちの令嬢なら、あまりの悍ましさに気を失ってるのではないだろうか?
ワームは私を上質な餌と認識したらしい。六体バラバラに襲いかかってきた。
「消化液に気をつけてプモ!」
「分かっとる!」
手にしたワンドで突っ込んでくる触手蟲を払い除け、時には軽く避けながら光弾を生成し、別の個体にぶつける。
「この感じだと何人かヤっちゃってるプモ」
「うへえ、マジか」
どの意味なのかは考えたくないが、それらは『人の味』を覚えてしまっている。
人の生命力をこのまま食らい続ければ、強力な魔物になってしまう。
「そうなる前にシバかせてもらうで!」
両脇から襲いかかってきた個体たちの攻撃を華麗に避け、カウンターとばかりに光弾を発射する。
触手蟲たちはしびれを切らしたようだ。六体同時に私めがけて突っ込んできた。
「――悪いけど、この話は全年齢向けでな。
お色気シーンは一切ナシや!!」
ワンドを構え、私は不敵に笑ってみせる。
三日月のような刃を具現化させ、くるりと舞うかのように優雅に一回転した。
「ルナ・サンクティア」
ワーム達がぶつ切りに切られ、崩れ落ちるのを目の端に入れながら私は片手を掲げる。
月の加護を受けた浄化の光が魔の者の残滓を清め、消滅させていった。
「――よし、掃除オシマイっと」
手をおろし、私は軽く肩を回す。
辺りは静寂に包まれており、既に魔物の気配は無い。
「お疲れ様プモ。無事終わって良かったプモ」
「ほんまや、危うくお嫁に行かれへんところやで」
「セルフレーディングに性的描写を入れてないんだから、ギリギリを攻めるような事はやめるプモ」
「いやー、すまんなぁウチが強すぎるせいでヒロインピンチが一切なくて!」
「大丈夫プモ! ルナティック・フェアリーのお色気シーンなんて誰も望んでないプモ!」
「おう、絞るぞ」
余裕が出来て、軽く肩をすくめながら冗談を飛ばしてみせれば、プモは可愛い笑顔で失礼なことを抜かしてくる。
長年の付き合いからか、こういった軽口も嫌いではない。
冗談はさておき、今日の仕事は簡単に終わりそうだ。
早く帰ろうと変身を解こうとした――。
「聖女様、下です!」
飛んできた焦燥感を含んだ声に、私は反射的に後ろへ飛び退く。
ちょうど私が立っていた所からワームが勢いを付けて飛び出してきた。
どうやら先程狩った奴らの遺した魔力の残滓に紛れ込むように地中に潜んで機を伺っていたようだ。
「ちっとは頭使うようやけどなぁ――ルナティック・プレス!」
手を翳し、呪文を唱えれば月の重力がワームを捕らえ、押さえつける。
動けなくなったワームを見下ろし、私は再び月の鎌を構えた。
「ほな、これで仕舞いや」
残党の魔力が散る。
不愉快な異臭も消え失せ、石畳に開けられた穴も魔法で修復し、魔物が暴れていた痕跡は綺麗さっぱり消し去った。
「……えーっと」
そこで私は初めて路地裏……声がした方へと顔を向ける。
そこには興奮したようにノーパソもどきにカタカタと何かを打ち込む我が国の第二王子様が居た。
「さすが聖女様! 奇襲への対処も完璧です!」
「はは……、そりゃどうも……」
「先程の呪文は妨害魔法の『重力束縛ルーンプレス』に似ていますね! 聖女様オリジナルの呪文詠唱にアレンジされることで効果を増幅しているみたいですがこれも月の妖精の加護を受けているからなのでしょうか! 展開される魔法陣にも月の意匠が有るのがとても興味深いです!」
「君、いつ見ても元気やな……」
「はい、身体は資本ですから!」
分厚い眼鏡を怪しく輝かせ、早口気味に紡がれる言葉の数々に私はひくりと口端を上げる。
私の扱う魔法の考察をしながらノーパソもどきを打つギイ殿下は、学園に居る時よりも断然輝いている。
私の隣で浮いているプモが、そっと私の後ろに隠れながら耳元で囁く。
「……この王子様最近よく見るプモ、なんなんだプモ?」
「本人は魔法の研究言うとるなあ……」
「ルナティック・フェアリーが現れるところに毎回駆け付けてくるプモ、ちょっと怖いプモ」
『この姿ルナティック・フェアリー』の時にギイ殿下に出会うのは実は初めてではない。
地下水路に根付いていたワームの親玉をしばきに行った時にも居た。
居たというか、ワームに囚われてこれからお食事……といったところを助け出したのだ。
危うく、一国の王子が色んな意味でえらい事になる所だった。本来なら表彰されてもいいレベルだろう。
どうやら城を抜け出し、魔力反応がある場所に赴いているようだ。
そして私が知らない間に戦っているところを観賞し、興奮気味に帰っていく。
よく言えばファンボーイ、悪く言えばストーカーといったところであろうか。
今のところ変身シーンなんかは見られていないようだが、ボロを出して正体が露見しないかこちらはヒヤヒヤものだ。
「あの、ギイ殿下……あんま出歩いてると本当に危ないで」
「大丈夫です、逃げ足だけは速いので!」
「いや二度も私が助けてるやないですか、私が居なかったら死んどりますよマジで」
「お陰様で研究が進んでおります!」
暖簾に腕押しとはこの事だ。
研究に命捧げています! とばかりにフンスと鼻息荒くドヤ顔するギイ殿下に私はため息をついた。
お肌のゴールデンタイムは刻一刻と迫っている。魔法オタクの談義には付き合ってられないのだ。
「ほな、ウチはこれで」
「あ、もう少しお話しませんか!? 月妖精の魔法は事例が少ないので色々とお聞きしたいことが」
「悪いけど、お肌のために九時には寝ることにしとるんや。 ほなさいなら!」
プモのお尻をポンと叩けば、足元に銀色に輝く月の意匠が散りばめられた魔法陣が展開される。
「嗚呼っ『瞬間移動テレポテーション』の魔法陣もアレンジが加えられているのですねっ、興味深い――ではなくて聖女様っ、せめてお名前を」
魔法陣の光を受けつつ、私は一つだけ訂正を求める。
「――ウチは聖女なんて大それたものやないよ、ルナティック・フェアリーって呼んで」
小さく微笑んで見せれば、彼が息を呑む音が聞こえた。
その言葉を最後に眼前からギイ殿下の顔が消える。
一度瞬きをすれば、そこは見慣れた私室であった。
「……疲れた」
誰も居ないことを確認してから変身を解き、私はベッドにそのまま倒れ込んだ。
「厄介な事になったなぁ」
「付き纏いは初めてプモねえ」
これまでも『ルナティック・フェアリー』の厄介ファンは居たが、此処までしつこいのは初めてだ。
「記憶をクシャポイするプモ?」
「それは最終手段にしよ?」
月の魔法には人の狂気を操り、記憶を混濁させる事もできるものもある。ただ、それは人の狂気を増幅させることになり、その後の人生にも影響が出るだろう。
何より、単純に魔法少女らしくない。だから私は生前を含めてその呪文を使ったことは無かった。
「取り敢えず寝るわ……お肌のゴールデンタイム逃してまう……」
「……おやすみプモ」
プモが労わるように、私の背中に薄手の毛布を掛けてくれる。
ウザい事も多いが、基本的には良いやつなのだ。
脳裏にギイ殿下の嬉しそうな笑顔が浮かぶ。
キラキラとした、それこそ魔法少女として守りたい笑顔だ。
(まあ、夢を取り上げるようなことはしたくないなあ)
そう考えながら、私は眠りについたのであった。




