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アクヤクーヌ・レイジョリオンは大ピンチである①

 現代日本の蒸し暑さに比べればマシではあった夏の月が終わり、気づけば秋の月に入っていた。


 結局、ギイ王子との奇妙な関係は変わっていない。日中はクラスメイトとして差し障りのない会話をし、月の出る夜は魔法少女とそのファンとして会話を交わしている。


 今のところルナティック・フェアリーの正体が私だという結論には至っていないらしい。ただ、私にルナティック・フェアリーの話を振ってきたり、何かを見定めるように私の顔を見ていたりと正直気が気じゃない。


 「月夜の聖女様、今度はフェルマータ子爵邸の近くに出没した魔物を倒されたそうですよ。 子爵夫人があわや襲われそうになったところをお助けになったのだとか、素敵ですねえ……」


 「素敵ですの……」


 今は放課後、いつものアフタヌーンティータイムだ。


 秋の月に入り、焼き菓子やスイーツなども芋や栗、梨に似たフルーツのものへと変わった。柑橘も好きだが、秋の美味もミルクティーによく合って美味だ。


 向かい側のニ人掛けのソファには双子のトリマーキ姉妹が座っており、『月夜の聖女』の活躍を語りながらうっとりとした顔でタルトをつついている。


 「まあ……相変わらず凄い人気ですね、月夜の聖女様は」


 「何処の家の令嬢なのか、教会と魔法研究所が調べているみたいですよ。 今のところは成果なしみたいですけど……」


 「気になりますの〜」


 「不思議な御方ですね、だからこそ魅力的なのでしょう」


 お喋りなバレンシアと、姉の言葉の一部を反芻しながら同意を示すシチリアを相手に穏やかに微笑みながら頷く。


 (そりゃ数百年ぶりに妖精使いが現れたとなると、教会と魔法研究所が黙ってへんか……)


 教会は妖精使いが現れると『聖女』として保護し、平和の象徴として祀っている。まあそこら辺は表向きで、要はその力を管理下に置きたいのであろう。


 そして、妖精と魔法が御伽噺と化して科学が台頭してきた最中に、魔法を研究している研究所は魔法の復活の手がかりとしてルナティック・フェアリーを追っているのだという。


 確かに魔法と科学どちらも使えたら便利なのだろうが……ちょっと欲張りすぎな気もする。というのが私の見解だ。


 下段のハムとキュウリのサンドイッチと、カボチャとチーズのミニキッシュを食べ終え、中段にどっしりと構えているメープルメロンのスコーンを皿に移す。


 ミルクティーを一口飲んだ所で、話題は移り変わった。


 「――そう言えば、アクヤクーヌ様はあのテディ・ブライアン嬢のお話はご存知ですか?」


 「ご存知ですの?」


 バレンシアとシチリアの顔が、少しだけ不愉快そうに顰められる。


 「ええ、存じています。 複数の殿方に装飾品を贈られたのよね?」


 「そうです! あの女信じられませんわ……なんて破廉恥な!」


 「破廉恥ですの」


 最近、テディ・ブライアンが攻略対象達に金で出来た装飾品をプレゼントしたのだ。


 ハットピンやイヤーカフ、ネクタイピンなどの良くある代物だが、この世界の貴族の間では、未婚の令嬢が金で出来たアクセサリーを未婚の令息に贈るのは愛の告白や求愛への色良い返事とされている。


 それを、テディ・ブライアンが複数の令息や教師に行ったのだ。貴族の、とりわけ若い令嬢からはどう思われているかは想像に難くない。


 「しかも、ダンカン殿下には揃いの黄金のネックレスを贈られたのだとか。殿下には婚約者がいらっしゃるのになんて厚顔無恥な行いなのでしょう!」


 「破廉恥ですの!」


 テディは平民の出であるが、貴族達が通うこの学園では『知らなかった』で済まされないことだ。



 「……まあ、元々天真爛漫な御方でしたので、型に嵌まらないおつもりなのでしょう」


 トリマーキ子爵令嬢達が怒るのも無理はない。


 ただ、私の懸念はそこではなかった。


 (ハーレムルートの布石を着々と積み上げとるな)


 ゲーム内には主人公テディだけが利用できる店があり、そこで買い物が出来る。


 売ってあるのはパラメーターを上げるものだったり、体力やストレスを回復するものだったりするものもあるが、よく利用するのは攻略キャラへのプレゼントアイテムだろう。


 中でも各キャラクターに用意された『フェアリープロミス・ピンクゴールド』から始まるシリーズは妖精の加護を受けた特別なもので、好感度が高いキャラにしか渡せない代物で、渡すと特別なイベントが起きたりするのだ。


 (ハーレムルートにはこれを『攻略対象全員に渡す』のが絶対条件やねんけど……)


 ハーレムルート攻略の難点は、一重に資金繰りにあるだろう。


 この『フェアリープロミス・ピンクゴールド』シリーズはかなり値段が張るのだ。


 故に、他のアイテムを購入する余裕はほとんど無くなり、アイテムに頼った好感度アップは望めなくなる。


 更にアイテム購入には勿論通貨がいる。これは攻略対象の教師の元や魔法研究所でアルバイトをしたり、魔物の討伐をすることで手に入れられるが、スケジュールもかなりタイトになってくるのだ。


 いやー、攻略クッソ面倒くさかったな……と思い返した後、私はテディがゼルハルトやフィービー王子とイチャつきながら普通にプレゼントを渡していた姿を思い出していた。


 本来なら、他のアイテムを買っている余裕など無いはずなのだ。


 (もしかして、俗に言うチートっつうやつか?)


 思い至るのは勿論『そこ(チート)』だ。テディが私と同じ転生者なら、そんな恩恵を受けていてもおかしくは無い。


 「あら、噂をすれば……今度はオーレサーマ伯爵令息と一緒ですわ。アクヤクーヌ様というものが居ながら、なんて恥知らずな」


 「破廉恥ですのっ」


 大食堂に入ってきたのはゼルハルトとテディであった。腕を組み、まるでカップルのようだ。


 さしずめデートといったところか。注文を取った二人は楽しげに何かを話しながら、私たちから少し離れた席へと座る。


 バレンシアが不愉快そうに顔を顰め、シチリアはそれに倣うように頬を膨らませる。


 ゼルハルト達は私には気がついてないようだが、周りは少し前から私がこの場に居ることを知っているため、少しずつざわつき始めた。


 好奇と侮蔑の目など知って知らずか、二人掛けソファに横並びに座ったゼルハルトに、テディが猫なで声で話し掛ける。


 「ゼルハルト様ぁ、今日はプレゼントが有るんですぅ」


 「何だ? この間貰ったプレゼントは有り難く使わせて貰っているが……」


 どうやらプレゼントによるアタックもしているようだ。その金は一体何処から出ているのであろうか?


 本来のテディなら出さないであろう媚びたメスの顔で微笑みながら、テディは何処から取り出したのか、小さな箱を差し出した。


 「お揃いのリングですぅ、私だと思って付けて欲しいなぁ……♡」


 細い指が箱を開けると、シンプルながらも小さな宝石があしらわれた、ピンクゴールドの揃いの指輪が鎮座している。


 途端に、周りのざわめきが大きくなった。


 「婚約者のいる男に金の装飾品……しかも指輪を?」


 「何を考えていらっしゃるのかしら……」


 「ブライアンさん、この間他の殿方にもお渡ししてましたよね……」


 「さすがにレイジョリオン伯爵令嬢が気の毒だわ……」


 周りの令嬢達の視線が痛い。


 場合によっては軽蔑よりも同情の方が辛いこともあることを知った。


 しかし、当事者には周りの事などどうでも良いようだ。


 ゼルハルトはリングを見ると、ぱぁと顔を綻ばせて嬉しそうにテディに礼を言った。


 「まるでテディのような愛らしいリングだ。剣を握るのに邪魔にならないようシンプルなデザインを選んでくれたのだな」


 「はい♡ 私とお揃いで付けてくれますかぁ……?」


 「勿論だ! お前の気持ち、しっかり受け取ったよ」


 「ゼルハルト様、嬉しいですぅ」


 うるうると瞳を潤ませて微笑むテディ。


 二人は見つめ合い、互いの指輪をそっと取り上げる。


 ――まさか、此処で付ける気か?


 まさかそんな……と思わず口に出した所で、ゲームでも二人で揃いの指輪をつけて微笑み合うスチルがあったと思い返し、心中で頭を抱える。


 確かどちらも薬指だったような気がする。いくら何でも婚約者わたしの見てる前で勇気がありすぎるだろう。


 ゲームの中ではロマンチックな演出とヒロインに感情移入して何も感じなかったが、この世界の住人として見ると非常識極まりないことがよく分かった。


 「アクヤクーヌ様、私止めてきますわ!」


 「止めてきますの!」


 義憤に駆られたトリマーキ姉妹が立ち上がろうとする。友達想いなのはとても有り難いが、話が変な方向に逸れそうだ。


 「お待ちになって……これは私の問題です、自分で行きますわ」


 「アクヤクーヌ様……」


 双子達を片手でそっと制し、重い腰を上げる。


 ハーレムルートに別に思い入れはないが、此処で婚約者が何も言わないのもおかしいだろう。


 心配そうな双子ににこりと微笑みかけてから、私は背筋を伸ばし、あくまで淑やかに二人の所へと向かう。


 「ごきげんよう、素敵な指輪ね」


 互いの薬指に指輪が触れ合う、その直前。


 私は優雅に微笑みをたたえながら、婚約者と浮気相手(ヒロイン)の真横に立つと、小首を傾げてみせた。

◆◆◆

明日に続きます!

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