アクヤクーヌ・レイジョリオンは日常に戻る
季節は巡り、春の月となった。
卒業パーティーの騒動はようやく落ち着きを見せ、私は最高学年へと進級した。
「最近出来た仕立て屋のデザインがとても斬新で素敵なんですって!
ミニ・スカァトといって、ドレスの裾が膝よりも短い作りでお洒落に敏感なハーイセンス伯爵令嬢が既に何着もドレスを作らせてるんだとか!」
「すごいですの!」
「まあ……それは、勇気の要ることをなさいますのね」
あのパーティーで婚約破棄された私であったが、特に大きな日常の変化は無かった。
あの状況を見れば、どちらに非があるかは明らかであろう。
『傷物にされた令嬢』だと、心無い生徒から心無い噂を立てられることもあるが、にこやかに無視してしまえばどうということはない。
大人しく連行されるテディを見送った後、私はフィービー王子やパーティーになだれ込んできた貴族たちの賞賛混じりの追求から逃れるため、さっさと転移魔法でパーティー会場を後にした。
今でもルナティック・フェアリーの正体を探る動きが有るようだが、今のところは謎の聖女として若い令嬢たちがミニスカートをファッションに取り入れているなど、何故か人気を博しているようだ。
嫁入り前の令嬢が脚を出すのは……と顔を顰める者も居るが、令嬢たちは軽やかな新しいファッションに興味深々である。
――まあ、注目されるのはちょっと恥ずかしいような。
ともあれ、何時も通りのアフタヌーンティーの時間が過ごせることは喜ばしい。
春の月のアフタヌーンティーはストロベリーやローズを使ったスイーツがふんだんに使われる。
いちごのマカロンを摘みつつ、私はトリマーキ姉妹の噂話に耳を傾けていた。
「フィービー殿下も王太子となられましたし、この国は安泰ですわね」
「安泰ですの!」
この国の第一王子であるフィービーは、どうやらテディが王族貴族の令息相手に魔法のアイテムを乱用している事を疑い、秘密裏に探っていたようだ。
自身も何度かアイテムの魔力に心奪われそうになりながらも、ギイ王子や婚約者の令嬢に支えられながらテディの相手をしていたらしい。
そして、『ピンクゴールドシリーズ』の一つを入手し、弟であるギイ王子に鑑定を掛けてもらった結果、魔力反応が有ったことから確信を持ったのだという。
つまり、遅かれ早かれテディは破滅していた可能性があったのだ。チート能力も考えものかもしれない。
フィービー王子はあの後、正式に王太子の座を与えられ、次期国王として政治に携わるようになったらしい。
共に支え合い、王太子妃として迎えた令嬢とも仲睦まじく、世継ぎの誕生も直ぐではないかと言われている。
「そういえば、貴女達も卒業後はピオーネ伯爵とデラウェア伯爵のご子息と結婚するのでしたね」
トリマーキ姉妹は、二人とも卒業後に結婚を約束されている殿方がいる。
片方は実直な騎士、もう片方は温厚な文官で親友としても二人を安心して任せられる。
「そうなんですの……家のためとは分かっているのですが、シチリアとバラバラに暮らすだなんて想像も付かなくて」
「お姉様が居ないと寂しいですの〜……」
産まれてからここまでずっと一緒だった双子だが、卒業後はそれぞれの道を歩き始める。
「お二人の絆や関係性が変わるわけではないのですから、前向きに考えてみましょう?」
「はい、アクヤクーヌ様……」
「はいですの……」
きっと不安だろうが、頑張ってほしいものだ。
「アクヤクーヌ様こそ、これからどうされるおつもりなのですか?」
「ですの?」
ゼルハルト・オーレサーマ伯爵令息とは正式に婚約の破棄が受理された。
先方は渋ったようだが、怒り心頭の父が有無を言わさなかった。まあ言い出したのはそちらの息子なのだから、お望み通りにしてあげるのが筋だろう。
『レイジョリオン伯爵令嬢には本当に申し訳ない事をしたと思っている、すまなかった』
妖精のアイテムの夢から覚めたのであろう、私への謝罪にやってきたゼルハルトの顔は憑き物が落ちたように穏やかなものだった。
こちらとしては、名誉の回復と婚約破棄分の慰謝料を貰えればそれで良かったため、彼の事は許すことにした。
ゼルハルトは、オーレサーマ伯爵から廃嫡を言い渡された。
そして、卒業後はトアールランドの国境を守るクソツーヨ辺境伯の元に配属され、その令嬢と結婚して婿入りすることになった。
八つほど年上の令嬢だそうだが、父親の決定に逆らうこともなく、ゼルハルトは受け入れたそうだ。
まさに、ゲームでもゼルハルトルートのバッドエンドではこのような終わり方をするが、失意のうち……ではないだけ、まだ希望は残っているかもしれない。
「私は……そうね、王宮の女官にでも志望しようかしら」
「アクヤクーヌ様は優秀ですから、王宮に仕えるのも夢ではないですわね!」
「ですの!」
温かなアッサムのミルクティーを一口、音もなく啜る。
そうして思い返すのは、――テディ・ブライアンの事だった。




