アクヤクーヌ・レイジョリオンは最後の戦いに挑む
「――何がどうなってるのよ……」
地を這うような低い女の声に、私は声の下方向への振り返る。
そこには、気絶から目覚めたテディが青ざめた顔で辺りを見渡していた。
可愛らしいドレスや綺麗に整えられたピンクブラウンの髪は異臭放つ魔物の体液に塗れ、見るも無残だ。
「魔物は……? なんで、鐘が鳴ってるのよ……!」
訳が分からない、とばかりにバリバリと髪を掻きむしった後、ピンクブラウンの瞳がギョロリとこちらを向いた。
「何よ……あんた、誰よ!」
「何って、魔法少女やけど」
「そんなの知らないわよ! なによ魔法少女ってバカなの!? 世界観と全く合ってないわよ!!」
ぐうの音も出ない正論だ。
キンキンとした金切り声に軽く耳を塞ぎつつ私は興奮気味にこちらへ向かってくるテディに向き直った。
「ルナティック・フェアリー……」
「大丈夫、ウチに任せて」
安堵していた空気が不穏な気配にざわつく。
ギイ王子が私を庇おうとしたが、気持ちだけ頂戴した。
「魔物はウチが倒したし王国の危機も救うた、ついでに鐘も鳴らしたから世界平和でも願っといたとこや」
「訳わかんないんだけど!? 本当なら私がそうする所なのに何横取りしてんのよ!」
「自分思い切り丸飲みされてたやん」
「ルナティック・フェアリーが助けなかったらズルグチャにされてたプモ」
横で生々しい茶々を入れるプモの頭を軽く叩きつつ、私は続ける。
「アンタが食われそうになってたから助けたんや、ただそれだけやのに、まさか怒られるとはな」
「うるさい! アンタ、ゲームに居なかったじゃない! こんなのバグみたいなものよ、どうなってんのよ!」
いや、『バグ』なのはお互い様だろうが。
テディが怒りに満ちた顔で吠える。
憤怒に満ちたピンクブラウンの瞳は最早狂気すら孕んでいるように思えた。
「ここは私が主人公の世界なの! やっと私が主役になれたのに、私の思い通りに動かなきゃならないのになんて事してくれてんのよ!」
目尻に涙を溜めてギャンギャンと吠える。
こんなに感情を露わにして、多分自分よりももっと若いお嬢さんなのだろうなと推測出来た。
「これは私の物語なの! 私がヒロインなの!
話に存在していないチートキャラが、デカい顔しないでよ!!」
だからこそ、気に食わなかった。
私は静かに片手を振り上げる。
そのまま力いっぱい、その柔らかい頬めがけてフルスイングした。
「――っ!?」
中々痛そうな音が室内に響く。
息を呑む音が後ろから聞こえたが、気付かなかったふりをする。
しんと静まりかえる中、テディは呆然とした様子で頬を押さえた。
「此処はトアールランド王国や。
王子二人も、騎士達も、城に居る面々も城外の一般人も皆今を生きてる『主人公』や!」
頬をぶった手がジンジン痛む。
こんな若い女の子に手を挙げるなんて前世でもやったことがない、申し訳なさもあるが勢いのまま私は一歩前へと出る。
「それを自分の都合のいいように歪めて、人の心を弄んで、自分の都合がいかんようなったら癇癪起こして挙げ句セーブ&ロードで逃げるだぁ? 甘ったれるのも大概にせぇよ!?」
「何よ! 私は主人公〈テディ〉なのよ!?
妖精の加護があるの、その恩恵を受けて何が悪いのよ!」
「それが、やりすぎなんじゃ!」
頬を押さえたまま、それでも言い返すテディの前に、プモがふわりと進み出る。
「妖精のアイテムは時に人間に悪影響を与えることもあるプモ。
人を心を強制的に変えたり、時間すら干渉する強い効果の有るものだってあるプモ」
プモにしては落ち着き払った声音だ。
テディが訝しげにプモを見下ろす。
「な、なによ……ゲームでは普通に使えたし、使えるなら使ったほうが便利じゃない」
「使用者も例外じゃないプモ、特に時を行き来できる時計は対価としてその人間の才能や運命や寿命を奪っちゃうプモ」
「才能って……まさか」
そこで、テディは青ざめて己の口元に手を当てる。
私もまた、軽く頷くと言葉を続けた。
「アンタ、妖精の姿がもう見えてないんとちゃうか?」
「っ……恋愛ルートに行ったら妖精は見えなくなるもの、今回もそうなんだって思ってたのよ!」
実は、プモ以外にも妖精は居る。
人の目には映らないが、今も気ままに暮らしているのだ。
妖精は、普通の人間には見えない。
例外はプモくらいだろうか。プモは私の魔力を貰い実体化しているため、人の目にも留まるのだ。
テディは妖精の姿や声を朧気ながら捉える事ができる純粋な少女だ。
しかし、恋を知りそれを優先することで、鐘を鳴らした後は力を失うかのように妖精の姿が見えなくなってしまうのだ。
「魔法のアイテムにノーリスクなものはないプモ、正直命まで取られなくてラッキーだったプモ」
「し、知らなかったの……こんなことになるなんて、思ってもいなかったの」
どうやら時計を乱発して使った代償として妖精を見る才を失ったようだ。
「そんな……妖精が見えなくなったら私困る、困るわ……!」
「男漁りのためにアイテムを悪用したツケプモ」
「そんなんじゃないわよ!」
「キミにそのつもりはなくても、周りからはそう見えるプモ」
実体化しているプモの声は当然、周りにも聞こえている。
テディが『異性の心を奪うため、危険な魔法のアイテムを乱用して妖精を見る才を失った女』ということは、既に知れ渡ってしまっていた。
「私はただ、あの人に会いたいだけなのに!
逆ハールートをクリアしたらあの人に会える、だからフィービー王子やゼルハルトに近付いただけなのに! どうしてこうなるのよ!」
ああ、言ってしまった。
近くで聞いていたゼルハルトが、息を呑むのを横目で見ながら私は彼女の幼さに呆れるばかりだ。
肩を震わせてグスグスと啜り泣くテディは、まさに悲劇のヒロインのように可憐で哀れだ。
それでも手心を加えるつもりはない、私は悲劇に酔いしれるヒロインに力一杯叫んだ。
「自分の人生をシナリオなんぞに任せるなや!
ソイツに会いたいんやろ!? それなら変なアイテムに頼らんと、自分の足で会いに行けばよかったんや!」
「だっ、だってぇ……ぐすっ、逆ハールートをクリアしないと」
「その理屈から間違ってるんや、此処はゲームやない、現実なんや。 夢が目標が有るなら自分の足で行動起こさんと何も起きんやろうが!」
ピンクブラウンの潤んだ瞳が、私を見る。
帰り道がわからなくなって途方に暮れた幼子のような目だ。
「アンタはただのテディ・ブライアンや、ヒロインなんかやない!」
「……っ!」
「だから、何者にでもなれるし何だってできる! どうしてもソイツに会いたいなら、待つんじゃなくて自分から会いに行け!」
ボロボロと大粒の涙が溢れる。
ヘナヘナと崩れ落ちたテディが、せきを切ったように泣き始めた。
「……彼女を別室へ連れて行け、色々と聞きたいことが有るからな」
暫く様子を見ていたフィービー王子が、静かな声で兵に命を下す。
彼女は先程『魔法のアイテムでゼルハルトやフィービーに近付いた』と自白していた。
引いては、『魔法の力により王族や貴族の心を掌握し、牛耳ろうとしていた』と見なされてもおかしくはなかった。
「……テディは、どうなるプモ?」
多分、何らかの罪には問われるだろう。
もしかしたら重い罰を負わされるかもしれない。
「そこは、彼女の『運命』が奪われてないことを祈るしかないなぁ」
それでも、彼女の肩にそっと寄り添い涙を流す、ネコの姿をした太陽の妖精の姿があるのを見る限り、彼女の本当の願いはまだ潰えていないような、そんな気がした。
あと3話で完結です。
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