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アクヤクーヌ・レイジョリオンはあの鐘を鳴らす②

――満ちゆく、欠けゆく、愛しくも孤高の月よ。


 開いた唇で紡ぐのは、この世界に昔より存在する妖精の言葉だ。

 歌うように伸びやかなこの詩〈しらべ〉は、 月の妖精に語りかける言葉だ。


 ――紡ぐは月の光、紡ぐは乙女の祈り、安寧と狂気を司る月の精よ、我が声に耳を傾け給え


 体内の魔力が巡り、練り上げられていく。

 頭がトランス状態に入り、周りの姿も朧げだ。


 遠くで、何かが薙ぐ音と鋭い剣の打ち合う音が聞こえる。

 傍らのプモが、うっとりとした顔で私の声を聞き入っている。


 月の妖精が気に入ってくれているのだ、きっと他の妖精も気に入ってくれると信じたい。


 詠唱は着々と進められ、あと少しで術式が完成しそうだ。

 そこまで来て、私は魔力が底をつきかけていることに心の中で舌打ちした。


 (やっぱり足りんか!)


 先程まで調子に乗ってローパーの触肢を切り刻みまくった事を今更ながら悔やむ。


 前世でも魔力切れを起こしてピンチになった際、近所の神社に奉られていた霊験あらたかな水晶に魔力が豊富に含まれていたため、それで魔力を補給してラスボスに打ち勝った。


 我ながら危ない綱渡りをしたと思うが、世界の平和は守れたのだから結果オーライなのだ。


 (……まあそんな都合の良いことが二度も起きないわな)


 魔力が補給できそうなものが無いならば、あとは自らの命を削って術式を完成させるしかない。


 妖精の使う高位魔法だ。一年や2年ほどの寿命で済むわけがなく、命をおとす可能性もあり得るだろう。


 「……もしかしたら、それが私がこの世界に転生した理由かもしれへんなあ」


 私を庇いながら戦ってくれるフィービー王子たちも、限界がきていた。

 私がやらなければ、トアールランド王国が危険にさらされてしまう。


 「アクヤ……?」


 こちらを見上げるプモの純粋な瞳に笑いかけ、私は自らの命と対価に術式を完成させようと声をあげようとした。


 その刹那。


 「お待たせしました、ルナティック・フェアリー!」


 大広間の扉が勢い良く開いた。

 扉の向こうには滝のような汗をかきつつ、ぜえはあと肩で息をするギイ王子が立っていた。


 赤のビロードに包まれた『何か』を大事に抱え、彼は生まれたての子鹿のような震える足でよろよろと私に近付く。


 「よくやった、ギイ」


 「は、はい……兄上」


 ギイ王子に襲い掛かる触手を、フィービー王子が一閃する。こちらも肩で息をしながら、彼を労うように頭を一つ叩いた。


 なんとか私のところまでやってきたギイ王子は、抱えていた包みを開く。


 「る、ルナティック・フェアリー、これを使ってください」


 そこには、まばゆい光を放つ優美な金のティアラが座していた。

 美しい宝石が嵌め込まれたそれは、ただのアクセサリーではなさそうだ。


 「これ……魔力が込められてるんか?」


 光の当たり具合によって七色の輝きを放つ大小の宝石は、芳醇な魔力が含まれているのがわかる。


 「はいっ、かつて我が国に妃として迎え入れられた『聖女』に、妖精たちが祝福として贈ったものと言われています。

 まあ、トアールランドの宝ですね!」


 ――いや、「宝ですね!」ではないやろがい。


 ギイ王子は軽く言ってくれたが、このティアラは言わば国宝だ。


 「先程の私と貴女の会話をギイに聞かせた。

 賢い弟なら、このティアラに思い至ってくれると思ってな」


 「……ちなみに、聞かせたっちゅーのは、どうやってしたん?」


 なんか嫌な予感がしつつ、質問してみる。


 「私たち兄弟は、ギイが作成した小型通信機で常時連絡を取り合っている」


 「ほーん」


 「ちなみに先のゼルハルトとブライアン嬢との諍いも、ギイが教えてくれた」


 「なーるほど、もう何でもアリっすね」


 「確かに私の弟は優秀だから、何でも出来るだろうな」


 「もう、兄上ってば……」


 「なんやこのハイスペ兄弟」


 元々ストーカー気質だと思っていたが、まさか通信機まで作れるとは思わなかった。


 自分のことのように嬉しそうな顔で語るフィービー王子と、頬に手を当て顔を赤らめながら恥じらうギイ王子を見て、私は軽くため息をついた。


仲いいな、自分ら。


 「……ええの?

 魔力を使ったら、曇ってしまうで」


 蓄積されている魔力を引き出したら、石は輝きを失う。

 トアールランドの国宝が一つ、失われるだろう。


 ギイ王子はフィービー王子と顔を見合わせた後、穏やかに微笑む。


 「この国と民を守るためなら、これくらい安いものです」


 そうして、ギイ王子は私の頭に、美しく輝くティアラを恭しく乗せた。


 「お願いします、ルナティック・フェアリー。


 トアールランドの危機を、救ってください」


 身体に、力がみなぎっていく。


 それはティアラに付いている宝石の力ではない。

 私は今、ファン一号〈ギイ〉からの強い声援に、心を奮わせているのだ。


 彼だけではない、その後ろには守るべき者たちが沢山いる。


 「……わかった、やったるで!」


 ここで決めなきゃ、女が廃る!


 私は再びワンドを構え、詠唱を再開する。

 ティアラに込められた魔力が体内に流れ込み、大きな力となり術式に練り上げられていく。


 私の周りでは、フィービー王子やゼルハルト達騎士団たちが、最後の力を振り絞りローパーの魔の手から私を守ってくれている。


 真横に立つギイ王子と目が合えば、どちらとも無く頷きあった。


 ――満ちる満月よ、我が声に応え力を貸し給え!


 術式が完成する。膝を折った騎士達を通り過ぎこちらへと伸びゆく触肢が、スローモーションに見えた。


 「これで仕舞いや!

 ――ルナ・インフィニティ・リジェネーション!!」


 足元に金色の魔法陣が広がる。


 妖精文字で書かれたそれは、私の立つ場所からグンと広がっていき、大広間全体に強い光が放たれる。


 月の高位魔法でも最も強い浄化魔法だ。


 魔の者を祓い、妖精へと生まれ変わらせる再生の魔法は、司令塔のローパーはおろか、城外の魔物たちも軒並み巻き込んでその全てを浄化させていった。


 強烈な光に身を任せていると、不意に厳かな鐘の音が耳に入る。


 (鐘が……鳴った)


 清らかなそれは、王城の近くの大聖堂の、『聖なる鐘』の音であった。


 妖精使いの祝福のために鳴るというそれは、きっと私の願いに応えてくれたのだろう。


 光が弱まり、私はその場に座り込む。


 ワンドを杖代わりに携えながら辺りを見渡せば、悍ましい魔獣たちの姿はどこにもなくなっていた。


 「ルナティック・フェアリー」


 優しい声が、私を呼ぶ。


 月の魔法のキラキラ輝く粒子を背に、軽く腰を落としたギイが、穏やかに微笑みかけた。


 自然に手を差し伸べる姿の自然さは、こいつが本物の王子様だということを裏付けているように思えた。


 瓶底眼鏡のくせにカッコええやんけ、なんか悔しいぞ。


 差し出された手を取り、立ち上がる。


 「ふふ、なんやカッコつけて」


 「あはは……らしくなかったですかねぇ」


 「いーや、ありがとさん」


 清らかな鐘の音が、祝福するかのように鳴り響く。

 レンズ越しの瞳と目があえば、どちらからともなく私達は笑いあったのであった。


 

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