アクヤクーヌ・レイジョリオンはあの鐘を鳴らす①
会場はシンと静まり返っている。
そりゃあ、魔物相手に心身共擦り減らして戦っている時にミニスカートの女が現れたら何事だとは思うだろう。
それでも魔物は待ってはくれないのだ、低く唸り声をあげながら襲いかかってきた獣の爪を避け、カウンターで思い切り鼻先を殴打してやれば哀れっぽい犬ころのような声を上げて床に転がった。
足元のテディは気を失っているようで、僅かに胸は上下きているが起きることはない。
放っておいて魔獣の餌になるのも目覚めが悪いため、彼女の周りに強固な月の加護を込めた結界を張り、私は改めてパーティー会場の惨状を見た。
「――っ!
君は、まさか噂に聞く聖女殿か?」
魔物の牙を刃で押し返し、硬い肉を切り裂いたフィービー王子が汗を拭いながら鋭い声で問いかける。
汗も滴るいい男、と言うものだ。
「聖女なんていう大層なものやない、ウチはただの魔法少女や」
「……つまりは妖精の加護を与えられし乙女ということか。 まさかギイの言う通りだったとは」
どうやら、フィービー王子もギイ王子に教えられていたようだ。実の兄相手にも布教活動を怠らない、ファンの鑑のような王子様だ。
この場から逃げられぬよう、大広間全体に月の加護を込めた結界を張りながら返した私の言葉にフィービ王子は信じられないという顔をしつつも納得したように頷く。
「ウチの素性なんて今はどうでもええやろ、はよ殲滅してしまいましょうや!」
「確かにそうだ、貴女の話はまた後ほど聞かせてもらう」
フィービー王子と背中合わせになり、短く会話を交わした後、円状に襲いかかってきたローパーの肉厚な触手をぶつ切りにしていく。
なるほど、魔物たちはこれまで相手してきたものよりも大分強力なものだ。
「ルナティック・フェアリー、あのローパーを見るプモ!」
傍らに浮遊していたプモが、短い前肢で中央に座する赤黒い柱のようなローパーの本体を指す。
「あいつが多分、親玉プモ!
さっきあの女が持ってた妖精アイテムを喰ってさらに強くなってるプモ!」
「妖精アイテムって……さっきチラッと見たあの懐中時計か?」
言われてみれば、結界の中で伸びているテディの手にはなにも握られていなかった。
「あれは妖精の間に伝わる、別の時間や次元を行き来できる魔法の時計プモ!」
「なんやて!?」
めちゃくちゃキーアイテムっぽいじゃないか。
「ボクもルナティック・フェアリーの世界に行ったときに使ったから知ってるプモ!
なんであの女が持ってたんだプモ?」
なるほど、中々強力そうなアイテムだ。
ただし、強力なものはそれ相応にリスクも重いはずだ。
「制限も多いしリスクも大きいアイテムだから、ボクも一度しか使ったことないプモ!
あの女、かなり乱発して使っちゃってるから、この世界の妖精の力と魔の力のバランスがおかしくなっちゃってたんだプモ〜!」
鋭いローパーのムチが飛んでくる。
それを避けつつ、プモの言葉に私はなぜか納得がいって頷いた。
「なるほどなぁ、あのお嬢さんは色んなルートを攻略するためにその時計でセーブとロードを繰り返していたっちゅう訳か」
つまり、私がこの数年気を使ってシナリオ通りに進めようとしていた努力は無駄だったようだ。
この怒りはどこに向ければいいのだろうか。
「男を侍らせたいためだけに魔法アイテムを使いまくるなんて、迷惑な女プモ!
こんなんじゃ妖精にも見放されるプモ!」
憤るプモの言葉には同意だが、どうもテディはただ単に男を侍らせたいだけではなさそうな気がする。
私は軽く跳躍し、ローパー本体に向かって突っ込んでいく。
三日月型の銀の刃が煌めくワンドを振り上げ、肥え太った醜い柱に突き刺し、豪快に一部をえぐり取った。
「往生せいやぁ!」
ローパーの低いうめき声のようなものが地響きのように地面を震わす。
それと同時に患部から新たな触手がウジャウジャと生え、再生してしまった。
柱からいくつもの目がギョロリと光り、一斉にこちらを見る。
「うわキッモ!」
後ろに飛び退った私に、幾本もの触手が襲いかかる。どうやら私を優先して排除すべき敵と認定したようだ。
その全てを『月の鎌』で薙ぎ払って切り刻んでも、その尻から再生していく。
懐中時計を取り込んだからであろうか、きりがない。
「あーもう! しつこいねん!」
背後から奇襲を掛けてきた触手を光弾で弾き飛ばす。
魔力は潤沢だが無尽蔵ではない。この無限湧きに付き合っていたらいずれ押し負けてしまうだろう。
ちらりと周りを見やれば、魔獣はあらかた討伐されたようだが騎士の半数は膝を折っていた。
ゲームでは手練として描写されているフィービー王子もゼルハルトも、立て続けに起こる連戦で大分消耗している。
外から悲鳴が聞こえる。城外に集まっていた魔物達が城の中に入ろうと攻撃をしているみたいだ。
――大分ピンチやな、オイ。
司令塔のローパーを叩けば戦力は分散されるだろうが、今度は城下町に住まう一般市民たちが危険にさらされてしまう可能性がある。
出来れば、一斉に駆除してしまいたい。
「聖女殿、そろそろ城周りの防衛に当たっている部隊が壊滅しそうだ」
「魔法少女や言うとるやろ」
「失礼した。
して魔法少女殿、何か策は有るだろうか」
無差別に襲いかかるローパーを薙ぎ払い、フィービー王子が私へと視線を向ける。深緑の瞳は、疲れの色は見えるがいまだに闘志が燃えていた。
「……ウチが使える月の高位魔法に、広範囲の浄化が出来るやつがある」
前世での激闘の末、私は月の高位魔法をいくつか唱える事ができる。
しかし、他の魔法のように詠唱なしで即唱えることは出来ない。魔力を練り上げながら数分の詠唱を行わなければいけないのだ。
「……なるほど、その間は無防備になる訳だな」
フィービー王子は軽く髪をかき上げ、シンプルな耳環のついた耳元に軽く髪を掛けると理解したとばかりに軽く頷く。
「あとは、魔力が足りんと術式が不完全で失敗するかもしれへん。そうなったら終わりや」
「今で成功率はどれくらいだ?」
体内を巡る魔力は、高位魔法を操れる程度には残っている。ただ、完全に発動させるには届かなさそうだ。
「んー……体感で七割くらいやな」
フィービー王子の頬をローパーの攻撃が掠める。それも物ともせずに少しの事案をした後、彼は私の前へ出た。
「分かった、詠唱の間は私と動ける者達でカバーしよう」
「……助かるわ」
「魔力不足も今、策を講じた。
……この国のためにも、必ず成功させてほしい」
視線がかちあう、ギイ王子に少しだけ似ている、真っ直ぐな瞳だ。
「……任せとき!」
この王子もまた、初対面の私を信じてくれている。ならば、応えなければ魔法少女の名が廃るというものだ。
「皆、魔法少女殿が高位の浄化魔法を詠唱される!
術式が完成するまで、なんとしても彼女を守るのだ!」
剣を構え、フィービー王子が覚悟を決めた顔で剣を構える。
さすがカリスマ性のある第一王子だ、動けるものが私の周りに壁を作るようにこちらに背を向け一斉に剣を抜く。
「我ら未来の騎士の刃――受けてみろ!」
その中には、ゼルハルトの姿もあった。
オーレサーマ家の家紋が彫られた銃は捨て、剣一本を携えながら彼は焔のような鋭い瞳で前方の司令塔を見据えた。
「ルナティック・フェアリー、詠唱プモ!」
「よっしゃ、行くでぇ!」
ワンドを構え、大きく息を吸う。
そして、詠唱を始めた。
続きは明日公開予定です




