アクヤクーヌ・レイジョリオンは逃げない②
「……僕は、この城の地下通路を網羅しています。
ご婦人だけでも集めて、地下通路を伝って学園へ逃がそうと思います」
少し入り組んだ、廊下の突き当たりで足を止めたギイが私の顔を見据える。
「貴女は聡明な方です、きっと皆をまとめる事ができるでしょう。
学園までの道をお教えしますからレイジョリオン伯爵令嬢も他のご婦人とお逃げください」
壁に掛かった、乙女が妖精と遊ぶ絵画の額縁を長い指が軽く撫でる。
きっと、ここに地下に続く階段が隠されているのであろう。
「ギイ殿下は行かないのですか……?」
私の問いかけに、彼は軽く首を振った。
「これでもこの国の王子です、頼りなくともやれることはやります」
つまり、最後までこの城で後方支援として戦うつもりなのだ。
剣も魔法も使えない、ただの魔法少女のファンボーイのくせに、彼は覚悟を決めたように穏やかに微笑むのだ。
「……いいえ、私は行けませんわ」
きっと、この城にはトリマーキ姉妹も何処かで避難しているだろう。
卒業パーティーを楽しみにしていた者もたくさん居るだろう。
最後に聞いたテディの悲鳴だって気になる。
「私も、やれることをやります」
そしてなにより、この世界の私のファン一号を、危険に晒すわけにはいかない。
「そんな、貴女は気高く強い心があっても、普通のご婦人なのですよ?
貴女に何かあればレイジョリオン伯爵がお嘆きになります」
心配をしてくれる彼の口を塞ぐように、指先で制止をかける。
そして、一つ息を吸えば私は胸元から月の意匠の金細工……変身アイテムを引っ張り出した。
「私の事は、貴方がよくご存知の筈よ?」
「――っ、レイジョリオン伯爵令嬢?」
嗚呼、前世でもなんとか守り抜いた『正体バレ』を此処ですることになるとは思わなかった。
「少し、はしたないですが御免遊ばせ?」
メガネの向こうの、薄緑の瞳が驚きに見開かれる。
そう、あくまで淑やかに。
軽く小首を傾げてから私はその呪文を口にした。
「ルナティック・フェアリー……メタモルフォーゼ!!」
◆◆◆
今宵は上弦だ。魔の力も、妖精の力も均衡する夜だ。
「城内から城内への転移なら楽勝プモ〜」
プモの転移魔法は正確だ。変身後即座にパーティー会場上空に転送された私は、その惨状に目を見張った。
ローパーに翻弄され負傷した騎士達、傷を負いながらも己や周りを奮いたたせながら魔獣を切り結ぶフィービー王子。
会場の中央に、赤黒い柱のようなローパーの本体が聳え立ち、肉厚の触手たちが防戦していたゼルハルトを薙ぎ払う。
「いや、あ、離してよぉ!」
触手の一本に捕まった、この場で唯一の一般女性であるテディが自由になる両手で触手に爪を立てて抵抗を見せる。
むっちりとした質感のそれがびくともしないことに柳眉を逆立てれば、彼女は懐からピンクゴールドの懐中時計を取り出した。
「ゼルハルトは弱いし鐘はならないし、キモい魔物はうようよしてるしなんなのよ!
もういい! こんなバグだらけの世界、リセットしてやる!」
それは確か、『聖鐘は誰がために鳴る?』のセーブ&ロード画面に描かれていた妖精のモチーフが彫られたものだ。
そのデザインの可愛さから、後に本当に商品化されたやつだ。
普段遣いはできないので休みの日によく持っていた記憶がある。
彼女は怒りと恐怖にピンクブラウンの瞳を染めながら、懐中時計の蓋を開く。
「次こそ逆ハールートをクリアして……む!?
んむ、むううぅう!?」
その瞬間を狙ったように別のローパーが懐中時計ごと彼女を頭から飲み込んだ。
「む!!むうぅ!?
むぐぐううぅうう〜〜!!」
可愛らしいリボンのついたデザインの靴を履いた足がバタバタと暴れる。
――おっと、これはアカンやつや。
このままではセルフレイディングを変えなくてはいけないし、その前にテディが窒息してしまいかねない。
助けねば、この間数秒で状況を把握した私は自分の重力を操作しながら中央のローパーへと距離を詰める。
ワンドから光り輝く三日月型の刃を出現させ、思い切り振り抜けばタコの足のごとく触肢が切断され、体液でベチャベチャになったテディが床に放り出された。
周りが、突然の乱入者に気付いたようで、困惑と動揺が走る。
魔物たちもまた私の存在に鋭い殺意を向けてくる。
せっかく平穏に婚約破棄イベントを終わらせて帰って寝ようと思ったのに、こいつらはバカの一つ覚えのように襲ってきて。
頭にきた私は、ワンドで床をダァン!と強く一つ叩いてから、大きな声で高らかに名を告げたのであった。
「ルナティック・フェアリー、闇夜を縫って参上!
お前らみぃーんな、月に代わってヤキ入れたるから覚悟せぇ!!」
……激昂のあまりに品の無い口上になったのは、許して欲しい。




