アクヤクーヌ・レイジョリオンは逃げない①
硝子が割れる音と共に、悍ましい顔をした大柄な獣が、会場内に入り込む。
静まり返った空気の中、ぱきっという軽い音を立てて硝子の破片を踏み砕いた招かれざる客達が、威嚇するように咆哮をあげる。
「魔物だ!!」
「魔物が出たぞ!!」
それを皮切りに、卒業パーティーは混乱の坩堝へと陥った。
逃げ出そうとする貴族に、金切り声を上げてへたり込む令嬢、そんな中剣に覚えのある者たちが刃を抜く。
「私が指示を出す! 客人たちに指一本触れさせるな!」
細身のサーベルを抜き放ち、勇ましく叫ぶは文武両道なフィービー王子だ。
彼の声に従い、彼の取り巻き達が魔物達と対峙する。
「テディ、俺の後ろに!」
「は、はい……ゼルハルト様」
ゼルハルトもまた片手に剣、片手に銃という独自のスタイルで構えを取る。
テディはゼルハルトの後ろに下がらされており、その表情は恐怖と不安に彩られていた。
「こんなところ居られるか!」
「嫌ぁ! お母様、助けてぇ!」
「御婦人たちは早くこちらに!」
我先にと逃げ出そうとする者達が、一つしかない出口へと殺到する。
騎士の一部が誘導しようとするが、うまく機能していないのが現状だ。
人波に飲まれた私はあれよこれよと出口へと流されていく。
「――きゃあ!」
「テディ!」
後ろでテディの悲鳴とゼルハルトの焦るような声が聞こえたが、振り向けど人の顔と蠢く触手しかない。
――あーあ、もうめちゃくちゃだよ。
確かに本来なら、ちょい役魔物の引き立てによりテディが鐘を鳴らした後に悪役令嬢は涙ながらに退場し、二人は祝福されるはずなのだが、ちょっと祝い方が物騒すぎないだろうか。
これでは最後のプログラムのダンスは無さそうだ。
ダンスのセンスはあまり良くないため醜態を晒さずに済むと思えば良いのだろうか。
押し出されるように大広間の扉を抜け、私は辺りを見渡した。
周りには混乱したパーティーの参加客や怪我をした者を治療する騎士達の姿がある。
どこかで変身したいが、こんな所でできるわけがない。
どうしようかと考えあぐねていた私の耳を、聞き覚えのある声が拾った。
「レイジョリオン伯爵令嬢……!」
「えっ?」
そこには、息を切らしたギイ王子が立っていた。
彼も人波に揉まれたのか、髪は乱れ眼鏡はズレてしまっている。
「ご無事でなによりです」
「ギイ殿下……」
卒業パーティーでも片時も離さなかったパソコンもどきを抱きしめつつ、彼は安堵したように微笑む。
「この状況は一体、どうなっているのですか?」
「王城に魔物が入り込んでます。
見たところ獣型が数匹、上位種だと思われる触手型でしょうか」
ギイがパソコンを開けば、丁度大広間がある方角に赤い光が複数個点滅している。
「まさか王城にまで乗り込んでくるとは思いませんでした」
「ええ……しかも魔物が徒党を組んで現れるなんて、妙ですね」
パソコンをのぞき込んでいたギイが、訝しげに首を捻った。
確かに、魔物には仲間意識もなにもない。故に単独で行動するはずなのだが……。
私の脳裏に『シナリオ破綻』の文字が浮かぶ。
(いや、シナリオそんなに変えてへんやん)
まさか、シナリオが少し変わった程度で魔物が活性化するのであろうか。
嫌な予感を脳内で打ち払いつつ、私は再び口を開いた。
「ギイ王子はどうやってこちらに?」
「あの大広間、実は隠し通路があってそこから廊下に出ました。
待機している騎士たちにも援軍をお願いしたくて……」
「なるほど、それで騎士の皆様の姿が多いのですね」
フィービー王子に前線を任せ、ギイ王子はどうやら後方支援を行なっているようだ。
ノーパソもどきを覗き込みながら、ギイ王子の顔は険しいままだ。
「ただ、どうやら王城を囲うように魔物たちが包囲しているみたいで、その応戦にも人手を割いていて大広間のほうに回すリソースが殆ど無いのです」
「王都の深部に魔物が押し寄せるなんて、聞いたこと無いわ」
「僕もです」
外には魔物たちが王城に入る隙をうかがっているようだ。城外に逃げることも出来ず、皆比較的安全であろう城内で身を寄せあって避難している。
今はそれでもいいかもしれない。
けれど。
「このままでは消耗戦に持ち込まれてしまいます。
そうなったら、城に魔物が押し寄せてしまう」
「……考えるだけでも恐ろしいですね」
この世界には剣はあっても魔法はない。
傷を即座に癒す術も、ましてや死んだ人間を生き返らせる事も出来ないのだ。
ギイ王子は少しの思案の後、何かを決意した顔で私を手招いた。
続きは明日更新予定です




