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アクヤクーヌ・レイジョリオンは卒業パーティーに臨む


 月日は経つのが早いものだ。

 あれから季節は冬の月に移り変わり、外を出歩くには防寒具が要るようになった。


 ギイ王子とは不思議な交流が続いている。

 昼間は令嬢アクヤクーヌ・レイジョリオンの顔で学友として差し当たりなく接し、夜になるとルナティック・フェアリーの顔でたまに話をするようになった。


 この関係は何というのだろうか。


 友人というには歪で、他人と言うには距離が近い気がする。

 売れない地下アイドルと、それを支える古参ファンが一番しっくり来るだろうか。


 ――それにしても、だ。


 最初はただのクラスメイトで、不審者で、頼りない少年だと思っていた。 

 それがどうだ、付き合ってみれば探究心と思慮深さが同居した、実直な青年であることが分かったのだ。


 人間見かけだけでは分からないものである。


 ギイ王子との交流は、無いと少し寂しいような、そんな存在になっていた。


 「あの王子様と話をしてるとアクヤ、メスの顔をするようになったプモ」


 「おい、言い方」


 プモからは歯に着せぬ酷評を頂いている。なんでも、王子と居るときの私は少しだけ雰囲気が柔らかくなるのだそうだ。


 「まあ、魔法少女活動にハリが出るなら良い傾向プモ〜」


 そう言って私からくすねたクッキーを食べながら笑っていたことを思い出す。


 プモ自身も、最初はギイ王子を奇妙な人間と警戒していたようだが、最近はだいぶ警戒を解いているようだ。


 それでも昼間はぬいぐるみに徹して、夜は顔を合わさないように姿を消している。


 自分の姿を見せることでアクヤクーヌ=ルナティック・フェアリーだと勘付かせないように、気を使っているのだそうだ。


 ゼルハルトやテディは相変わらず一緒に過ごしている。


 さすがに左手の薬指は諦めたようだが、互いに左右逆の人差し指に指輪を嵌めてよく手を絡めあって笑ってるのをよく見かける。


 ある意味開き直ったのかもしれない。これまでもこれみよがしにいちゃついたりしていたこともあったが、婚約者〈わたし〉の事などもうお構い無しだ。


 どうやらテディはハーレムルートは諦めたようでゼルハルト一本に狙いを絞ったようだ。

 その証拠にあれだけ仲良くしていたフィービー王子やその他の攻略対象にちょっかいを掛けなくなったのだ。


 その甲斐あってか、現在のテディ・ブライアンの評価は『手当たり次第に異性を誘惑するとんでもない男狂い』から、『婚約者のいる男に手を出した女狐』に落ち着いた。


 扱いはあまり変わらないが、本人は相変わらず全くと言っていいほど気にしてはいなさそうだ。


 この調子でいけば、テディはゼルハルトのルートに進むだろう。


 つまり、今宵のパーティーで婚約破棄イベントが起こるのである!




◆◆◆


 ゲーム内では、冬の月に必ず『卒業パーティー』が行われる。


 最高学年であるフィービー王子やゼルハルトの卒業を記念した盛大なパーティーで、在校生である私やテディも勿論出席する事になっていた。


 王城の大広間には主役である卒業生やそれを祝う在校生、教師陣や教会関係者、保護者である貴族各位などが礼服やドレスに身を包んで参列している。


 綺羅びやかなシャンデリアの夢のような光のなか、穏やかにパーティーは進行している。


 この日のために仕立てた、夜空のような青いドレスに身を包み、私はトリマーキ姉妹やクラスメイトの仲の良い令嬢と談話しつつ、パーティーを楽しんでいた。


 給仕係の男から炭酸入りのドリンクを受け取り、ふと華やかな笑い声のする一角へと視線を向ける。


 そこには本日の卒業パーティーの主役の一角であるフィービー王子が、来賓らしき貴族たちと穏やかに挨拶をし、何やら話をしていた。


 その背後には礼装に身を包んだギイ王子がおり、兄の付き人のように佇んでいる。


 堂々たるフィービー王子とは、中々兄弟には見えない。


 「――見て、オーレサーマ伯爵令息よ」


 「まあ、見かけだけは堂々たる姿ね」


 「あら、エスコートされているのはあの噂の?」


 「ええ……、テディ・ブライアン嬢ですわ」


 空気が不意にざわつく。


 令嬢たちのヒソヒソとした話が耳に入る。


 話題の種である婚約者、ゼルハルトは既に会場入りをしていた。


 傍らには、ピンクの可愛らしい、何処か少女趣味なドレスに身を包んだヒロイン・テディが当然のように微笑んでいる。


 本来ならこういう公の場では、エスコートするのは婚約者である。


 ゼルハルトの隣にはテディがいる、それだけでも充分に噂になるのだ。


 「――レイジョリオン伯爵令嬢はお一人なのね」


 「お気の毒に、平民の女に負けるだなんて私ならバルコニーから身を投げてしまいそう」


 ほーら来た。


 こちらに向けられる視線に気付かないふりをしながら、私は仲睦まじく腕を組む二人組からそっと背を向けた。


 ドリンクを片手に、休憩とばかりにバルコニーへと出る。

 パーティーの賑やかな喧騒をBGM代わりにハーブの効いた爽やかな香りのするそれを一口煽った。


 「婚約破棄イベント、起こりそうプモ?」


 さすがに公の場にぬいぐるみは連れ込めないため、姿を隠してもらっていたプモがぽふんという音とともに私の前に現れる。


 何処かでくすねてきたらしい小さなドルチェをモチャモチャと食べている。相棒の手癖の悪さと図太さに半ば呆れながら私は柵に軽く寄り掛かる。


 「せやなあ、多分起こるんちゃうか?」


 記憶では、ゼルハルトはパーティーの終盤にアクヤクーヌの悪行と共に婚約破棄を宣言し、テディを新たな婚約者に迎えるのだ。




 アクヤクーヌは突然の事に強いショックを受け、絶望の中魔物を呼び寄せてしまうがテディが妖精の力を借りてこれを浄化。

 テディの清らかな願いに応え、『聖鐘』が数百年ぶりに鳴るのだ。


 失意のままアクヤクーヌは婚約破棄を受け入れ、物語から姿を消す。

 周りは『聖鐘』に祝福されたゼルハルトとテディの『真実の愛』を賛美するのである。


 ……今思えば、少し強引なシナリオ作りな気もするがまあそこは良いとしよう。


 「アクヤは、婚約破棄されたらどうするプモ?」


 プモの、大きな丸い瞳が私を見上げる。

 まるで、私を心配しているかのようにウルウルと潤んでいた。


 「せやなー……どないしよかな」


 公開処刑のような婚約破棄を受けるのだ、ゼルハルトの有責であっても私には『庶民に負け、軽んじられた令嬢』のレッテルが貼られるのは避けられない。


 子煩悩な父のことだ、条件が多少悪くても新たな縁談を持ってきてはくれるだろうが……。


 「いっそのこと、旅にでも出ようかな」


 「家出プモ?」


 「正直結婚した自分が思いつかんしな、それなら国外に出て気ままに冒険者してもええなあって」


 この世界では貴族の女は結婚して子供を産んで家を守るのが至高だと言われている。


 確かに、かつては結婚に憧れた事もあった。

 結婚が決まっていく友人達やどうしようもない加齢への焦燥などから、結婚相談所の門を叩いたことだってある。


 けれど、それで幸せに過ごす自分のビジョンは、どうしても思いつかなかった。


 「それなら、ボクと一緒に旅をしようプモ!

 ボクは、アクヤと居られるならそれでいいプモ〜」


 「ええね、案外身一つの方が身軽かもしれへんな」


 嬉しさを身体いっぱいに表現しながらはしゃぐプモは、無邪気な妖精そのものだ。


 国の外には魔物も沢山いる。その脅威に怯える村も沢山ある。

 魔物を退治し、魔に堕ちた妖精を浄化しながらこの世界を人知れず救う……というのも中々カッコいいかもしれない。


 ――あれ?


 微笑ましくプモを見守りながら婚約破棄後の未来予想図を広げまくっていた私は、とある事を思い出した。


 こういう展開が、隠しルートにあったような……。


 ゲームの記憶をもっと詳しく呼び起こそうとしたところで、典礼官らしき男の厳かな声が聞こえてきた。


 「そろそろ戻らな」


 「頑張れプモ、浮気暴力男と脳内お花畑女なんてやっつけるプモ!」


 激励の言葉とともにプモが再び不可視の姿へと戻る。


 私はグラスの中身を飲み干し、ドレスの裾に気を付けつつゆっくりと室内へと戻っていった。

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