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Part 45

 早朝、遙か彼方に立ちのぼる黒煙を見てリリィは青ざめた。

「ありゃリディアさんのとこじゃないかい?」

同じく異変に気付いた女主人が血相変えて2階のテラスへと上がってきた。

「馬を、ホーゼンさん」「早く行ってやんなよ」

リリィは宿を飛び出し、太陽の照りつける荒野を馬で駆けた。

無事でいてくれと願う自分に、疑問すら感じることも無く。


 ビショップらの住む家へと近付くうちに不安は益々大きくなる。

所々で横たわり事切れた動物たちは、彼らの家畜たちだった。

どうやら燃えたのは家屋の隣にある家畜小屋で、

端々に小さな炎を燻らせている。

母屋の前に立ち尽くすリディアはやって来る蹄鉄の音に振り向き、

馬上のリリィに気付いたものの反応は薄かった。

「なにがあったの?」

「…一体、私たちが何をしたっていうのかしら…」

見るとリディアの服は襟元が大きく乱れ、頬は赤く腫れ、

弱々しく笑みを浮かべる口元には血を拭った跡が生々しい。

「大丈夫?」とリリィが声を掛けるも彼女からの反応は薄く、

動揺しているのか身体を小刻みに震わせ黙り込む彼女に、

リリィは質問するのを控えた。

微かな火薬の匂いと地面に深く残る複数の馬の蹄(ひづめ)の跡から、

リリィは真っ先にルドルフの手の者を思い起こした。

彼を殺害した自分を息のかかった何者かが追跡しているのではと勘繰ったが、

そうであるなら、自分の宿泊する町酒場の2階を狙うはずであり、

ましてや仲間であるビショップを狙うなどという事は考えられまい。

そうであってほしい、というのが今のリリィは思いだった。


 リリィはリディアの肩にそっと触れると、自身の脳裏を数十分前に遡らせた。


 明け方、馬の足音に気付いたリディアが目を覚ました。

家の中から外を窺うと松明(たいまつ)を掲げた数人の男たちが家を囲んでいる。

彼らは奇声を上げて狂ったように家の周囲を馬で走り、畑を荒らし、

家畜小屋に火を点け、逃げ惑う家畜らを馬上から撃ち殺した。

 無法者の蛮行を止めるべくリディアは台所に忍ばせていた護身用の銃を取った。

司法の手の届かない荒野で、家族を守るのは自分しかいない。

彼女に気付いた男が、彼女へ銃を向ける。反射的にリディアは撃った。

肩を貫かれた男は背中から音を立てて落馬する。

『撃った。撃ちやがったッ』『コイツ、女のくせに撃ちやがったぞ』

他の男たちが一斉に銃を抜き、家屋へ向けて引き金を引いた。

嵐のような発砲音とともに家屋の壁に無数の弾痕が刻み込まれる。

花瓶や食器が割れ、脚を砕かれた椅子がのたうちまわる。

男が窓辺に手をかけた。リディアは侵入を許してしまった。

手から銃をもぎ取られ、顔を殴られた。駄目、殺される。

 現れたのはビショップであった。

彼は男の首に腕を回すと、病人らしからぬ力で気道を塞いだ。

男は苦悶の表情のまま身体を硬直させ、瞬く間に力が抜けていく。

倒れる男と同じくビショップは膝をつき、あの黒い膿を床一面に吐いた。

『あなた…』『大丈夫か、リディア?』

激しく咳き込む彼の背後に回り、リディアは落とした銃を拾うと、

野盗たちが退散するのを願いつつ窓から闇雲に弾丸を放った。

しかし、外から銃声が止むや否や、今度は母屋へと松明が投げ込まれ、

カーテンや室内に干していた衣類に次々と引火し、劣勢は確実であった。

外から泣き声が聞こえた。耳をつんざく子どもの泣き声であった。

『ああ、そんな、なんてこと!』

母親であるリディアは、すぐにそれが自分の息子の声であることを悟った。

外へ出ようとする彼女を、ビショップが腕を掴んで引き留めた。

『ダメだ』彼女は眼を剥き出しにして向き合った。

『外に出たら駄目だ』『だってウィルが…!』『お願いだ…頼む…』

勝ち誇ったような男たちの奇声と蹄鉄の音。

ビショップはそれらが消え去るまで泣きじゃくる妻の腕を放すことはなかった。


 リリィは想起(リプレイ)を終えるとリディアから離れた。

彼女は誰にも見られないよう彼方を向いて目元を拭った。

男たちと炎、悲鳴。自分のトラウマを覗いたようでリリィは辛かった。

 家屋は全焼とまではいかないものの、

内部は家具から天井まで黒焦げて惨憺たる状態だった。

部屋の隅で、ビショップは部屋着のまま小さな椅子に座っていた。

ベッドはシーツの端と枕の半分だけを残して燃えカスと化していた。

「あの、大丈夫?」リリィの言葉に彼の反応は薄かった。

「これが大丈夫に見えるか?」

彼の部屋着には胸元に黒いシミが見られ、

どことなく彼の顔は、普段より弱々しく見えた。

「リディアはどうしてる?」

「外にいるわ。元気とまではいかないけど」

「そうか…」そう言って、ビショップは黙ったままだった。

「奴らは何者?」「わからん。誰なのか、見当も付かない」

「心当たりがあり過ぎて?」

リリィの皮肉にさえ彼は黙って頷くのみである。

「…ウィリアムは、どうするの?」沈黙に堪えかねた彼女は訪ねた。

「助けるんじゃないの?」

ビショップはうつむいたと思うと肩を震わせた。

彼の眼からはとめどなく滴が溢れ出て、服に新たなシミを作った。

「仕方がなかった。あのまま彼女(リディア)まで失いたくなかった…」

「ンなこと、わかってんのよ」リリィは舌打ちした。

こんな男を数年かけて追っていた自分に腹が立った。

「そうやって泣いてりゃいいわ」

リリィは台所へ行くと、そこに横たわっている男に触れた。

彼はとうに死んでおり、リリィの脳裏に冷たい暗闇が広がる。

死の瞬間は恐怖と苦痛の連続であり、彼女は最も苦手としていた。

それら身の毛もよだつ場面を半ば高速でスルーし、

彼女は記憶の更に深い部分へと意識を潜らせていく。

 男の記憶には暴力と恐喝、そして夥しい血と殺戮が刻まれていた。

彼の育った環境がそうさせたのだとリリィは内心、戦慄した。

彼女にはその光景に見覚えがあった。

そこは缶詰街であった。彼女は男の幼少期まで遡っていた。

時間を巻き戻し、スキップし、数時間前の記憶に辿り着いた。

夜闇に浮かぶ松明の灯りと、複数の朧げなシルエットが視える。

 時間を果てしなく続く赤土の大地。

遠巻きにこちらを見つめる野生動物の群れ。

わずかに垣間見えるオアシス。湖畔の小屋。

そこは襲撃前に男たちが待ち合わせに使った場所だ。

ウィリアムはそこに連れ込まれたに違いない。

殺害ではなく、身代金か売買目的で拐かしたのだろう。

それとも、より陰湿で残虐な方法があるとでも言うのか。

新大陸と違って奴隷制度という概念は旧大陸には無いが、

生活難から身売りをする家族は少なくない上に、

労働力として子どもを必要とする者達の存在もまた事実である。

 夜、リリィは宿泊している町酒場へと戻った。

女主人にあらましを説明すると彼女は眼をひん剝いて激昂した。

「ひどい話だねぇ」「そりゃきっと、缶詰街(スラム)の連中だな」

カウンターで呑んでいた赤鼻の中年男が言った。

「街からあぶれたクズ共が、金目当てに出没するって噂さ」

「どうして、ここに?」リリィの質問に、男は笑った。

「そりゃ嬢ちゃん、荒野(ここ)には奴らを縛る法なんて無いんだぜ?」

男はカウンターに向き直り、平然と飲み始めた。

「ま、夜道にゃ独りでいないことさ」

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