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46/47

Part 46

 手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされたウィルを尻目に、

5人の男たちはテーブルにて賭けポーカーに興じていた。

中央の5枚と、自身の持つ2枚のカードに睨みを利かせ、

積み重なった紙幣と硬貨の行方で、彼らの明日の気分が決まる。

「へへっ、ちょいと小便を…」

今夜、勝ち気味の男が笑いながら立ち上がった。

金を巻き上げられた連中は平静を装うものの、

場が色めき立っているのは彼らの背中からして明らかである。

小屋の外では、ウッドデッキに椅子を傾けて座る男が1人。

留めている馬のそばにも見張りが2人、火を囲んでいる。

 それが、リリィが締め上げた男から読み取った情報であった。

彼女の細い腕が隙間無く首筋に絡みつき、

垂れ流した小便でジーンズを太ももまでグショグショに濡らして男は昇天した。

遠く離れた場所にみえる小屋には、傍らに馬が数頭つながれている。

小屋からは灯りがぼんやり漏れ、また馬の傍らで数人の男たちが火を囲んでいる。

 リリィは、男が腰に巻くホルスターから銃と弾丸を抜き取った。

「よくそのままでいられるわね…」

リボルバーの弾倉を確認すると、空の薬莢を抜き取り、弾を補充する。

銃身には『ハイベック・アームズ』の刻印があった。

ルドルフの創設した『ハイベック・インダストリー』の兵器部門。

世界中に武器と戦術を撒き散らし人々に自己防衛の概念と手段を与え、

そして、あらゆる紛争や抗争に火を点けた。

「…確かに貴方は、時代の寵児だったのかも」

口元をマフラーで覆うと、彼女は夜の影となって動き出した。


「ちょっと長すぎやしないか、アイツ?」

テーブルを囲む4人の男たちのひとりが、

さきほど上機嫌で出て行った男を思い出して言った。

それは決して彼の身を案じての発言ではなく、

奪われた自身の賭け金を取り戻すためだ。

「構わねぇ。始めちまえ」男がカードを回収し、再び配り始めた。

「おっと」カードを受け取った男が振り返った。

「なんだよ?」

「いや、外で声が…」

「なんだ、オメェまで逃げる気か?」

4人の視線が再びテーブルの中央へと戻った瞬間、

そこに置かれていたカンテラが砕け散り、部屋から光が奪われた。

「痛ッ」「なんだ」「イテテ」「うわっ、おいっ」

飛び散ったガラス片に目を切られた男たちが悲鳴を上げる。

「バカ、騒ぐな。どうなってんだ、おいっ」

暗闇に包まれ悲鳴を聞き焦燥感を煽られた4人は次々と立ち上がり、

唯一の光源である月明かりを求めて出口へとひた走る。

「おいコラ、イェン、こういう時のテメェだろうがッ」

小屋の外の、古ぼけた椅子は4本の脚をしっかり地面につけていた。

襲撃に備えて控えさせていた用心棒の姿はウッドデッキに無かった。

「野郎、逃げやがったッ」男は腰の銃を抜き、撃鉄を起こした。

それが合図であったかのように上空から影が襲いかかる。

猛禽類の狩りのように、両足で頭と肩を踏みつけられ、

地面に倒された男へ手斧が深々と食い込んだ。

胸板に柄だけを残して、分厚い刃は胸骨を砕き、心臓を叩き割る。

「ひぃ」小屋にいた3人は、その光景に戦慄した。

「他の連中は逃げたわよ」影は言葉を発した。

口元を布らしきもので覆い、さながら夜盗の風貌であった。

しかし声は若い女のものであったため男たちは物怖じすることなく、

むしろポーカーに負けて荒んだ心を逆撫でされたようだった。

「なんだ、なんだッ、テメェこの野郎ッ」

「アンタ達も長生きしたいでしょ」

「テメェ、手柄を横取りする気かッ」

3人の男が銃を抜くと同時に、またはそれ以上の速度でもって、

影は真正面の彼らへと左手の銃口を向け、また右手に手控えていたもう1丁を、

自身の左側に潜んでいた用心棒の男へと向けた。

「そんなに金が欲しいのかしら」

「うるせェ。お前も売り飛ばしてやらァ」

発火閃(マズルフラッシュ)は、夜空を映した紺色の湖面に新たな星々となって煌めき、

影はその中を流れる流星となって男たちへと降り注いだ。


「ゲェ、なんだこりゃ」

目覚めた男は、自身の黒く濡れた下半身を見て仰天した。

彼は思い出した。小便中、背後から何物かに首を絞められたのだった。

「畜生、何だってこんな目に…」彼は舌打ちして、のっそり立ち上がった。

今夜はツキが回ってきていた。上機嫌の夜だった筈なのに。

首を絞めたのは、きっと小屋の連中だ。金を持って逃げる気だな。

男の胸に黒い炎が燃え広がり、全身を熱くさせた。

断じて酒を飲み過ぎ、胸焼けしたわけではない。

その証拠に彼は、自身でも驚くほどに足取りが軽かった。

気を失って夜風に晒され、逆に目が醒めたようだ。

 ざまぁみやがれ。ガキを攫った金まで持ち逃げさせるもんか。

「あ」と、男は声を出した。小屋から出てきた人物と鉢合わせた。

子どもを胸の前に抱えた、うら若い女であった。

足もとには先ほど陽気に酒を飲み交わしていた仲間たちが転がっている。

手や足を撃たれうずくまる者や、脳天を無くし、とっくに事切れた者もいる。

男は反射的に自身の腰を探ったが、そこにあるはずの物は無かった。

「お探しのモノは、これ?」

本来、彼の腰元に収まっている拳銃は、対峙している女の手にあった。

彼女は子どもを庇うように身体の側面を男の正面に向けながら、

右手の銃を慣れた手付きで構えた。指は引き金に掛かっている。

「えっ、あっ…」男は言葉に詰まって、立ち尽くした。

身体が軽かったのはその所為かと、彼はようやく納得すると同時に、

いつの間に盗ったのだと、口から出そうになって彼の自尊心が邪魔をした。

 大した覚悟もなく、金に釣られて蛮行を行った愚かな男たちに、

自身の得物を失うや戦意をなくして途方に暮れる、ひと回り年上の彼に、

リリィは哀れむと同時に、憤慨してもいた。

対決すべき仇敵は病に伏した挙げ句、この程度の連中に家族を襲われ拐(かどわ)かされた。

その事実がリリィの心に、より一層の虚無感と無力感を与える。

 彼女は、自身の向かって左手に広がる大きな湖へ銃を投げ入れた。

チャポン、と大きな波紋が静かな水面に広がり、周囲は再び静寂に包まれる。

「雇い主に伝えて」彼女は、腕の中のウィルを起こさないよう静かな声で言った。

「ビショップは病気で死んだって」

男は不思議そうな顔をリリィに向けたまま数歩、後ずさり、

十分に距離が開いたとみるや尻尾を巻いて逃げ出した。

 ユニ・ブルーメ。缶詰街の娼婦を束ねる女。

兄の死を知った彼女は、どうにかビショップの居場所を突き止め、刺客を送った。

 貴女まで、憎み憎まれの輪廻に飛び込む必要はないのよ。

兄は死に、兄を殺した彼もまた、もうすぐ死ぬ。それで良いのよ。

 途中、平地で何度も躓き転びながらも必死で走る男の背中を、

リリィは彼の姿が夜に溶けていくまで見届けた。


 家の玄関前で、膝頭に額を当ててしゃがみ込んだリディアだったが、

なにかを聞いたのか、ふと顔を上げて立ち上がった。

紺色の、地平線を薄くオレンジに染めた彼方に人影を見つけた。

その影が、馬に乗って現れたリリィだと確信すると胸を弾ませた。

さらに彼女の前に座る息子の姿を認めるやリディアは涙を滲ませ、

脱げ落ちたサンダルもそのままに裸足で駆けだした。

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