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Part 39

 ビショップは人々の流れに逆らい、

群衆の中へと消えていく男を追いかけた。

彼の歩いた後には、雨が上がったばかりの濡れた地面に

真新しい血の跡が垂れている。負傷しているのだ。

背後の歓声がひときわ高まり、彼はクロキの最期を悟った。

 広場から2ブロックほど離れた場所で、

彼は地面にうずくまって頭を垂れていた。

それまで背を預けていたであろうレンガの壁には、

血痕の擦れた跡がべっとりと残っている。

「フーゴはどうした?」ビショップは声を掛けた。

「……死んだよ」彼は弱々しく答えた。

「俺が、殺した」

それを聞いたビショップは小さく頷くと、彼の側にしゃがみ、

取り出したナイフを彼の懐へズズゥと滑り込ませた。

「う、ぐぅ…」

息が詰まり、小さい呻き声が口の端から漏れたのが聞こえた。

ビショップの手にアランの手が重なった。

塗れた血が乾燥し、彼の掌は赤黒く変色していた。

「もう終わりだ。これで全て終わりだ」

ナイフに込める力を緩めることなく、

やがて男が脱力するまで、彼はそのままでいた。

「どうされました?」

灰色の服を着た治安部隊の男が、

道の端でうずくまるビショップに気付き、寄ってきた。

「なに、黒装束(ヤツら)の残党だ。もう心配無い」

「そうですか」男は青年の亡骸を確認すると去っていった。

彼の目の前を、勝利を手にした人々が時計台広場へと一斉に駆けていく。

ふとビショップは視線を感じ、通りの真ん中へと目を向けた。

絶え間ない人間の流れの中にひとり佇む少女を見つけた。

こちらを見つめる彼女を、ビショップも見つめ返す。

声を掛けようとしてビショップは一歩踏み出し、潮流に入った。

しかし一瞬、視界から消えたのを最後に、彼は少女を見失った。

人々が過ぎ去ったときには彼女の影も形も、その場から消えていた。

彼は少女の虚無の表情を忘れることはなかった。


 町は深く傷つきながらも以前の平穏を取り戻した。

 数日して、町の港に船がやって来た。

黒装束たちの乗っていたものにソックリであったため、

朝から半鐘の音が忙しなく鳴り響き、町は再びピリついた。

しかしマストに白旗を掲げてやって来る船は様子が違った。

桟橋の壊滅した港では寄港できないと船から小舟に乗り換え、

町に姿を見せたのは異国の礼服を纏った白髪の老人であった。

物腰の柔らさに反して芯の通ったように真っ直ぐな背筋は、

荘厳さを与えるに有り余る気迫を放っていた。

 町長であるミメットが現れ、両者向かい合って挨拶を交わす。

老人のそばには、彼と同じような顔をした通訳が立っていた。

老人は懐から取り出した書状を独特な抑揚で読み上げ、

通訳人はそれをミメットへ伝えた。

 彼曰く、彼らは倭国の使節団であった。

武装集団による一連の襲撃事件について、

謝罪と犠牲者の鎮魂のために訪れたという。

あの黒装束の集団を生み出した国なのだから、

もっと原始的で粗野な者が現れるかと思っていたミメットは、

老人のほぼ完成された様式美を目の当たりにして面食らった。

「なぜ彼らは襲撃を?」ミメットは通訳人に言った。

通訳人はそれを老人に身振り手振りを加えて伝えると、

今度は老人がムニャムニャと話し、彼はそれをミメットへ伝えた。

「彼らは暴力による革命を訴える者達でした」

通訳人の隣に立つ老人の、厳つい白眉はハの字に曲がっていた。

「組織でも少数派だった彼らは時代と共に追い詰められ、その無謀とも言える理想を実現すべく新天地を求めたのでしょう」

「その第一歩が、この町(トードリッジ)だったと?」

「ええ」通訳人は気の毒そうに頷いた。

「求心力を高めるため、危険な賭けに打って出た、と」

「残念ながら、そうです」

 小舟は船と港を何度も往復し、白装束の人間が上陸した。

僧らしき彼らは、低い声で祝詞じみた言葉を唱えながら、

大通りの隅のほうを鈴を鳴らして遠慮がちに行進する。

その様子を、町の人々は遠い国のサーカスを見物するかのように

感嘆するも邪険にするでもなく、ただ静かに見送った。


「みんな、心ここにあらず、といったところか」

ビショップは病室の窓から外を眺めて呟いた。

「これまでにない町の危機でしたから」

ベッドに横たわり天井を見つめるチャックは、

脚や腹部に分厚い包帯を巻かれている以外は大層元気そうであった。

倉庫を改装した急ごしらえの病院だが、

そこには何十人もの怪我人が収容されていた。

「みんな疲れてるんですよ」

「そうだな」ビショップは頷いた。

クロキという異国の男の狂気に浸食され、

血で血を洗う異文化交流に誰もが熱中し、闘争を求めた。

人々は微睡みから醒めたばかりで、夢うつつの状態にある。

「また、奴らのような連中が来ると思いますか?」

「どうだろうね……」

ワッと外が湧いて、患者も看護婦も窓辺に集まった。

 時計台広場では、白髪の老人が上半身を裸のままで正座し、

その皺だらけの腹へ短刀を突き立て、

「バカッ、なにしてるんだ。止めろ」叫ぶミメットは左右から押さえられ、

通訳人は「これで良い。これで良いんです」と彼を必死に説得する。

老人は腹を横一文字に引き裂き、間もなく前のめりに伏せて絶命した。

彼の遺体は黒装束らと同じく布にくるまれ回収された。 

 彼らの回収と供養の作業は1週間ほど続き、

死体を山と積んだ船はトードリッジを離れた。

教会では連日、墓穴が掘られ、葬式が行われた。

 人知れず建てられた墓が2つあった。

教会の管理者であるアネッタが作らせたものであった。

この町の者ではないが、誰にでも眠る権利はありますと、

彼女は異議を唱える者を説き伏せ、そこに花を生け続けた。


 日も暮れかけた頃、山道への入り口に少女が立っていた。

「おい、こんな時間に入っちゃいかんぞ」

町の周囲を巡回している二人組の男が彼女を見かけた。

「まだ残党が潜んでいるかも分からないんだ。戻りなさい」

「コラ、聞いているのか」

少女は制止の声に振り返ることもなく歩き出した。

男たちが走って追いかけると、彼女も走り出した。

「おい、止まれ。止まれェ」

鬱蒼とする夜の森をランタンも持たず駆ける少女は異様だった。

じきに輪郭も朧気になり、少女は暗闇へ溶けていった。

息を切らせて男たちは立ち止まった。

「危険だ。引き返そう」

「あの子はどうなる」

「知るもんか。好きにさせておけ」

強くなって戻ってくると彼女は心に決めていた。

兄はまだ死んでいない。ここに生きている。

記憶の中で、父と母とともに永遠に生き続ける。

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