Part 38
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一方、港に乗り上げた船はというと、船腹から伸びる数十の砲門から町の方向へと撃ちまくる、まさに手がつけられない弾薬庫のようであった。
町の中央では、黒装束が必死の形相になって退却する途中であった。手中に収めたと思っていた自陣の後方から民衆が現れ、挟撃に苦しめられたのである。
また民衆は地下道を通って港にたどり着いていた。油断しきっていた黒装束にとって、まさに寝耳に水の事態であった。
そんな彼らの上空を行き過ぎる砲弾に「やっとの増援か!」と喜んだのも束の間、仲間もろとも街を吹き飛ばし始めたものだから、いよいよ訳がわからない。
炎上する町を、雨と黒煙に顔まで真っ黒にして、黒装束の男たちはひた走った。蜘蛛の子を散らすように、彼らは港へ、町の細道へ、反対に山麓へと遁走した。
民衆は港に打ち上がった船を取り囲み、甲板に向かって石や火炎瓶を投げる。船腹の砲門を出す小窓から船員らが弓矢を引き絞り、侵入者を迎え撃った。
「もはやこれまで!」
船長室にて、クロキに一番近い配下の男が言った。
「我々も下に降りて、共に戦いましょうぞ!」
「ええい、勝手にしろ!」
クロキは苛ついた様子で言った。
甲板に上がった彼は、上陸の準備を進める船員らに、
「もう一度、船を沖に出せ!」
と叫んだが、もはや聞く耳を持つものは誰一人としていない。
臆病風に吹かれた首領ほど惨めなものはない。
その中で、ひとり船底に降りたクロキは、いまだ混乱の最中にいる船員達から「ご指示を!」とせがまれるのも無視して火薬庫の扉を開け放ち、火のついた火縄を投げ込んだ。
「あっ、なにを───」
と、誰かがその行動に驚天したのも一瞬、衝撃波と爆炎が船底を突き破り、船体を取り囲む町民たちを吹き飛ばした。木片と金属片が雨のように飛び散り、周囲に血煙が広がった。
その悽愴な現場に、敵のみならず味方までもが絶望と忘我の極みにあった。
船底からあがった炎は、ついにマストを焼失させた。
船員と黒装束の一団は思い思いの方法で船から脱出を図った。水面、石畳に関わらず飛び降りる者、大声で降伏を告げる者……。
巨大な火球と化した船体は轟音とともに横に大きく傾いた。猛烈に火の粉を巻き上げて爆ぜていくそれは、まさに落城と言うにふさわしい様相を呈していた。
その最中、静止した民衆の間を強引に抜けた一台の馬車があった。
忍殺衆首領のクロキは自ら手綱を握り、馬車を駆った。
町の所々ではいまだ両者の小競り合いが続いている。船にいたときのように忍殺衆の一団は建物に立てこもり、また他方では、港から離れようと弓矢や投石で応戦しながら海岸線を右往左往している。
火炎瓶の名残りが燻るバリケードの傍を、馬車が颯爽とすり抜けた。
「黒い奴が乗ってるぞ!」
「馬の脚を止めろ!引きずり下ろせ!」
血気盛んな男たちが進路上に立ち塞がる。
馬車を引く二頭の馬は手綱を引かれ、いななきを上げて棹立ちになった。この状況に興奮しているのは人間だけではない。頑強な巨体と蹄が、脚を斬ろうと群がる男たちを蹴散らした。
馬がダメならと側面から御者席へ迫った男たちには、たちまちのうちにクロキの腰の打刀が閃き、相手は斬られたことを自覚するまえに血煙となって霧散した。
その無慈悲な殺戮の疾駆は、まさしく古代戦車であった。
このまま町を抜けて、山から峠を越え大陸へと逃げる。
クロキはそう思っていた。
広場へ入る手前の往来であった。
馬の背中が強烈な強張りを見せたのをクロキは見逃さなかった。彼が横っ飛びに脱出したとき、二頭の馬の頭は胴体を離れて、鮮血を噴き上げながらどうと倒れた。
空中に、赤黒い滴を垂らす糸が浮かんでいた。
往来にピンと張られた一本の線───鋼線であった。
「フーゴか!」
クロキの前に現れたのはフーゴではなかった。
黒づくめの男であった。彼の部下でも町の連中でもなかった。
二人は、クロキの間合いの手前で相対した。
精悍な顔つきの青年であった。額から首まで脂汗にまみれ、瞳孔は開ききっていた。
クロキはその顔に似た人物を知っているような気がした。なにか妙な胸騒ぎがして、奥底よりある記憶が蘇ろうとしていた。
黒ずくめの男は、右手に握ったナイフを胸の前で構えた。その瞬間、クロキの脳裏に、当時の瞬間がありありと描き出された。どういう経緯があったのか、偶然か、はたまた。───
クロキは刀を正眼に構えた。額を流れるあぶら汗と風になびく縮れた黒髪以外、彼の体は剣先まで静止した。
「ここまで追いかけて来たのか」
「………」
「俺がここを通ると、読んでいたのか」
「………」
クロキの後方には人だかりが出来ていた。停車した馬車に追いついたものの、二人の形成した異様な空気に、足を踏み入れる余地はなかった。
「その服もナイフも、親父のお下がりか」
「………」
伸ばした腕の先の、ナイフの刃はわずかに震えていた。
それを見るや、クロキはさらに相手を揺さぶるように、
「お前の親父も母親も、おれが斬ってやったわ」
と、口もとを歪めて得意げに言った。
その言葉が嘘かまことか、そこは問題ではない。男は背中を押されたように、ジリジリと間合いを縮めに歩み寄る。
「こうなっては、死なば諸共、お前も連れて行ってくれる!」




