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Part 29

 甲高い半鐘の音は山麓に跳ね返ってトードリッジの町を震わせた。

煙のあがったのは山麓にひとり寂しくたたずむ廃屋敷であった。

多くの人間が複数の爆発音を聞いたためボヤ騒ぎとはわけが違った。

 ただちに漁師や大工、治安部隊による消防団が動員された。

屋敷は全焼と言っていい惨状であったが、さらに彼らを凍りつかせたのは、

夥しい数の真っ黒に炭化した(ように見える)死体と、刀剣の山である。

 町の者でも、山の向こうの人間でもない。

現場には散り散りになった手足の一部と、ただ一人、面相の確認できる、

屋敷の手前で胸に一本の剣を突き立て、血沼に沈む大男の姿がある。

 どのような経緯でこうなったのか誰もが戸惑い、言葉を詰まらせたが、

彼らが普通の集団ではないことだけは満場一致の総意だった。

 ビショップもまた、騒ぎ立つ火消し衆の中で同じような考えでいた。

 ある一つの記憶を除いて。


 漆黒の空から銀の糸が降り注ぐ。

天まで焦がさんばかりに燃え立つ火柱を、七人は遠巻きに眺めていた。

 燃えているのは、一軒の家であった。

扉と窓から火を吹き出し、屋根瓦が音を立てて落ちる。

「これで、これでオレ達は自由なんだな…」

 ルーディが震える声で、歓喜を噛み締めるように言った。

彼は首の後ろ、頸椎(けいつい)に冷たくへばりつく金具を両手で掴むと、

苦しげに唸りながら、皮が剥がれるのも気にせず力任せに引き抜いた。

鮮血は背中や腕を濡らしたが、彼は狂ったように笑いだした。

「やった、やったぞ。俺たちは生きてる!」

 残る六人もまた、それぞれ罪悪感と達成感、解放感に満ち満ちていた。

 草むらに座り込み、ビショップはロニーの傷口を押さえていた。

ロニーは左の膝下の中程までを失い、顔面蒼白の状態で力なく笑った。

「まったく、父親になっても猟犬の血は健在か…」

「喋るな、ロニー」

「血が止まらん。街へ運ぼう」

ルドルフは遠くに見える街並みを指差して言った。

「近場はダメだ」

マディソン・ヤングが首を横に振る。

「しかし、このままだとロニーが……」

「もう炎に気付く頃だろうし、顔を見られるのはまずい」

 クロキとフーゴが、人数分の馬を引いて戻って来た。

「さぁ、早いとこズラかろう。ここに留まる理由はない!」

 六人は全員、今しがたルーディの引き抜いた器具を首に付けていた。

金属製のそれは首の後ろに沿ってピッタリと一体化し、首輪のようだった。

クロキは額をつたう雨露を拭うと、忌々しそうに首回りと器具を撫でた。

「さっさと戻って、コレを取ってもらわにゃ落ち着かん」

「あ、おい!」

ルドルフが叫んだ。

ルーディは馬の背中に乗ると、一目散に駆けて行ってしまった。

「あの野郎、どういうつもりだ!」

「放っておけ、いまはロニーを!」

負傷したロニーを五人は慎重に担ぎ上げて馬に乗せた。

ビショップが手綱を握って、その馬を牽引する。

 五つの影は雨に紛れて夜の闇を移動した。

ロニーの左足の断面は道に血を滴らせていたが、

それらの痕跡と蹄鉄の音は、勢いを増す雨の雫がすべて流してくれた。


「ビショップさん?」

 名前を呼ばれた彼は、ハッとして顔を上げた。

焼死体のそばまで寄って、一点を見つめたまま動かなくなった彼を、

行動を共にしていたチャックは離れた場所から心配そうに見ていたのだ。

「なにか、思い当たる節が?」

「いや、何でもない」

ビショップは首を振って否定したが、額に浮かぶ脂汗は誤魔化せない。

「こういったのを長らく見てなかったから、すこし、気分がね」

「姉の創作料理に比べたら、幾分マシですよ」

チャックはビショップにだけ聞こえるように囁いて、

「後始末は、いっつも弟の仕事だ」

 屋敷と町をつなぐ坂の下から、ハンチング帽を被った数人が現れた。

彼らは焼け跡と焼死体をしげしげと眺めては消防団に声をかけ始めた。

「おっと、新聞屋め、早速嗅ぎつけてきたな」

チャックは苦笑いして言った。

「ここは消防団に任せて、さっさと戻りましょうか」

 トードリッジの新聞屋は治安部隊の冬山での壊滅的な敗北を取り上げ、

遺族をはじめ町の人間から手厳しい非難を受けたのだが懲りることなく、

場所を選ばず目に留まった者に尋問まがいの質問を浴びせかけるので、

チャックをはじめ捜索隊のわずかな生き残り達からは煙たがられていた。

 遠くにビショップの姿を認めた記者の一人が大声で、

「これは山を荒らされた山賊の復讐なのではぁ?」

「うるせぇ、野次馬は帰れ!」

チャックが声を張り上げて、周囲にいた消防団員が笑った。

怒鳴られた記者すらも首を傾げながら笑っていた。

もはや取材を追い返すのは日常茶飯事で誰も気にしていないのである。

 ビショップは足元に転がる刀剣の一部を拾った。

鍔と柄だけになったものであるが、彼には見覚えがあった。

そして焼死体の面々はいずれも黒の頭巾と黒装束。

彼の脳裏には、とある男の影が散らついていた。


 晴れ間に、突如として雷鳴が聞こえた。

焼け跡にいた男たちは一斉に音のする方向へ顔を向けた。

空気を裂いて轟く音は、山肌に当たって町中に反響した。

「なんだ今のは。花火か?」

「今日は、特に催し物は無いはずですが…」

間もなく、二度目の爆音が響き渡った。

今度は町のほうで爆発と土煙が高くあがった。

「ありゃあなんだッ」

「臼砲だ!」

声を上げるチャックの横でビショップは言葉を失った。

二十年来、聞いていない音だったが、

長らく耳にへばり付いたその音を彼は確実に覚えていた。

「吹ッ飛ばされるぞ」

その最中にも新たな砲撃がやってきた。全員が空を見上げた。

空高く打ち上げられた砲弾は放物線を描くた後、重力に倣って

徐々に加速して落ちてくる。着弾したのは治安部隊の兵舎だった。

「臼砲なんて、どこに残ってたんでしょう」

「大陸(ここ)以外のところじゃないか」

男たちは焼け跡の処理もそっちのけで、急ぎ町へ駆け出していった。

なおも雷鳴のごとき発射音は港町に轟き、半鐘の音をかき消していた。

 役場、港、兵舎、物見櫓、露店の立ち並ぶ通りにも、

白昼堂々、砲弾は見境なく降って襲いかかった。

人々はなす術もなく、只々、鉄の暴風雨が過ぎ去るのを待った。

 やがて港に数隻の船が現れて泊まった。

粉塵と硝煙の舞う町を練り歩くのは黒装束の一団である。

集団の中心には、黒地に金の刺繍糸で縁取られた外套(マント)を羽織った男がいた。

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