Part 30
トードリッジの中央部にある古びた教会には、
年端も行かない子供たちが、母親らとともに集まって座っていた。
いずれも空から降って来た砲弾に家を破壊され避難して来た者たちである。
大扉を体全体で押し開けて現れたのは、二人の黒装束である。
その陰影が警戒しながらも、中にいるのが女子供だと知るや否や、
肩で風を切りながら大股で入ってくるのに、誰もが息を呑んだ。
「なにか、御用でしょうか?」
彼らを出迎えたのは、白い僧衣を纏った女僧である。
毅然とした態度で二人を見据えているが、顔立ちに幼さが残っている。
目もとだけをのぞかせていた男が、頭巾をさげて鼻と口を出した。
「この町は、これより我らの統治することとなった」
と、挨拶もなしに仏頂面で言い放った一方で、
もう片方の男は品定めするかのように僧衣を上から下まで眺めている。
「住民たちには、我々の指定する地区へ移動してもらいたい」
「ここは、身寄りのない者たちの避難場所です」
「教会は取り壊す」
無慈悲に言って、男は礼拝堂の奥に控える巨大な物体を指差した。
十字架を横に二つ重ねたそれは、双子十字と呼ばれる大陸宗教の象徴である。
「あれは我々の信条に反するもので、残し置くわけにはいかない」
「この教会は、町よりも以前に建立された由緒ある場所。そう簡単に──」
赤ん坊の泣き叫ぶ声がした。
見ると、男が小さな歯型のついた林檎を、むしゃむしゃと貪っている。
「アイツがとった!」
子供たちが一斉に指差した。
「ちょっと、あなた!」
シスターが叫ぶ。
黒頭巾の下は、若い男だった。
彼は顎から果汁を滴らせながら、うら若い僧侶の透き通るような怒声に、
不敵な笑みを浮かべながら、むしろ心地良さげに目を閉じて浸っている。
「何してるの!」
「自分達の町で何をしようと、自分達の勝手だろう」
「貴方のしたことは立派な犯罪ですよ」
「へっ、尼さんってのは、すぐに説教すんだもんなァ」
男はヘラヘラと笑いながら、切れ長の目で周囲を物色していた。
そして柱の陰にひっそり座る、赤ん坊を抱いた若い母親の姿を見つけると、
林檎の芯を投げ捨てて、そちらへ近寄ろうとする。
仏頂面の男は腕を組んで傍観していた。
シスターが眉間に皺を寄せて、男の前に立ちはだかった。
「出て行きなさい」
彼女は今しがた二人の入ってきた正面口を指して言った。
「へへ、出て行くのは、お前らだよ」
若い男は、なおも飄々とした態度で返した。
唇を戦慄かせて、ついにシスターが手を振り上げた。
ただならぬ空気をまとう男たちに対して物怖じしないどころか、
その頬を正面切って引っ叩こうとする気概に満ちた僧侶の豪腕。
しかし、その手は易々と封じられ、彼女は組み伏せられた。
「どうせ廃業の身だ。俺が新しい仕事を見つけてやる」
男は馬乗りになり、彼女の僧衣をひん剥こうとした。
バタバタと暴れる手足は蚊ほどの力もなく、むしろ嗜虐心を煽るばかりである。
「やめ、やめてっ、やめてっ!」
悲痛な声が礼拝堂に響いたが、もう片方の男の視線もあり、
次の番が自分に来るのではと思うと、みな恐怖に慄き動けないでいる。
陵辱劇は最後まで続くのかと思われた。しかし──
「ギャッ、アッ、アアアッ!」
シスターに跨がった男の醜悪な恵比寿顔は、突如、奇声とともに歪んだ。
男の頭から首、背中にいたるまで、真っ白な塊が、おぶさっているように見えた。
それは、もうもうと湯気を立てる、できたての粥であった。
男は立ち上がると、自分の尻尾を夢中になって追いかける犬のように、
湯気ののぼる体を狂ったように回転させながら全身を掻きむしった。
「熱い、あづいい!」
そうしているうちに躓いて、大理石の冷えた床に背中を押し付けていると、
粥を入れていたであろう熱々の鉄鍋が、その横っ面を容赦なく打ち付けた。
「しまったわ…」
リリィは、頭の形にひしゃげた鍋を苦々しそうに見て、つぶやいた。
炊事場から礼拝堂の並外れた喧騒と悲鳴を聞きつけた彼女は、
男の頭上で持っていた鍋をひっくり返し、豪快な振り抜きをやってのけたのだ。
その場にいた全員が仰天し、そして、もう一人の男の報復を恐れた。
しかし、その男は柱に寄りかかったまま、微動だにしない。
男はすでに事切れていた。一同の死角、脇腹からは鮮血が湧き落ちていた。
「大丈夫ですか、アネッタさん?」
リリィはシスターに駆け寄った。
危機を脱した僧侶──アネッタは、体を起こして僧衣を整えた。
肩と胸もとを大きくはだけさせているものの、幸い外傷はなかった。
「ありがとう、リリィさん。……お兄さんも」
アネッタは目の前の少女と、柱の陰の暗がりに向かって言った。
そこからヌゥっと影のように現れたのはアランだった。
「貴方たちの言った通り、本当に来たわね」
「もう、一人で突っ走るんだから」
アネッタは、ごめんなさい、と小さく頭を下げた。
「ま、あの間抜け面をみせられたら、ブン殴ってやりたくなるのも無理ないけど」
粥まみれになって失神している男は、アランの手によって手足を拘束され、
彼の肩に担がれて礼拝堂から教会の奥へと運ばれていった。
正面の扉は母親たちの手によって再び閉じられ、長椅子による壁が築かれた。
先程までは怯えるだけだった彼女たちも兄妹の行動に度肝を抜かれたのか、
ついに異常事態を現実のものとして自覚したようで、表情には覚悟の色が見える。
「それにしても、強いのね、リリィさん」
「昼ご飯と、お鍋が犠牲になっちゃった」
アネッタはフフフと笑って、リリィや子供たちと共に床を掃除し始めた。
夜明けの町で偶然、兄妹と鉢合わせたアネッタは、
二人が孤児で放浪の身であることを伝えると、快く教会に迎えてくれた。
教会には同じような境遇の子どもが彼女と共同生活を送っていて、
彼らは自給自足と善良な町民の援助により簡素な生活を送っていた。
兄妹は黒装束の連中のことをアネッタに話した。
アネッタは最初、二人が雪山の山賊のことを話していると思っていたが、
白昼堂々、正面口から現れた暴漢まがいの男たちを見て、確信に変わった。
すでに町の往来には、普段の賑わいはなく、商店も出ていない。
その代わり、黒装束が五、六人で徒党を組んで見回りをしている姿がある。
時折、一人か二人が窓に顔を寄せて、内側の様子を探ってくることはあっても、
先程の二人と違って、乱暴に押し入って来るようなことはなかった。
午後過ぎ、立て続けに三組の家族が教会に駆け込んできた。
「北の方は、もうダメだ。船も桟橋も、港全体、占拠されてる」
どれほどの距離を疾走してきたのか、
若い父親は汗だくになって息を切らしながら言った。
「占拠?アイツら何をするつもりなの?」
「知らないよ。でも普通じゃない」
「言ってたじゃない、町を統治するって」
「海賊だよ。火をつけられた家もあった」
「なんですって」
そ教会にいた一同は、同じく肩を落として、不安を募らせるより他なかった。
緊張状態は夕方になり、日が落ちてもなお続いた。
「やっぱり、町を離れるべきなのかしら」
夕食の席で、アネッタが不安そうに呟いた。
子供たちが多いため、外部とは打って変わって食堂は賑やかだった。
「朝になったら、山の方へ逃げるのは?」
母親の一人がそう言って、何人かが相槌を打った。
「山を越えられるかしら」
「越えなくても、ほとぼりが冷めるまで隠れられれば」
「山も、わからない」
リリィは首を振った。
「私たちが奴らに出会ったのは麓だから」
いよいよ大人達は黙り込んでしまった。
食事の席には、カチャカチャと鳴る食器の音と、幼い子ども達の声だけになった。
人々は、トードリッジ始まって以来の静かな夜を過ごした。




